第36話 稲妻の軌跡

「ふぅ……」


深夜、少し眠れなかった俺は共有スペースでテレビを見ていた。

適当なチャンネルだしこの時間なのでよく見る番組ではないが、かつてあった事故、自然災害を振り返ろうという番組だった。

大地震や愉快犯による大量殺人。

そして、ルーインデイ。

様々なものが取り上げられていて、中にはこの近辺て稀代の名医として称賛された医者の家に雷が落ちて死亡なんてものも。

病気の研究についても相当な実績を持っていたらしく、その人物の死が日本医療の進歩を遅らせたとさえ言われるらしい。

その医者の名前は……


鍔越聖つばごしひじり……!?」


鍔越。

それは紛れもなく翔と同じ名字。

事故が起きたのは十年前で、その時点で30歳。

翔の父親と考えても、違和感のない年齢だった。

何かの偶然かとも思う。

でもここにいるということは、どこかでそれぞれにとっての何かが崩れ去ったことの証明でもある。

じゃあ、この人は翔の父親なのか……?

そう思っていたところに、どこかからカチャカチャと音が聞こえてくる。

気になって音の方へ歩いていくと、そこには丁度気になっていた人物が。


「翔」

「ん?ああ、剛か」

「何して……ってこのバイク」

「剛がこれ見たのって初対面の時だけだったっけ?」


初対面の時、原付としては異常な速度で走り去っていったあれだ。

このバイク、翔が改造したやつなのか。

多才すぎるだろ……


「そ、前まではこれでよく遊びに行ってたんだけどなぁ」

「ここにいて遊びに行く機会、あったのか?」

「レボルブは昼間に活動しないし、清弘さんの予知は今まで覆された事もなかったからね。今は向こうが活動的になってきたから念のための警戒態勢って事で遊びには行けないけど、前は結構遊んだりしてたんだ」

「へー、誰と」

「そうだね、よく枯葉と出掛けてたかな」

「え」


さらっとデートしてたんだなあいつら……

というか絶対付き合ってるだろお前たちと言いたくなる事が時々ある。

疑惑の域を脱していないが、その内証拠が出そうな気がする。


「それで、何か用事?」

「あー、いや~……その……」

「……事故のこと?」

「あ、ああ」

「それなら、気にしないで。僕も、ある程度割り切ってるから」

「そ、そうか」


そうなのか。

理仁の時も思ったが、皆にとって過去は所詮過去なのかもしれない。

過ぎ去った出来事。

変えることの出来ない絶対的なもの。

過去をねじ曲げてここにいる俺と比べると、それはあまりに強い考え方で、羨ましい考え方で。

とてもとても、輝いて見える。

その裏にどのような影があろうと。

いや、違う。

その影が大きいからこそ、それを乗り越えた先に立っている皆が更に輝いて見えるのだろう。


「剛の過去を解き明かしていく前に、僕の過去の話でもしておこうか」

「良いのか?」

「気にしないでって言ったでしょ」

「そうだな」

「そういうことだよ。……僕は、鏡峰にいた医者の家に生まれたんだ。若くして日本医療を牽引する存在なんて言われて人望もお金も持ってたのに、普通の一軒家で普通に暮らして、貰ったお金は大体研究費の足しにしたり寄付したりしてたよ。本人曰く、お金を持ちすぎて何でも買えるようになったら、努力して何かを手に入れる喜びを失う。そうなったら、楽しさを買うためのお金は紙屑にすら価値で劣るゴミになるらしい。変わった人だとは思うけど、今思えば恵まれてたんだと思う」


ニュースで聞いた以上に素晴らしい人物像だった。

たった一人の死が日本医療にとって大きな損害というのも頷ける。


「でもある日、僕と父さんは喧嘩したんだ。内容はあんまり覚えてないけど、ちょっとしたことだったし僕が悪かったんだと思う。けどどうしてか、あの時の僕にはそれが許せなかったんだろうね。その時の事だった……家に、雷が落ちた」

「……」

「僕の能力、覚えてる?創造に光速移動、それと……落雷」

「まさか」

「ああ。その瞬間きっと、僕の能力が覚醒した。落雷の影響がほぼ僕になかったのもその影響。両親を手にかけて、僕はその場から逃げ出した。そしたら信じられない速さで、一瞬で止まったのに、気がついたら隣町にいた。落雷と一緒に、他の能力も目覚めたみたい。僕はもう後ろを見たくなくて、行方不明扱いになって捜索されてるのを知りながら、この能力を使って自在に移動する練習をしながら走り続けた。半年間続けた頃にはもう、一メートル単位の調整が出来るようになってたんだ」

「……それで、何でここに?」

「清弘さんに拾われた。いくら光速でも、時間が止まっちゃうんならそりゃ勝てない。最初は僕を探す人たちかと思ったけど、違った。身寄りのない僕は清弘さんに引き取って貰ったよ。その頃は、この組織もなかったけどね。能力者保護組織設立の用意をしてたみたい」

「その保護組織ってのが、ここのことか?」

「ここの前身って言う方が正しいかな。そして組織を結成してここで能力者の保護をしてたんだ。清弘さんの財力は尋常じゃなくて、組織を結成した上で拾った能力者達全員を安定して養える程だった。それと、僕はここで枯葉と出会った」

「そんな凄い人だったのか」

「一家が全員滅びた大資産家の遺産を全部譲り受けたみたいだよ。けど、その組織が今の形になったのはルーインデイの後だ。うちがレボルブに目をつけられ始めて、戦闘向けの能力を持ってた十数人を選んで、その中から戦う意思がある数人を募って、そのメンバーで能力者達を影から保護する形にしたんだ。拠点がバレないようここになったのもその頃だね。その時期に端寺さんが来たんだ」

「そういえば、カケルは?」

「カケルは、僕が戦うために生み出した人格だね。戦う時、どうしても親を失った時の悲しみを思い出して、戦えなかったんだ。そして無意識にその責任を押し付けようとして、カケルが僕の中に現れた」

「そんなの、誰だって辛いだろ」

「辛かったさ、でもだからって責任を押し付ける理由にはならない。僕がそれに気づいて克服したのは、つい最近の事だけど。……まぁ、語るような事はこんなとこかな?」

「ありがとう。色々考えさせられるよ」

「どうも」

「じゃあ、俺はそろそろ寝るかな」


個室へ戻ろうとしたその時。


「そうだね。あ、そうだ剛」

「?」

「穂ノ原さんとイチャイチャするの、医務室はどうかと思うよ」

「!!?」


結局、今夜は眠れなかった。

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