第27話 レッドゾーンへの第一歩

「俺は……俺は……」


あの戦いの直後。

俺と理仁、新雲と望月は一切の傷を負うことなく敵を殲滅し帰還した。

しかしカケルと桜見だけがまだ帰還していない。

相手は強敵らしいし長引いているのか。

いずれにせよ皆心配している。

俺も当然心配しているが、それよりも俺はあの時のショックが体も心も両方、俺を成すあらゆるものに焼きついて離れなかった。


「どうしたの?剛君」

「……理仁か」

「さっきの、怖かった?」


後ろから突然話しかけてきた理仁にまたまた突然核心を突かれる。


「ああ、恥ずかしいけど怖かった。理仁のことよりも、俺が人を殺そうとしてたってことの方が……怖い」


誤魔化す理由もなく正直な気持ちを吐き出す。

半端な覚悟で幸を守るといきがって、その末路が戦う前にこれだ。

理仁が年下だとか、そんなことは関係ない。

どんなにカッコが悪くても、何かがあればすがり付きたかった。

そんな俺の気持ちに、理仁は想像もしない答えを返す。


「いいなぁ、そういうの」

「へ?」


理仁は確かに言った。

その表情を見るにそれは恐らく本心。

心の底から、俺のことを羨んでいた。


「ちょっと、僕の話をしてもいい?」

「良いけど」

「ありがと。……僕、何もなかったんだ」


何もかった。

五文字、七音で構成された非常に短い一言。

だがそんなほんの短い言葉に、理仁の悲しみが凝縮されている風に聞こえた。


「僕はそれなりのお金持ちの家庭に生まれたんだ。自分で言うのもあれだけど、だいぶ裕福だったし両親も周りの人達も優しかった」


ここまで分かりやすい幸せもまあないだろう。金銭にも、家族にも、周囲の人々も。

それら全てに恵まれた家庭に生まれてきたことが、今のだけで見て取れる。

だが話の流れが残酷に告げる。

これは所詮、在りし日の日常でしかないことを。


「だけどある日、大災害が起きた。ルーインデイって聞いたことあるでしょ?あれに巻き込まれたんだ」


ルーインデイ。

八年前鏡峰にて起きた原因不明の大災害。

あれから一年間程鏡峰一帯はほぼ立ち入れるような状態ではなかったらしく、結果として被災者は全員が死亡。


「あれ、政府は中に入れなかったって思ってるらしいけど実際は違う。入れたのに入らなかったんだ。両親を亡くして、友達も沢山亡くして、国も僕らを助けようとしない。僕は世界に見捨てられたと思った」


国が助けようとしなかったことが出回っていないのは、恐らく生存者が理仁しかいなかったからだろう。

その理仁も今は日常とはかけ離れたこの世界にいる。


「でも一人だけ、僕の大親友が生きてた。世界はまだ完全に僕を見放した訳じゃなかった。……でも、そんなの幻想。その親友は、僕が持ってた食べ物を奪って去っていったよ。僕はいよいよ本当に見捨てられたんだ」

「それは……」


それはあんまりだ。

言いかけて、口が勝手にストップをかけた。

多分理仁は、もう過去を振り切ってる。

今更その事を嘆いてくれる誰かなんて、必要としてない。

多分、そう思って止めた。


「それからしばらく放浪してたら、清弘さんに出会って、拾ってもらった。それでここに連れてきてもらって今の僕がある。最後に親友の死体とすれ違ったのを、それまでの日常との決別にして」

「……」


何も言えなかった。

ただこんな過去があっても自分を保って、笑っていられる理仁は俺なんかよりも遥かに……強い。


「僕は僕を唯一見捨てない皆の助けになるならなんだってする。僕の手が届く範囲なら、命だって惜しくない。だから戦うのは怖くない。怖いことよりも、ずっと守りたいものがあるから。奪われる事に慣れてるから、奪うことだってあんまり怖くない」


俺は理仁が戦う、戦える理由を知った。


「奪われるのに慣れてなくたって、剛君にもいるでしょ?何がなんでも守りたい人は」

「……ああ、いるよ」

「その人か、その他色んな人の命か。どっちが自分にとって大事か考えれば、戦うのか戦わないのか、自分の答えがハッキリすると思う」


俺が守りたいもの。

穂ノ原幸。

それを守るために、他人から命を奪う覚悟をするのかしないのか。

戦わない選択肢を選んでも、誰も俺を責めないだろう。

だけど俺は……


「ありがとう、何かスッキリしたよ」

「どういたしまして」


俺は、幸を守りたい。

人を殺すのが辛くても、それでも幸を守りたい。

これまでの日常なら、殺人鬼の思考なのかもしれない。

だけどこの世界は違う。

何かのために、他者から奪う。

今度こそ、迷ってたまるか。

何人殺したっていい。

どんな罪を背負ったっていい。

その罪が俺の命に刃を向けて来たって知るもんか。

俺は、幸のために戦う。


そう覚悟を決めた時、入り口から声が聞こえてきた。


「枯葉!」


それは、翔の叫びだった。

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