第46話 進化

『このまま畳みかけるよ』


 突き抜けた合計十二個のリフューラが、あらゆる角度から超高速で人形をめった刺しにして削っていく。

 しかし、いくら削っても敵は凄まじい速度で再生していく。


『再生の速さも変だ。体積的に元通りになるか?』

『信じられないけど、海の中から銀粉を補充してる』

『この銀粉、死んでないって事か?』

『分からない。けれど銀粉を利用してるのは私達も同じ。敵も学習したのかもしれない』


 とはいえ、二人の連携攻撃で敵はその場にくぎ付けになっている。再生速度が異常とは言え、既に半分は原型を留めていない。


『私が海から引き離すわ』


 無限に銀粉を吸い上げるなら供給元を絶つしかない。

 知美ともみは警戒しつつ海側に回り込み、リフューラの攻撃の間隙かんげきうように敵の背後へと飛び込み、素早い回し蹴りを放つ。

 人型は体をくの字に折り曲げながら十五メートル以上も吹き飛んだ。

 吹き飛んでいる間も、リフューラの乱打は止まらない。

 銀粉の供給源を絶った事で、遂に敵の体積は三分の一以下に低下し、ほぼ死に体へと変わった。


『攻撃ストップ』

『まだ生きてるぞ?』

『新型だもの。可能な限り観察しましょう』


 とはいえ、元の素体をかなり削って再生していたので表面の色は普通のアルカンシエルとほぼ遜色ない程度まで虹色に戻っている。

 敵の動きに警戒しつつ、二人はリフューラの内の四つを通常の球体へと戻してゆっくりと距離を詰める。

 ボロボロのアルカンシエルが徐々に形を変えていく。人型を形成できなくなったが故に、もっと違う形へ変わろうとしていた。


『小動物に変化して逃げようとしたら』

『即、爆破だな』


 果たして、アルカンシエルが変化したのは、


『……魚?』

『うぇ、やけにリアル』


 逃走する為の形態ではなく、魚の姿だった。

 当然、陸上で動くことは叶わず、無様に床を跳ねる。その無意味な行為が、逆に不気味さを感じさせる。


『どういうことだ?』

『分からない。でももしかしたら、この形で水中を泳いで移動してたのかも』

『その方が移動には効率がいいな。マジかよ』


 アルカンシエルはもう変形する余力も残っていないのか、徐々に表面の輝きを失っていく。もはや脅威きょういではなくなったかと二人が気を緩めかけたその時、


「痛い。ゆる……さない」

『『!?』』


 言葉に気を取られた隙を縫うように、海岸の銀粉が複数本のひもとなって魚型に巻き付き、海の方へと吊り上げる。


『ッ! 逃がさないっての!』


 完全に虚を突かれたものの、二人は即座に反応。

 一メートルと戻る前に銀粉を切断、アルカンシエルを爆破した。


『……しまった』

『あのタイミングで生け捕りは無理。大丈夫、記録はちゃんと残ってる。本部に連絡をしましょう』


 知美は爆散して消滅したアルカンシエル元へと歩み寄り、魚の骨と、ひとかけらの人骨を拾い上げた。



 ◆◆◆



 異質なアルカンシエルの話題はまたたく間に特防内に広がる事となった。

 直近で特防がダメージを受けた傷も癒えぬ間に、新たな不安の種が生まれたのだ。


「やぁ、麻耶マヤ。こんなに早く再び話をすることになるなんて」

「良いニュースでお話をできればよかったんですけど」


 麻耶は沈痛な面持ちで局長デスクの椅子に座り、目の前の二つのモニターを見据えていた。そこに映っているのは、先日意見交換をしたばかりのグローリーとルニャフだ。

 二人は麻耶の報告に、それほどショックを受けてはいないようだった。


「おおよそ、予想通りの動きだ」


 グローリーが平然と言葉を返す。


「と、言いますと?」

「大型のアルカンシエルは単純な行動パターンで動いていた。奴らの役割は人類の居住する大型建築物の破壊。当然、第二目標として人の殺傷はあるけどね。大きなものを壊すなら、大きな質量で一気に押し潰す。動かないものを攻撃するのだから、そこに大した知能は必要ない」

「重機のようなものだね。その破壊対象も各国に残す所はごくわずかだ。当然敵は取りこぼしを拾う為に、もう少し速度が出て小回りが利く中型を送り込んで来る。これは車やバイクに近いかな」

「そして今、敵は人間への攻撃に大きな障害となる魔法師・魔法少女を狩る為に動き始めた。生身の我々を相手にするのだから、大型のように頭が悪いと一方的にやられて話にならない。現に、今まではそうなっていた」

「私達を倒す為に、学習しようとしてる?」

「その通り。手っ取り早く情報を引き出し、学習する手段として生きた人間を取り込むことにしたんだろうね。あれだけの技術力を持った相手だ。驚きはしないよ」

「取り込まれれば取り込まれる程、状況は悪くなる」

「そうだね。敵も銀粉の再利用をしてきた所から考えると、取り込んだ個体を倒しても、別の銀粉にバックアップデータを残している可能性がある。もしかしたら、の話だけれど」

「十分にあり得る、いいえ、そうだと仮定して動くべきですね。取り込まれて情報を引きだされた時点でアウト、ですか」

「魔法師・魔法少女が取り込まれるのだけは避けたい。本人の戦闘情報はおろか、身内の情報が筒抜けになる」

「最悪の事態ですね」

「敵の成長速度が確実に我々を追い越す」


 麻耶は、しばし視線をデスクに落とす。絶対に阻止しなければならない。

 だが、どうやって。


「それにしても喋るアルカンシエルか。つい意思疎通いしそつうが出来るかもしれない」

「正気ですか?」


 言葉の通じる相手とは思えない。何しろアルカンシエルはロボットのようなものだ。特筆すべき情報も、知能も持ち合わせていない。


「可能性の一つだ。片っ端から全て潰すのが我々の役割じゃない。奴らも作られ送り込まれてくる以上は製造番号程度の情報は保有しているだろう。役に立つかどうかは別として」

「頭の痛い話ですね」

「敵を知れば百戦危うからず。良い言葉だよね。今回の件は逆にチャンスともいえる」


 そう思わなければやっていられない。


「銀粉の保管方法も見直しが必要だな。此方の手が加わっている銀糸ならば利用される可能性は低いだろうが」


 引き続き警戒は必要だ。


「……次から次に、頭が痛い」

「麻耶、働きすぎた。顔色が悪い。もう少し配下の者も信用すべきだ」

「信用してますよ」

「トップが倒れれば組織が傾ぐ。我々もそんな状況は見たくない。此方から人員を送ろうか?」

「お気持ちだけ」


 人手が余っている国なんてある筈がない。

 二つ返事で頷きたいところだが、ぐっと堪えた。


「これから緊急会議なので、また新情報が出れば連絡します」

「ああ。此方も同型が出た時は連絡するよ」

「体に気を付けて」


 二人の通信がほぼ同時に切れる。

 麻耶は大きく一度深呼吸をしてから、上着を羽織り直して局長室を後にした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女戦線 極彩色の侵略者と真紅の少女 白林透 @victim46

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ