天龍、テンペスト

 のちにアルルによって『テンペスト』と名付けられる生き物が、嵐の中心に居た。

 台風の目が開いた部分に、陽光ようこうに照らされたその姿は神々こうごうしく、まるで巨大なかみへびだった。

 黒みがかった緑色のうろこに照らされ、美しく輝いている。

「どうやって空を飛んでいるんだ……」

 怪魔と呼ばれる生き物。その姿を見たイェードはうめいたが、同時に理解もしていた。

 大蛇の身体を浮かせているのは、おそらくは風を操る魔法だろう。

 人々が増えていく中で、そういった珍しい魔法の持ち主に出会うこともあったが、人と魔物では生まれつき保有できる魔力の量が全く違う。

 あれだけ飛行に適していなさそうな体躯たいくを浮かせており、嵐をその身にまとっている。

 まるでその鱗のように。

 美しく、それゆえ禍々まがまがしい存在だった。

 テンペスト討伐には、『巨弓きょきゅう』と呼ばれる武器、いや、アザトいわく『兵器』が用いられた。

 巨弓は、ゼロ国の建物と同じ素材からやや石を多めに混ぜて作った基盤きばんに、大型の木の弓を横にしてけ、巨大な矢を発射できるようにしたものだ。

 基本的には、巨弓一つにつき三人がかりで運用する。

 移動と傾きやすくするための、丸みを帯びた基盤で巨弓を動かし、狙いをつける者が一人。

 矢を飛ばすために植物でできたげんを引くものが二人がかりだ。

 巨弓はなわくくられているため、移動もこれを引っ張って同じく三人がかりで行う。

 車輪の発明にはまだ遠い。姿勢の不安定さがあり、ひっくり返さないように運用には注意が必要だが、ただの弓矢とは比べ物にならない威力を持っている。

 それでも今、テンペストが座す天空には届かない。

 風の強さも大したことはないが、大蛇と接近するにつれて風圧は増していく。

「まだ届かないな。相手の方から接近するのを待つしかない」

 イェードはそう判断する。

 夏場だというのに、風と雨。落雷が発生し、寒気がする。

 以前相対した珍獣・ボルテクスよりもはるかに『災害さいがい』の規模が大きいようで、その魔力の強さがうかがい知れた。

 二百に及ぶ巨弓が並ぶが、お互いに見ているだけで、しばらく動きがない。

 現地指揮官のイェードは二〇歳を迎える前だが、何度も猛獣もうじゅうに魔獣、魔法生物を狩ってきた。

 ファングボーンを自身の左斜め前に置いて、自身は弓を持っていた。

 テンペストの巨体が動き出す。ようやく敵に気がついたように、悠々ゆうゆうと下って向かってきた。

 狩りでも戦闘でないそれは、戦争だった。

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