魔獣イェルダント

 むごたらしい咀嚼そしゃく音が響く。

 残る百人以上の男たちなど、まるで意に介していない。族長を更に束ね、更にその上に名前が付くのなら、この魔獣イェルダントになるのかもしれない。イェードはそう思った。

 イェードはおくす自分を奮い立たせる。

 自分が持つ得物は、この四足獣から作られたものなのだ。

 先ほどから怪我をした太もも以上に心臓が痛むが、無視して進む。

 これを倒さなければ、死、あるのみだ。

 長を失い、大きな脅威に直面した『大きな村』の男たちは、その場から声を上げて撤退していく。

 魔獣イェルダントが、軽く前足をイェードに向けて、適当に殴りつけてくる。

 ファングボーンで防御したが、手から得物が弾き飛ばされないようにするのがやっとだった。

 イェードはその感触から、前にアンドルゴンの火球を弾き返したことを思い出した。

「イェードを援護しろ!!」

 声が聞こえる。

 接近戦術に秀でた者たちがイェルダントの注意をぐべく、散開さんかいして死闘しとうおもむく。

 イェルダントの周辺が発光する。魔力を放出する、魔力放射ほうしゃだ。

 イェルダントは攻撃の魔法は持たないが、狩りを補助する魔法に秀でている。

 音を消す魔力結界と、圧を持った魔力結界。前者は言うまでもなく、後者はよろいに変わる。

 イェルダントの全身がきらめき、その色が変わった。

 イェルダントが魔力結界の全てを、防壁魔法に切り替えたのだ。

 イェルダントが移動する音がようやく聞こえ出し、イェルダントの顔に弓が当たる、直前で矢が弾け、折れる。

 誰かが放った矢だが、遠距離の矢程度の攻撃では意味がないようだった。

 イェードの全身が輝く。お得意の筋力強化だ。

 油断したイェルダントに、その強力で強引にファングボーンの横薙よこなぎをお見舞いする。

 正面、巨獣のあごに命中し、イェルダントがたじろぐ。

 体格と比べれば、そこまで長いわけではない尻尾を犬のように大きく振るう凶獣。

 脇腹に、大きな槍を持った男が突撃し、魔獣の内臓にまで達する一撃を食らわした。男が引き抜こうとするが、筋力と魔力結界の鎧が絡んで、そのまま持ち上げられる、前に手を離した。

 槍の男の判断が少し遅ければ、魔獣に良いようにもてあそばされて食い殺されていたことだろう。

 槍がある程度までは深く刺さったイェルダントが、苦しそうな声を上げて、言葉通り尻尾を巻いて逃げ出していく。

 撃退に成功したのだ。

 イェードは自身の思いのほか、息も絶え絶えだった。

 思うように身体が動かない。

 『大きな村』を率いていた、今は無残な死体と化した男が投げてきた投げナイフの先には、毒性の樹液が塗られていた。

 心臓が止まりそうなほど苦しくなったイェードは、その場からファングボーンを放り投げて倒れ伏した。

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