第20話:もう一度サッカー人生をやり直すから、あいつを倒しに行くよ

「……こいつ、マジでスゲェな」


 家へ帰り、スマホよりもっと大きな画面で見たくなった俺はノートPCをリビングのテレビに繋げ、窪塚寛治のプレイ集に片っ端から目を通した。

 

 身体が一年前よりさらに一回り大きくなってやがる。

 空中戦でこいつに勝てる中学生なんていないだろう。いや、高校生でもほんの数人しかいないんじゃないか。

 それでいて大型選手にありがちな動きの鈍さも見られない。

 相手選手のどんなトリッキーなプレイにも素早く反応して食らいつくなんて、おいおいお前、ちょっとチートすぎじゃね。

 それに足元の技術にも相当に自信があるんだろう。自陣の奥深くでも余裕でボールをキープし、しっかり繋いで攻撃を組み立ててやがらぁ。

 

 予想はしていたけれど、体格、技術ともに俺たちの年代ではズバ抜けている。マジそれだけで十分すぎるほど厄介な相手だ。

 なのに窪塚寛治はさらに厄介なものまで持っている。

 

 それは相手の行動を見通す観察眼と、そこから組み立てられる先読みの動き。

 天野さんに指摘され、動画を見まくって分かったが、こいつの最大の武器はきっとこれだ。相手の素早い動きにも付いていき、裏への飛び出しにも対応出来るのは、予めそのプレイを頭の中で予測し、相手よりも早く動き出せるからに他ならない。

 

 おまけにその能力は今や相対する選手だけじゃなく、試合そのものも支配しつつある。

 ここぞと言うところで相手チームに致命傷を与えるパスを出し、ゴールを奪い取るシーンを動画の中で何度も目にした。

 最近のDFディフェンダーは前線への正確なロングパスを求められるものだけれど、窪塚寛治は早くもこの歳でそれをものにしてやがる。

 

 さすがは日本サッカー史の最高傑作DFと呼ばれる男の甥っ子、ハンパない。

 もしかしたら大滝さんは飛び級で窪塚寛治をU-17の日本代表に抜擢を考えていて、日曜日の試合はその為に視察に来るんじゃないだろうか。

 となると、つまり俺は窪塚寛治の評価を上げる当て馬……。相手から安全パイだと思われている、哀れな噛ませ犬……。

 

「ははっ、おもしれー! そっちがその気なら俺だってやってやるさ!」


 だけど今の俺はもう黙って運命を受け入れる負け犬なんかじゃない。

 あがいて、あがいて、あがきまくって、最後まで抗い続けてやる。俺の才能って奴を全部丸ごとぶつけてやるんだ!

 

 その為にはまず窪塚寛治がそうしたように、俺もまたあいつのことを詳しく頭の中にスケッチする必要がある。

 動画を見る。執拗に見る。脳に焼き付けるように見る。

 どんな些細なプレイも見逃さず、そこにどんな意味があるのか、あいつは何を考えてその動きを選択したのか、しっかりと考えを頭に叩き込む。

 

 結局、その日は頭の中でひたすら窪塚寛治をスケッチし続け、気が付けば朝を迎えていた。

 



「じゃあどんどん蹴ってくからな」


 翌日の放課後、徹夜で動画を見たツケを授業中の爆睡という行為で完済した俺は、先生たちの呼び出しを見事にブっちして学校のグラウンドに立っていた。

 

「ああ。まずはDFの裏に抜け出すようなパスを頼む」

「おっけー」


 頷いた矢上が絶妙なスピードのパスを出してきた。

 矢上と一緒にサッカーをするのは小学校を卒業して以来だ。なのに俺が欲しい所に、願ってもない速さでパスを出してくるんだから、やっぱりこいつのセンスは凄いと感心する。


「よっしゃ、我ながら完璧! ……って、おい、どうしてシュートを打たないんだよ?」


 本来ならそのままシュート出来るはずのボールをただ足の内側で止めた俺に、矢上が不満げに声をあげた。

 

「今のはいいパスだっただろ? な、天野さんもそう思うよね?」

「はい。サッカーのことはよく分かりませんが、私も今のは良かったと思います」

「ほらー! 天野さんもそう言ってるのに、俊輔、何やってんだよー!?」


 キーパー役を務める天野さんを味方につけて、矢上の声がさらに大きくなる。


 ちなみにこの矢上だが、ことの状況を説明して日曜日の試合にむけた特訓の手伝いをしてほしいとお願いしたところ、「えー? 俺、受験勉強で忙しいしー。それにあの大滝克己が学祭に来たのに、お前、俺を呼んでくれなかったしー」と拗ねられてしまった。

 おそらくは大滝さん云々よりも学祭で美術部を出禁にされたのをいまだに引きずっているんだろう。

 が、天野さんも特訓に付き合うことを知った途端、「水くせぇぞ俊輔! 俺たち親友じゃん!」と態度を一変し、サッカー部の前キャプテンという権力を振りかざしてグラウンドの半面を特訓の為に押さえてくれた。

 

 まったく、持つべきは可愛い女の子にモテたい下心がミエミエの親友である。

 

「いや、今のではダメなんだ」


 ま、それはともかく。これ以上、矢上が調子に乗らないうちに言うべきことを言っておくか。

 

「どこがだよ! めっちゃナイスパスだったじゃん?」

「ああ。パスは良かった。でも、今のパターンはあいつに読まれている」

「あいつって、その窪塚寛治って奴か? そいつ、そんなにスゴイの?」

「多分、大滝さんはあいつをU-17に飛び級で入れるつもりだろうな。しかもサブじゃなくてレギュラーで」

「マジかよ……」


 矢上が信じられねぇとばかりに目を見張った。

 その目でこいつにも見えたらいいんだけどな。

 俺が昨夜一晩かけて脳内スケッチをし、今や幽霊みたく半透明な姿で俺をきっちりマークする窪塚の姿を。

 この窪塚イメージがどれだけホンモノに近いのかは分からないけれど、それでもさっきのパスは完全にシュートコースを塞がれていた。こいつをぶち抜けないことには、ホンモノに敵うはずもない。

 

「まぁ、特訓は始まったばかりだ。今の調子でどんどんパスを出してくれ」

「分かった。次はちょっと浮き球で行くぞ」


 矢上が俺の返したボールをぽーんと俺の後方へ蹴りあげる。

 俺は窪塚のイメージと競り合いながら、懸命にボールを追った。

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