第19話:後輩に聞く! 賢いリベンジのやり方
俺のロッカーがまだクラブチームに残っている。
そんな大滝さんの言葉を証明するかのように、その日の夜、久しぶりにチームの監督からLINEが入った。
そこには俺の様子を気遣う言葉なんてなく、ただただ事務的な文面でAチームに昇格したこと、今度の日曜日に試合があること、それまでの練習日時、そして最後に謎のアドレスが記されてあった。
疑っていたわけではないけれど、マジでクビになっていなかったとは驚きだ。
いや、それどころか一年間練習をサボっていたのに何故かAチームに昇格とか、ホント何が何やらさっぱり意味が分からない。
混乱しつつ、ふと記されていた見知らぬアドレスをタップする。
スマホに映し出された画面を見て俺はハッと息を飲みこんだ。
「で、これを見て先輩はまたびびっちゃったわけですね」
「な!? 俺は別にびびってなんか」
「びびってるじゃないですか。昨日もあのおじさんに何も言い返せなかったし、見ろって言われたこの動画の数々もまだ見れてないんですよね?」
ううっ、天使な天野さんが手厳しい……。
学園祭の翌日は、後片付けで授業はお休みとなっていた。
準備の時は天野さんがまだ作品を仕上げていなかったので俺一人でやったが、後片付けは彼女も手伝ってくれた。
が、撤収作業もそこそこに、気が付けば天野さんからお説教を食らっている俺がいたりする。
「はぁ。先輩はすごくサッカーが上手いんですから、今度はリベンジにリベンジし返すチャンスだ、マッスルリべジャーだって自信もってやればいいんですよ」
天野さんがその大きすぎる胸を張り、一日経ってもまだ戸惑い混乱している俺を鼓舞する言葉をかける。
その気持ちはありがたい。ありがたいんだけど……。
「あのな天野さん、俺だって本当は悔しいんだ。一年前、あれだけ手も足も出なくて、大好きだったサッカーを諦めさせられた。そいつにリベンジが出来る可能性があるんだったら、俺はなんだってやってやるさ」
そう、それは心からの本心だ。俺だってリベンジしたい。出来ることならあの悪夢を払拭したい。
「そうです! その意気です!」
「だけどさ、結局この一年でも俺の背は伸びなかった。サッカーだって半年足らずの自主トレだけで、しっかりしたトレーニングなんて出来ていない。それでどうやってあいつに勝てるんだよ? 勝てるわけねーじゃねぇか! あとマッスルリベンジャーは関係ない」
サッカーはそんなに甘くはない。
LINEに記されていたアドレスには一年前のあの試合を含め、俺を地獄に突き落とした窪塚寛治のプレイ動画集が保管されていた。
きっと監督はその動画を見て、攻略法を見つけろと言いたいのだろう。
だけど俺はどうしても見ることが出来ない。
あの時の惨めな気持ちを思い出したくもないし、それに今のあいつのプレーが一年前よりも格段に成長したものだったら、そこから見えてくるのは突破口じゃなくて絶望の二文字だけだ。
「そんなの、やってみないと分からないですよ!」
「分かるんだよ!」
分かりたくないけれど、分かるんだ!
分かってしまうんだ!
話しているうちにどんどん自分で自分が嫌になってきた。
本当は何もかも分かっているんだ。
背が伸びなかった。
練習もまともにしていなかった。
そのうえ相手はきっと今も成長を続けている。
だけどそれは単なる言い訳に過ぎない。
本当はただ、また無残にも負けて、今度こそサッカーなんて見るのも嫌になるぐらいの傷を負うのが怖いんだってことを……。
「天野さんは、さ」
そんな臆病で、情けなくて、弱虫な俺が今、もっと最低な奴になろうとしている。
「俺の足から大きな翼が生えているって言うけど」
ああ、やめろよ、俺。
それ以上言うな。それ以上言ったら、傷つくのが俺ひとりじゃなくなる。
「そんなの、信じられないんだよ。だって天野さん、サッカーのこと、よく知らないじゃん」
……俺のくそったれ!!!
もうまともに天野さんの顔を見ることなんて出来なかった。出来るわけなかった。
静寂が、まだ全然片付けの終わってない美術室をどこまでも包み込んでいく……。
「うーん、だったら確かめてみますか?」
ところが次に聞こえてきたのは天野さんがすすり泣く声ではなく、意外にも飄々とした言葉だった。
「え? 確かめるって?」
「先輩、ちょっとスマホ貸してください」
思ってもいなかった反応に呆然とする俺の手から、天野さんは素早くスマホを奪い取る。
そしていくつもの動画の中から、俺が一番見たくなかったあの試合の映像を再生し始めた。
「ちょ、天野さん、やめ」
「うわっ、一年前の先輩ってホントにちっちゃいですねぇ」
スマホに映し出される一年前の俺の姿。
チビのくせにやたらと元気だけはあって、やたらと仲間からのパスを要求している。
「対してお相手さんはホント大きい……この人、本当に中学生なんですか?」
「……そうだよ、俺と同じ歳だ」
「てことはこの時はまだ中二!? 凄いなぁ、これからもどんどん大きくなるんでしょうね」
「…………ああ」
きっと君のおっぱいと同じぐらいにな!
てか、いつまで経っても大きくなれない俺からしたら、窪塚寛治も天野さんも羨ましいことこの上ない。
そもそもさっき天野さんは「一年前の先輩ってホントにちっちゃい」と言ってたけど、実のところ、それからもほとんど背は伸びてないんだぞ、俺!
「あ、先輩、またボールを獲られちゃった」
天野さんの呟きにハッと我に返った。
「な、なぁ、もういいだろ、天野さん?」
「いえ、ようやく分かってきたところなので、もっと見させてください」
「分かったってなんだよ! つまりはアレか、俺なんかよりあいつの方が、もっとサッカーが上手いって」
「いいえ。それはないです。だって」
天野さんがスマホから顔をあげ、こちらがドキリとするぐらいにっこりと笑うと
「やっぱり先輩の翼の方が大きかったですから」
自信満々にそう言い切った。
「やっぱり先輩はスゴイ人です」
「いや、天野さん、そういう気遣いはしなくていいから」
「気遣いなんかじゃありませんよ」
「さっき言ったろ。天野さん、サッカーのこと詳しくないのに、そんなこと言われても信じられないって」
「そうですね。私、サッカーのことはよく分からないです。でも、見えるんですよ、先輩たちの翼。だから不思議なんです。明らかに先輩の翼の方が大きくて立派なのに、どうしてこんなにチンチンにされるのか……あ!」
不意に天野さんがスマホを操作して、流れていた動画を巻き戻した。
スペースに出された味方からのパスに、俺が素早く反応して走り出すところだ。
が、それでもしっかりと付いてきた窪塚寛治にあっさりと捕まり、ボールを奪われてしまった。
「分かりました。分かりましたよ、先輩!」
「分かったって何が?」
「さっきから何か不思議だなぁと思ってたんですけど、この人、先輩より早く動いているんです」
「……はは。体の大きさだけじゃなくて、チビの取り得なスピードでも負けてたか」
思わず乾いた笑い声をあげてしまう。
「違います。スピードは先輩の方が断然上です。私が言いたいのは、先輩が動き出すよりも早く、この人は先に動き出しているってことです」
そう言って天野さんは再び動画を巻き戻してリスタートさせた。
ボールを持った味方が前線へパスを出そうと顔を上げる。
それを見た俺はここへ出せとばかりに走り出し……あ!
「ホントだ。あいつ、俺よりも早くに動いてやがる」
言われるまで気付かなかったけれど、確かに窪塚寛治は俺より一歩速く動き出していた。
「どうしてそんなことが出来る? こいつ、運動能力だけじゃなくて勘まで神懸ってやがるのか?」
「いえ、多分この人、先輩のことをずっとデッサンしてきたんです」
「デッサン?」
「先輩がどういう動きをするのかをきっと何度も何度も確認して頭の中でデッサンしたんです。その証拠にほら、この人、さっきから先輩の事しか見てません」
スマホの画面は、相手チームがカウンターで果敢に攻め込むシーンを映し出していた。
俺の記憶ではこのカウンターはなんとか凌ぐものの、まともにクリア出来ずにセカンドボールを取られ続け、結局失点しまう。
それを俺は仲間がボールを奪い、逆にカウンターを仕返すのを信じてセンターサークルあたりで眺めていた。
だから気付けなかった。
そんな俺の数メートル背後から、仲間の攻撃には目もくれず、ただ俺だけをじっと眺めているあいつのことを。
「デッサンの基本は相手をよく見ることだって先輩、教えてくれましたよね。それをこの人は実行してるんです。しかもきっとこの試合のずっと前から、先輩のビデオを見て何度も何度も。そうやってこの人は自分の中にリアルな先輩をデッサンして、だからこそ先輩の動きが読めるんですよ!」
「そこまでして俺に勝ちたかった、ということか」
「はい。でも逆に言えば、そこまでしないとこの人は先輩には勝てないと分かったんだと思います」
「え?」
「確かに体の大きさの割には反応も素早いですが、それでも先輩と比べたらどうしても見劣りします。単純なスピードでは先輩の方が圧倒的に上です。だからその差を、自分の弱点を埋める為に、この人は先輩を何度も何度もデッサンしてその思考と行動を先読み出来るよう努力したんだと思います」
俺との差……。
窪塚寛治が抱える弱点……。
そんなこと今まで考えたこともなかった。
あいつは俺なんかと違って順調に成長し、恵まれた体格を手に入れた。
だから小学生の頃はこてんぱんにした俺を、中学生になって逆にやりかえせたのだとばかり思ってた!
「誰だって得手不得手はあると思います。だけど一流の人たちはそれを承知で、自分の武器を磨いたり、弱点を別の形で補って自分を磨き上げたのではないでしょうか。先輩はどうですか? 確かに身体が小さいままなのは大きなハンデだと思います。だけど先輩には才能があります。その才能をもう一度信じてあげて、立ち向かってくださいよ、先輩!」
天野さんが目を潤ませて俺を見つめてくる。
さっき俺が酷いことを言った時には泣く素振りなんか見せなかった天野さんが、今は俺のことを本気で考えて、感情を押さえ込もうと必死に耐えている。
そんな様子を見て、俺に言えることはただひとつだけだった。
「……ごめん」
「先輩!」
「さっきは酷いことを言って悪かった。謝る。許してくれ。それから俺がさっきまで言ってた情けない言葉は全部忘れてほしい」
「……先輩」
「それから悪いけど、ヌードデッサンはしばらく中止だ。俺、やらなくちゃいけないことが出来た!」
「先輩、私も手伝います!!」
力強く頷く天野さんの頭を、気付けばそっと胸に抱いていた。
そうだよな、天野さんは俺の才能を信じてくれているんだ。だったら俺も信じるしかない。
どれだけのことが出来るかは分からないし、結局は全てが無駄に終わるかもしれないけれど、それでもやらなくちゃいけないことはある。
そうしてようやく分かることだって、きっとあるはずだから。
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