第13話

 刹那の攻防を繰り返した結果、相手の実力は多少なりとも把握できた。

 騎士は盾での防御を主軸に、僅かな隙を狙って鋭い剣戟を繰り返す。

 手堅く、そして様々な状況に対応できる優れた剣術であるのはすぐに見て取れた。


 だがその技術も常識の範囲内であり、正面から斬り合えば負ける要素は少ない。

 加えて俺達はふたり掛かりで、手数も純粋に二倍だ。お互いの隙も補うことができる。

 それでも攻め切れないと思っていたのは、俺だけではないだろう。

 攻撃を得意とする晄は、特にこの騎士との戦い難さを実感しているはずだ。


 冷気や炎を振り払う盾。

 破損個所を徐々に自己修復する鎧。

 そして、軽い一振りで大地を打ち砕く聖剣。

 騎士が身に纏う装備の全てが、魔道具かアーティファクトと呼ばれる代物だった。

 

 できる限り穏便に済ませたいが、手加減をして仕留められる相手でないことはハッキリした。

 加えて騎士の狙いが俺達ではなく、後方のサジェットだという事も、戦いを不利なものにしている。


「どうしたんですか、お二人とも。はやくあの盗人を殺していただけませんか?」


「うるさいわね! 黙って後ろに隠れてなさい!」


 瞬時に距離を詰めた晄が、騎士に斬りかかる。

 しかし騎士は冷静に盾で受け流すと、あえて距離をさらに詰める。

 必要以上に密着した状態では、殆どの刀剣の威力が半減する。

 だが騎士の剣はアーティファクトであり、掠っただけで致命傷だ。

 

 とっさに距離を取ろうとする晄。

 それを許さず、騎士が剣を振り上げた。

 

 ただ、それを黙って見ているつもりはない。

 晄の影から飛び出し、騎士へ一閃。

 戻ってきたのは金属音と、鈍い手ごたえ。

 死角からの一撃を、騎士は盾で受け流していた。


「今ならまだ間に合います。引いてくれませんか?」


「アンタがその聖剣を渡してくれれば、そうするさ」


「なら仕方ありません。少し痛い目にあってもらいます!」


 雄たけびと共に、聖剣が光に包まれる。

 一撃の威力がさらに増したと考えると、冷や汗が出る。

 だがそれは、決着を付けるための奥の手だろう。


 瞬時に六華を納刀し、腰だめに構える。

 それを見た晄は数歩ほど後ろへ下がり、俺の背中で緋桜を構えた。

 真正面の騎士から見れば、俺達は余りに無防備に見えただろう。

 だがしかし、この技を破った人間は、ただ一人しかいない。


「後悔するぞ?」


 微動だにしない俺へ、騎士はまっすぐ剣を振り下ろした。

 受ければ即死。掠っても致命傷であろう一撃。

 極度の緊張感の中、俺は鞘に納めた六華を持ち上げる。

 

 俺の胴体を狙った騎士の一撃。

 その直線状に六華を構える。

 騎士の一撃を受け止められるとは思っていない。

 勿論、諦めて聖剣の一撃を受け入れる訳でもない。

 

 この技は勝ちを確信した相手にこそ、この技は本領を発揮する。

 相手が強力な技を繰り出したその瞬間にこそ、この技は完成する。 

 それはまさに勝利に手を伸ばした者を絡めとる、凶悪な棘を備えた華の如く。

 その名も――

 

「凍華(いてばな)」


 騎士の剣が、六華の鞘に直撃したその時。

 聖剣の軌道がわずかにずれる。

 薄氷を纏う鞘を伝い、聖剣は俺ではなく地面へと叩きつけられる。


 そして、鞘にかかった力を流れに任せ、抜刀。

 完全に油断していた騎士の盾にその刃が叩きつけられる。

 六華の切れ味と、聖剣の威力が上乗せされた、極限の一撃。


 今まで俺達の攻撃を受け流していた盾は、いとも容易く両断された。


「な!?」


 騎士もなにが起こったのか、理解できていない。

 ただ騎士が理解できていなくとも構わない。背後の晄に伝われば。

 そして期待を裏切らず、背後から熱波と共に緋色の刃が騎士へと襲い掛かった。


「吹き飛べぇぇぇぇえええ!」


 咆哮と剛炎。

 騎士はとっさに剣で防御の構えを取る。

 しかしそれで完全に防げるほど、緋桜と晄の一撃は優しくはない。

 全身全霊の一撃を受け止めきれず、騎士は軽々と吹き飛んだ。

 いくらアーティファクトで身を固めていても、無傷とはいかないだろう。

 事実、騎士は小さなうめき声を上げながら、ゆっくりと立ち上がった。

 顔を隠していた古いプレートヘルムが外れ、その素顔が露わになる。


「あぁ、くそ。冗談だろ」


「胸糞悪いわね、まったく」


 灰色の髪が零れ落ち、晒された素顔は美しい少女の物だった。

 しかしその左半面には古い火傷の跡があり、片目は眼帯に覆われている。

 首回りや火傷の無い箇所には、数えきれない程の打撲痕。

 そしてなにより目立つのは、首元にある奴隷証の焼き印だった。


「わ、私は……まだ、戦えます。ここで倒れる訳には……いかないんです!」


 騎士の悲痛な叫びに、覚悟が微かに揺らぐ。

 相手にどんな事情があるかは知らない。それに俺にだって事情は存在する。

 それでもこの少女から聖剣を奪う事が、本当に正しい事なのだろうか。

 俺の理性が激しい拒絶反応を見せていた。

 攻撃の手が止まった俺達を見て、後方のサジェットが声を荒げる。


「どうしたんですか? 相手は弱っているじゃないですか。後は二人掛かりで攻撃すれば、簡単に方はつくでしょう」


「いいえ、そう簡単には済まなそうよ」


 晄の言葉の意味は、すぐに理解できた。

 騎士が悲鳴にも似た声を上げた瞬間から、周囲の気温が著しく下がり始めていた。

 そして祭壇に響き渡るのは、いくつもの金属が擦れる音。

 次第にそれらは数を増していき、徐々に実態を現し始めた。


 半透明の体を持った、騎士の亡霊達。

 亡霊達は目の前の騎士を守るように、次々と姿を現す。

 その数は凄まじく、瞬く間に俺達を取り囲んでいた。


「ごめんなさい、みんな。私は、また……。」


 亡霊達の向こう側から聞こえる、騎士の声。それは微かに震え、泣いているようでもあった。

 姿を現した亡霊の数は、ざっと見ても二十は越える。

 個々がどんな能力を持っているのかは不明だが、騎士と同程度の実力があるとすれば、苦戦は必至だ。

 少なくとも物量で押し切られれば、サジェットを守り通すことが出来ない。

 となれば俺達に残された選択は、ただ一つ。


「ここは引くぞ。地上で作戦を練り直す」


「本気で言ってるんですか!? 先程の自信はどこに行ったんですか! こんな亡霊共、蹴散らしてくださいよ!」


「うるさいわね。アンタが居なければとっくにそうしてるわよ!」


 サジェットは予想通りの反応を返してきた。

 だが吠える晄の言う通り、これはサジェットを守るための選択だ。

 

「騎士は隙あらばお前を狙っていた。俺と晄が抑えていたが、今度はあの数の新手だ。連中に押し切られれば、アンタの命は無い」


 特にこの空間で乱戦となれば、サジェットの身を守るのは至難の業だ。

 あの亡霊騎士に俺達の攻撃が通用するのかさえ怪しいというのに、サジェットを守り通せるという保証はどこにもない。

 妖刀の力を全て開放すれば出来なくはないだろうが、その効果範囲にいるサジェットもただでは済まない。


 どのみち依頼主が死ぬ可能性があるのであれば、素直に撤退するのが最も賢い選択といえる。

 俺達の会話が聞こえていたのか、亡霊騎士達も今すぐに襲い掛かってくる様子はない。

 あくまで亡霊達はあの騎士を守るために出てきただけなのだろう。 


 亡霊の気分を害さない内に、未練がましいサジェットを連れて祭壇を後にするのだった。


 ◆


「わかっているんですか!? この目の前に、聖剣フリューゲルがあったんですよ! それも盗人の手の内に!」


 撤退の判断がよほど気に入らなかったのか。

 ダンジョンの中だというのに、サジェットは声を抑える事などせず、怒鳴り散らしていた。

 一応は納得できる説明をしたはずだが、目的の聖剣を目の前にして冷静さを欠いているのだろう。 

 時間が経てばサジェットも撤退が正しかったと思いなおすと信じ、ダンジョンの出口を目指す。


「今回は諦めてくれ。聖剣を手に入れるより先に、あの亡霊達がアンタを八つ裂きにする方がはるかに速い。なら亡霊の対策をして、次に備えた方がいい」


「そんな言い訳は聞きたくないですね。ハッキリ言って、期待外れですよ。緋色の剣豪の実力は誇張されていたようです」


「好きに言えば? どれだけアタシを貶しても、アンタが足を引っ張ってるって事実はかえられないけど」


「私を守りながら聖剣を手に入れる。そう言う約束だったはずです。今さら依頼内容が不服だとでも?」


 晄の歯に衣着せぬ物言いに、サジェットが捲し立てる。

 苛立つ晄の考えも少なからず理解できるが、やり過ぎ感は否めない。

 サジェットの身を案じて撤退したのは事実だが、依頼主をそこまで挑発する必要はないのだ。


 この一度、失敗したからと言って全てが無に帰した訳ではない。

 依頼主のサジェットも聖剣を見つけられた。その現在の所有者も。

 ならば次にどうやってそれを手に入れるかを考えればいいのだ。


「今は俺達で言い争ってる暇はないだろ。問題はあの騎士だ」


 どうにか話題を共通の敵へと逸らし、二人の衝突を回避しようとする。

 だが猪突猛進という言葉を体現した晄は、先ほどと同じようにサジェットを眺めながら言った。


「別に問題にもならないでしょ。アタシとレイゼルが準備を整えて、二人で挑めば敵じゃないわ」


 足手まといのアンタがいなければ。

 言葉にはしていないが、晄の態度はそう語っていた。

 たとえどんな相手であろうと、その意図は明確に伝わったに違いない。

 そして俺の中では、ある種の確信が生まれていた。

 あぁ、これは終わったなと。


「その必要はありませんよ。依頼主の命令に従えない冒険者を、再び雇うつもりは毛頭ありません」


「あら? レノヴィット教会様は誰でも歓迎するんじゃなかったの?」


「えぇ。ですか寛容だとは一言も言った覚えはありません。ましてや依頼主への敬意が毛ほども感じられない相手には」


「つまり俺達は……。」


「クビです。適当な報酬を支援機構へ支払っておきます。ですが依頼はこれっきりだと覚えていてください」


 突き放す様な物言いは物理的なだけでなく、別の意味でも距離感を感じさせるものだった。

 当初から懸念はしていたがここまで二人の相性が悪いとは、思ってもみなかった。

 いや、それは違うか。

 晄が相手に会わせて自由に態度を変えられるような器用な人間でないことは、最初からわかっていた。

 それからあえて目を逸らしていた自分を責めるべきだろう。

 密かにため息をついていると、晄が鼻を鳴らした。


「アタシ達抜きであの騎士に勝てるとでも?」


「えぇ、もちろん。数十人の冒険者を雇い、盗人を圧殺すればいい。相手が亡霊の騎士を呼ぶのであれば、その数以上の戦力を揃えるまでです」


 サジェットの意志はすでに固まっていた。

 もはや俺達が何を言ったところで、彼の考えを変える事はできないだろう。

 事実、ダンジョンを出るまでサジェットと会話はできなかった。


 そして、後日。

 教団からの報酬と共に、依頼の破棄が宣告された。 

 こうして俺達は、ダンジョンへ入る手立てを失ったのだった。

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