第12話

 静かな祭壇の中に、俺達の足音だけが反響する。

 サジェットは朽ちた壁画や祭具を興味深そうに調査していくが、俺達にとってそれらは意味のある代物とは言えない。

 早急にアーティファクトや魔道具に類するアイテムの捜索に移りたい俺達は、前を歩くサジェットへ問いかける。


「それで? お目当ての代物は見つかりそうか?」


「えぇ、どうにか。騎士達は遺産を隠すため仕掛けを施したのですよ。ですので少しお待ちください」


「まさか解読できるのか? だいぶ劣化してるみたいだが」


「絶対にして見せますよ。どんな手を使っても」


 祭壇の壁際に並んだ碑文の前に立つと、サジェットは興奮気味に聖典の写本を取り出した。

 調査を進める中で、この祭壇の構造は一通り確認し終わっている。

 この祭壇へ入る道はあっても、この祭壇から何処かへ繋がっている道は見つかっていない。

 エルダー・ガーターがなぜこの場所を守っていたのかさえ判明していないのだ。

 

 しかしあれだけの巨兵を配置しているのであれば、相応の理由があるはずだ。

 石碑の解読が済めば、少なくとも小さな進展があると信じたい。

 とは言え解読するのは研究者の仕事であり、俺達の仕事ではない。

 サジェットが解読を終わらせるまでの間、周辺の警戒を続けようとした、その時。


「そ、それ以上、碑文に触れないでください!」


 微かに震えている声音が祭壇に響き渡る。

 晄の物ではない、少女の声だ。

 反射的に振り返り、腰の刀に手を添える。


 半壊したエルダー・ガーターのすぐ傍に、その人物は立っていた。

 古めかしい騎士甲冑に、色あせたマント。

 塔と剣のシンボルが描かれた盾には、大小様々な傷が残っている。

 それでも剣だけは、真新しい輝きを放っている。

 あまりに古典的な騎士の姿に瞠目しながら、晄に視線を送る。 


 晄は卓越した戦闘技術と、獣の如き野生の勘を併せ持つ。

 少なくとも俺にはあの騎士の気配は、声を聞くまで感じられなかった。

 しかし晄ならば、あの騎士の存在に気付いていたのではないかと考えたのだ。

 だが晄は俺と同じように、緋桜に手を掛けて騎士を睨みつけていた。


「へぇ? 気配を全く感じなかったわ。やるわね、アンタ。名前は?」


「わ、私ですか? 私は……その、騎士王の正当なる、後継者で……。」


 か細い声は最後まで続かず、騎士の少女は俯いてしまう。

 辛うじて聞き取れた話も俺達の知らない単語が並び、相手への判断材料が少なすぎる。

 戦えばいいのか、それとも対話を試みるべきか。そもそも相手は俺達の敵なのか。

 依頼主であるサジェットの反応を待っていると、彼は苛立ちを隠そうともせず声を荒げた。


「おふたりとも、任せましたよ。あの汚らわしい盗人を始末してください」


「ま、待ってくれ。あの騎士はお前とは無関係なのか?」


「当然でしょう。騎士王はレノヴィット教会を創設した偉大なる人物。その後継者を名乗る事が許されるのは、レヴィニアス卿ただおひとり。決してあのような薄汚れた小娘ではありません」


「だが殺すことはないだろ。話し合いで解決できるのなら――」


「いいえ、殺す必要があります。あの盗人の手に聖剣フリューゲルが握られている限り」


 弾かれる様に、正体不明の騎士へと視線を向ける。

 確かに他の装備と違い、見た目は真新しいままの剣は異質な空気を纏っている。

 あれが古代より伝わる聖剣。レノヴィット教会が欲する聖なる象徴。

 そして俺達の依頼主が求める代物だ。

 聖剣を目の前にして嫌悪感を剥き出しにするサジェットに対し、騎士は必死に言葉を絞り出す。 

 

「私に争うつもりはありません! ただ、皆さんを守りたいだけなんです!」


「守る? アタシ達はたった今、そのエルダー・ガーターに殺されかけたんだけど?」


「それは、ごめんなさい。でも全部、皆さんを守るためなんです。これ以上の深入りをすれば、どれだけの被害がでるか……。」


「そんな曖昧な話を信じるのは難しい。せめて具体的な話をしてくれ」


「ごめんなさい、これ以上は詳しく話せません。ですけど、皆さんがやろうとしていることは、すっごく危険なことなんです!」


 微かに震える、騎士の声が響く。 

 まるで話の意図を理解できないが、騎士が悪意を持って俺達の前に現れた訳ではないことは理解できる。

 騎士は完全に気配を消して俺達の背中を取っていた。

 奇襲を仕掛ければサジェットの命程度なら簡単に奪えたはずだ。

 なにより、この騎士はエルダー・ガーターと戦っていた俺達を攻撃する事さえできただろう。


 こうして目の前に姿を現すことなく、サジェットを暗殺することも不可能ではなかった。

 だというのに、騎士は俺達の目の前に現れ、わざわざ感情に訴える様な真似で追い払おうとしている。 

 具体性を伴わない説得では俺達を納得させる事が出来ないのは明白だ。

 騎士もそれは理解しているはずなのだが、なぜか。

 その疑問が解ける前に、サジェットは判断を下した。 


「話になりません。おふたり共、お任せしてもよろしいですか?」


「殺せってことか、あの騎士を。だが……。」


「依頼主の命令に背く気ですか? そんな事をすれば困るのは貴方達でしょう」


 雇われの身である以上、俺達はサジェットの命令に背く事はできない。

 しかし素直に従う気にはなれなかった。 

 話し合いで解決を望む相手に、一方的に刀を抜くという行為が憚らるのだ。

 お師匠の教育の賜物か、それとも俺の性格が甘くなったのか。 

 

 だがここでサジェットの命令に背けば、間違いなく俺達への依頼は取り消される。

 ダンジョンへ入る手立てを失えば、故郷を救う為のアイテムを探す事が出来なくなる。 

 その結論に至ったときにはすでに戦闘態勢へと入っていた。 

 だが隣の晄にだけ聞こえるよう、小声で伝える。

 

「晄、できるだけ無傷で無力化しろ。殺すなよ」


「まぁ、できればね。手加減って、アタシの緋桜が一番苦手な事なのよ」


 抜刀した俺達の意図は、話し合いなどよりもはるかに速く騎士に伝わった。

 騎士はゆっくりと剣を構えるt、胸の前で祈るように掲げる。

 戦いを嫌っている節はあるが、戦い自体が不得手という訳ではないのだろう。

 一切の油断なく、騎士も戦闘態勢へと移行した。しかしその態度は最後まで煮え切らない。


「た、戦うんですね? 本当に、いいんですね?」


「大人しく聖剣を渡せば危害は加えない。だが抵抗すれば、相応の対処をさせてもらう」


「……わかりました。簡単にこれを渡すわけにはいきません。だから!」


 気勢の声と共に、騎士は真正面から盾を構えて突っ込んでくる。

 不意打ちを良しとせず、会話で問題の解決を望み、最後の解決手段として戦いを選ぶ。

 

 そんな騎士道を突き進む、正体不明の騎士。

 一方で相手を頭ごなしに否定し、殺そうとするサジェット。

 果たしてどちらが教団の後継者に相応しいのか。

 どちらが騎士と言う称号に相応しいのか。


 そんな疑問を胸に抱きながら、騎士の剣を迎撃した。


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