第7話


 最後の欄に俺の名前を書き込み、書類を完成させる。

 抜けや間違いがないかを再確認して、そのまま窓口の向こう側にいる受付嬢へと受け渡した。

 受付嬢も書類に目を通すと、頷いて大きな印を打ち付けた。


「はい、確かに。これでお二人はパーティとしてギルドに登録されることになります。お疲れ様でした」


 これで俺達の申請が全て受理されたことになる。

 晴れて俺と晄は、ギルドから正式な相棒と認められたのだ。

 ただ晄は嬉しそうと言うより、疲れ切った様子でイスにもたれ掛かった。


「たかだか登録に、こんな色々と手続きが必要だったなんて。どうにか時間までに間に合ってよかったわ」


「晄はほとんど酒場で飯食ってただけだろ。なんでそんな疲れた顔してんだよ」


「仕方がないでしょ。苦手なのよ、こういうちまちました作業が」


 実際、晄が行った作業と言えば書類に自分の名前を書き込み、冒険者章を提出した程度だ。

 それのどこに疲れる要素があったのかは不明だが、そもそもイスに座ってじっとしているのが苦手なのだろう。

 やっと解放されたと言わんばかりに背伸びをする晄。


 ただ受付嬢は書類をまとめながら、真新しい冒険者章を窓口に乗せた。

 鈍く光るそれはアイアン級を示す物で、これから俺達が使う事になる物でもある。


「ですが本当によろしかったのですか? パーティを組むとなれば、必然的に低い階級から始め無ければならなくなりますが」


 それは、受け取った書類にも書いてあった注意事項だ。

 ゴールド級の晄に対して、嵐の角笛を追放された俺の階級は暫定的にアイアン級へ格付けされていた。

 そして階級の差がある同士で組むと、パーティは低い側の階級に準じる。

 つまり晄の階級がアイアン級にまで下がってしまうことになる。


 冒険者やその関係者なら、金色の輝きを有する冒険者章の重みは理解している。

 ゴールド級という階級は、数いる冒険者の中でも優れた功績を残した最上位の者達に与えられる名誉ある階級だ。

 それは決して軽々と捨てられる物ではない。

 

 だが晄は気にした様子もなく、新しい冒険者章を受け取った。

 余りにあっけない行動に苦笑しながら、俺も新しい冒険者章を手に取る。


「別にいいんじゃない? レイゼルとなら、階級なんてすぐに上げられるだろうし」


「そんな期待されても困るんだけどな」


「過ぎた謙遜は嫌味に聞こえるらしいよ。新しい剣聖さん」


 振り返る晄につられてみれば、何人かの冒険者達と目が合った。

 そこにいる殆どが、ここ数日間で何度も顔を合わせている相手だ。

 

 あの一件以来、俺は少しばかり慌ただしい毎日を過ごしていた。

 連日の様に冒険者達が俺の泊っている宿へ押しかけ、組まないかと勧誘されていたり。

 ギルドの支部長に呼び出され、亡霊についての情報を提供したり。

 そして、晄とパーティを組むための手続きを進めたり。


 死んだような毎日を送っていた以前とは、まるで違う日常だった。

 ただ名が広く知られる、と言うのは良い事ばかりではない。

 何度もしつこくパーティへ勧誘されたり、武器を譲ってくれと商人が押しかけてきたりと、問題もいくつかあった。


 特に問題だったのは、俺への呼び方だ。

 緋色の剣聖と共に行動していた、同じ刀使い。

 そこからか、俺の事を六華の剣聖と呼ぶ声が広がり始めたのだ。


 たかだか一回、刀を使っただけでこれである。

 期待と羨望、そして嫉妬の入り混じった視線を向けられるのは、なんとも言い難い感覚だ。

 今思えば、まんまと晄の思惑にはまった気がしなくもない。

 

「やめてくれ。その呼び方はまだ慣れない」


「でも悪い気はしないでしょ。正当な評価を受けるのも」


「正当な評価かは、これから分かるだろ。せめて緋色の剣聖の物真似だと笑われないようには、頑張るさ」


 白い亡霊を討った功績からか、昇格試験を受けてはとうかと支部長に聞かれたこともあった。

 非常に魅力的な提案ではあったが、とある事情から断らざるおえなくなった。

 と言うのも、俺達はもうすぐこの街を出立するのだ。


 晄が独断と偏見で定めた目的地へ向かうキャラバンが、偶然にも近くを通りかかるらしい。

 今回はそれに合流して移動する算段だ。

 このキャラバンを逃せば当分先まで移動する手段が無くなってしまう。

 昇格試験や、その結果の判定に時間を使っている余裕が俺達にはなかった。

 そのため無理を言って、早めにパーティの手続きを済ませてもらったのだ。


 想定より早く手続きが終わって安心したのだろう。

 晄はキャラバンと合流予定の馬車の様子を見に行くと言い残し、ギルドから出ていった。

 そしてそれと入れ替わりに、見知った顔がギルドに現れた。

 彼女は俺の顔を見つけると、戸惑う素振りを見せてから、ゆっくりと近づいてきた。


「もう調子はいいのか、リリーナ」


「お陰様で。医師の診断では元のように武器も持てます。本当に持てるかどうかは、わかりませんけど」


「でも冒険者は続けるつもりなんだろ?」


「えぇ、今のところは。またゴールド級を目指すかどうかは、これからの結果次第ですけど」


 そう言うリリーナの手は、微かに震えていた。

 亡霊を前にした時にリリーナの心は折れたのだと、晄は言った。

 リリーナが失ったのはなにも仲間だけではない。


 嵐の角笛としての信頼や実績、そして自身への評価。

 仲間を壊滅させ、リーダーだけが生き残ったというその事実が、あらぬ評価と噂を広めていった。

 冒険者達からリリーナへ注がれる視線は、決して穏やかな物ではない。


 それでもリリーナがこの冒険者ギルドに顔を出した理由はなんなのか。

 俺が問いかける前に、リリーナの方が口を開いた。


「さきほど上機嫌にギルドから出ていく晄さんを見ました。彼女と組んだんですね」


「押し切られてな。それに嵐の角笛をクビになったし、丁度いい機会だと思ったんだ」


 仲間を失ったリリーナを見捨ててもいいのか。

 そう考えたことは一度や二度ではない。

 実を言えばこの瞬間でさえ迷っている。

 しかし彼女の今までの対応を考えると、俺が居ても力にはなれそうになかった。


 それどころか、俺と顔を合わせるだけで不快に思わせてしまうだろう。

 なら早急に街を出て、一刻も早くリリーナに忘れてもらう他ない。

 俺と言う冒険者がいたことと、先日の失敗を。

 ただリリーナはじっと俺を見つめ、躊躇った末に消え入りそうな声で言った。 


「お父様と交わした契約を、覚えてますか? ゴールド級になるまで、面倒を見ると」


「一応な。だがその契約は……。」


「私から反故にした。でも、それでも、自分勝手なのは十分承知です。謝罪もします。だから、もう一度私と――」









「レイゼル! もう馬車が出発するわよ!」


 響く声が、リリーナの言葉を打ち消した。

 見ればリリーナは諦めた様に笑っていた。

 彼女の性格を思えば、どれだけの勇気を振り絞ったのかは想像に難くない。

 ただその言葉の続きを聞いていたとしても、俺は頷くことはできなかっただろう。


「俺が手を貸さなかった事を憤るのは当然だ。俺にその怒りをぶつけるのもな」


 荷物を肩にかけると、リリーナの正面まで歩いていく。

 そしてその目を見て、はっきりと告げた。


「だが見下していたなんて事は絶対にない。お前達は実力でゴールド級への昇級試験を受けられるまで成長したんだからな。諦めなければ、リリーナなら絶対にゴールド級に上がれる。その先にだって」


 自分でもどうかと思う言葉に、リリーナは苦笑を浮かべた。

 こんなありきたりな言葉など必要ないのだろうが、それでも誤解は解いておきたかった。

 果たしてどれだけ素直に受け入れたのかは、リリーナにしかわからないが。


「当然です。私を誰だと思ってるんですか。あのゼントールの娘ですよ」


「そうだったな。それじゃあ、達者でな」


「さっさと消えてください。目障りです」


 そのまま、扉の付近で待っていた晄の元まで向かう。

 すると晄は俺のわき腹に肘を入れて、小さくため息を突いた。


「その甘い性格は少直したほうがいいかもね。悪い虫が寄ってきそう」


「は? なんだって?」


「いいから、行くわよ」


 ◆


 無事にキャラバンと合流した俺達は、晴天の下で馬車に揺れていた。

 隊列を組んで進むキャラバンには護衛の冒険者の他に、俺達のような同行者も多くいる。

 中には料金を払ってキャラバンの馬車に乗せてもらう者達もいるが、俺達は別だ。

 時折護衛として見回りを買って出て、食糧などの料金を払えばいい。


 これだけで目的地にまで比較的安全にたどり着けるのだから、便利なものだ。

 ただ問題があるとすれば、その目的地を未だに俺が知らない事だろうか。


「そろそろ次の目的地を教えてくれてもいいんじゃないか?」


 商人から買った果物をかじっていた晄に問いかける。 


「それに関しては、アタシなりに色々と考えたんだよね。それで、妙案を思いついたのよ」


「これは確実に面倒な事になる。断言できるね」


「ちょっと聞きなさい。レイゼルはどうしても欲しい物があったから、ゼントールの依頼を受けた。そうよね?」


「まぁ、そうだな。だから一年も嵐の角笛に加入してたわけだ」


 でなければあの環境に一年もいられる訳がない。

 予想が的中しているのか、晄は淀みなく話を続ける。 


「そのどうしても欲しい物って、レイゼルの故郷に関係する物じゃない?」


 そこで、言葉に詰まったのは俺の方だった。

 契約の内容を知っているのはゼントールと俺だけのはずだった。

 娘に甘いゼントールがリリーナに内容を漏洩したが、あくまで報酬が宝だという情報だけだ。

 その宝が一体何なのかは、未だに俺とゼントール以外に知る者はいない。

 俺の知る限りは、だが。


「誰から聞いた」


「誰にも。レイゼルがそこまで必死になる事って、それぐらいしかないでしょ」


「……ゼントールの持ってる、精霊王の涙が必要だったんだ。ありとあらゆる穢れを祓う、伝説の代物だ」


 精霊王の涙。 

 ゼントールが異国での戦争に参加した際に持ち帰った戦利品だ。 

 噂には聞いていたが、ゼントール本人からその話を聞いた時、俺はリリーナに関する契約を受ける決意をした。

 俺の故郷の為にも必要不可欠な代物だったからだ。


 しかし契約は一度、白紙に戻った。

 ゼントールとの契約は、嵐の角笛がゴールド級に昇格するよう俺が支えること。

 だが俺がパーティをクビになっただけに留まらず、嵐の角笛は壊滅した。

 加えてリリーナが今回の事から立ち直り、再び仲間を集め、連携を深め、ギルドの評価を勝ち取り、ゴールド級に昇格するまでに、どれだけの歳月を必要とするかなど想像もできない。


 そこに今回の一件だ。

 あの白い亡霊の事を思えば、俺に残された時間は多くないように思える。

 あの亡霊は、この場所に居ていい存在ではない。

 遠く離れた故郷から、徘徊してあの場所にたどり着いたのだろう。


 つまり、あの亡霊達は俺の故郷にとらわれなくなっている。

 このままでは、俺の一族が亡霊となって大陸中に散らばってしまう。

 そうなる前に、故郷を救う方法を探し出す必要があった。

 故郷を今も侵し続ける、『災厄』を取り払うには。


「なるほどね。じゃあ、それが手に入らなかった今、どうするべきだと思う?」


「違う方法で故郷の汚染を祓う方法を探すしかないな。あんな唯一無二の秘宝が、そうそう手に入るかはわからないが」


「そうだよね、冒険者なら普通そう考える。なら目指す場所はただ一つ」


 自信に満ち溢れた様子で、晄は言い放った。


「大迷宮都市レウォール。古代の遺産と財宝が眠る、夢の都市だよ」

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