嘘
「――――――」
無理矢理に身体を捻る。
重心を移動させ、強引にターンを決めた。
正面衝突は避けたものの、勢いよく壁へと突っ込む。
「おぶふっ!」
各種プロテクターは付けているものの、この速度での激突は普通に痛い。
その場に大の字になって倒れ込んだ俺の元へ出雲が滑り寄ると、何とも言えない顔で見下しながらキャプチャルを手に取った。
「ま、これも勝負だから」
《ビーッ!》
出雲によって確保された俺は、大きく溜息を吐いた後でゆっくりと立ち上がる。
幸い、霧雨に怪我はなかったらしい。
ただ普段無表情な少女は、心配そうな表情を浮かべつつこちらを見ていた。
「よっと。大丈夫だ、問題ない」
「だってさ。そんじゃ、牢屋はこっちですよ囚人さん」
「わかってるっての」
今は試合中であり、霧雨は敵だ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は出雲に続いて牢屋へと向かう。
少しして一階へと繋がるスロープに差し掛かると、いつも通りにターンした。
「っ!」
瞬間、右足首にズキッと痛みが走る。
思わず速度を緩めると、出雲が不思議そうな顔で尋ねてきた。
「ん? どうかした?」
「いや、何でもない……」
恐らくは霧雨をかわした時か。
思わぬアクシデントだが、相手に悟られまいと平静を装いつつ牢屋へ向かう。先に掴まっていた一葉が連行されてきた俺を見るなり、驚いた表情を浮かべ声を上げた。
「ふぇっ? お兄ちゃん、何で捕まってるのっ? さっきあそこで二人相手にこうズバッ! シャキンッ! スイスイ~って恰好良く避けてたじゃん!」
「悪い悪い」
一葉が不満そうに頬を膨らませる中、連行を終えた出雲は再び探索へ向かう。
牢屋の見張りはスライパー少女が務めていたが、やがてゴーグル男が戻ってくると二人態勢に。どうやら俺と一葉を捕まえたことで5ポイントになったため、作戦を守り重視へと切り替えたらしい。
「…………」
自然に立っている分には問題ない。
直線ならば、普段通り滑ることもできそうだ。
牢屋内で自分の状態を慎重に確認しながら、俺は一葉と共に助けを待つ。
二人以上が捕まった場合、救出と潜伏のどちらを選択するかは状況次第で裏真が判断すると事前に決めていたが、果たして彼女はどちらを選ぶのか……。
「――――了解」
敵のスライパー少女が小さく呟くなり、牢屋を離れ勢いよく滑り出す。
その行き先にある物陰から姿を現したのは、忍装束を身に纏っている少女だった。
「藤姉!」
スライパーに追われる藤林は、何とかして俺達を救助しようとする。
しかし相手もトリッカーの厄介さを心得ているのか、捕まえるよりも牢屋へ近づけないことを優先して動いており、投擲による確保を狙っているようだった。
「!」
その隙をついて、別方向から双葉が一直線に滑ってくる。
まだ見張りにはゴーグル男が残っているが、トリッカー一人ならいけるかもしれない。
「狙いは良いけど、惜しかったね」
しかしそれを阻止するスライパーがいた。
救出に来るタイミングを狙っていたのか、どこからともなく現れる出雲。その姿を見るなり、双葉が慌てて方向を急旋回すると逃げに回る。
藤林もスライパーを避け切れず後退。状況は完全に万事休すだった――――。
『万代先輩は昔から警察が得意だったんでしょうか?』
『せやな。泥棒は救出もせんで、ずっと一人隠れんぼやったわ』
『それで万代先輩も甲斐君や音羽ちゃんと同じで、出雲君とは幼馴染と……』
『せやで。昔はチーム太陽で一緒にプレイしてたんや』
『…………』
『センビのお姉ちゃん、どうしたの? ラストのクッキー食べたかった?』
『いいや、一葉ちゃんが食べて大丈夫だよ』
『何や、作戦でも閃いたんか?』
『出雲君が万代先輩の過去のプレイを知っているなら、それを利用できないかと思いまして。例えば仮に仲間が捕まっても救出に行かず隠れていたなら、その裏をついて――――』
――――そう、完全に万策尽きている。
少なくとも出雲の奴は頭の中で、そう考えているのだろう。
だからこそ気付かない。
エスカレーターの裏に潜み、糸のように細い目を光らせていたバランサーの存在を。
出雲が双葉を追い掛け始めた瞬間、俺と一葉が静かに後方へ退いたことを。
「…………」
藤林と双葉が退いたのを見てゴーグル男が隙を見せた瞬間、素早く飛び出した雷神先輩が俺と一葉のキャプチャルバンドへ自分のバンドを当てた。
瞬間、バンドについていたキャプチャルが外れ確保を示していた赤い光が消える。
「ガードっ! 後ろっ!」
双葉を追っていた出雲が気付き、反響するほどの大声で叫んだ。
振り返ったゴーグル男が、慌ててキャプチャルを投擲する。
「甘いでっ!」
親父の投げ技に比べれば、避けることは容易い。
双葉を追っていた出雲が、ターンを決め方向転換した。
「やってくれるじゃん!」
もう遅い。
雷神先輩はエスカレーターを駆け上がり、俺と一葉は左右へ散るように逃げ出す。
――――筈だった。
「~~~~っ」
「お兄ちゃんっ?」
走り出した直後に足首へ痛みが走り、バランスを崩して倒れ込む。
それを見たゴーグル男は、すかさず俺に狙いを定めた。
「逃げろ一葉っ!」
「で、でも――――」
「アホォ! アクセルやっ!」
「!」
アクセルという言葉を聞いて、脊髄反射したかの如く少女が加速する。
それを見た俺は一安心すると、ゴーグル男にキャプチャルを付けられ再び確保された。
「すいません……アウトします」
「大丈夫? 肩貸そうか?」
「あ、いえ、大丈夫です」
俺は牢屋へ戻らずに、フィールドの外へ出る。
キャンプでは待っていたかの如く、チサトさんが救急キットを用意していた。
「部位はどこですか?」
「右足首です……すいません」
「そこに座ってください。足の方、失礼致します」
段差に腰を下ろして右足を伸ばすと、チサトさんは丁寧にスライプギアを外す。
そして爪先を優しく持つと、ゆっくりと俺の足首を動かし始めた。
「痛みますか?」
「大丈夫です」
「こちらは?」
「っ」
「痛むようですね」
「す、少しだけ……」
「とても少しという顔には見えません。空也さんがジョージと違い嘘が下手で良かったです。それに怪我は直後の処置が一番大切ということも、覚えていてくれたんですね」
「そりゃまあ、あれだけ何度も言われたら覚えますよ」
「でしたらお気持ちはわかりますが、今は隠さず症状を伝えてください」
チサトさんは真剣な表情を見せると、再び冷静に患部を調べていく。
俺は前半戦終了のブザーが鳴り響くまで、戦い続ける仲間達を遠目で見ながら正直に痛みを告げるのだった。
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