隠し玉

「甲斐君、大丈夫なのかい?」

「チサ姉、お兄ちゃんどうしたのっ? 怪我したのっ?」


 いち早く裏真が俺の元へ駆け寄ってきた後で、程なくして他の仲間も戻ってくる。

 相変わらず処置を受けている最中だが、俺は問題ないとばかりに明るく答えた。


「そんな大袈裟じゃないって。軽く捻った程度だから大丈夫だ」

「いえ。大丈夫ではありません。骨に異常はないと思われますが、捻挫してますね。この状態で試合を続けるのは奨められませんし、まともに動くのは難しいでしょう」

「そんなことないです。出られますよ」

「お兄様……無茶はいけませんの」

「心配すんなって」


 不安そうな表情を浮かべる双葉へ笑顔を見せる。

 気化熱で冷やす冷却用包帯を右足首に巻き終えた後で、チサトさんは首を横に振った。


「双葉さんの仰る通りです。無茶をして悪化したらどうするんですか?」

「大丈夫ですよ。いざとなったら左足だけで滑りますから」

「いけません」

「そこを何とか、お願いします!」


 頭を下げて頼みこむ。

 このまま棄権なんてことになったら、一生後悔しそうだった。


「どうしてもこの試合だけは出たいんです!」

「甲斐君……」

「残念ですが承認できません。例え左足で滑っても、少なからず右足の負担になる筈です。そんな無茶を十分間もして、空也さんの身に何かあったらどうするんですか?」

「それでも……嫌なんです! 悔いを残したくないんです! お願いします!」

「チサトはんの言う通りやで空也はん。無理はアカン」

「お願いします!」

「その足で滑るなんて贅沢や。試合に出たいなら、要は滑らなええねん」

「お願い…………え?」


 肩をポンと叩いてきた雷神先輩の言葉を聞いて、思わず下げていた頭を上げる。

 俺を見るなり雷神先輩はニカっと笑うと、いつも通り軽々しくチサトさんに尋ねた。


「ガードならどうやチサトはん? 牢屋番っちゅーのは、動かんでいい暇な役割やで」

「それは…………そうですが…………」

「要はちょちょいのちょいっと四人捕まえればええねん。そんでもって突っ立ってるだけの空也はんは、最後にのんびり歩いて音羽はんを迎えに行くっちゅう訳や」

「そ、そうっす。見張りなら甲斐空也でも問題ないっす」

「雷神先輩……藤林……」

「一葉も頑張るから、お願いチサ姉!」

「チサトお姉様、今回だけは特別に許してほしいですわ」

「一葉……双葉……」

「…………」

「チサトさん、お願いします!」


 改めて頭を下げる。

 チサトさんは少し間を置いた後で、大きく息を吐いた。


「わかりました。ただしあくまでも見張りだけで、移動は控えてください」

「はいっ! ありがとうございます!」

「さてさて、許可も出たところでワイはお役御免やな」

「ふぇ? シロッケ、何でバンド外してるの?」

「決まっとるやろ。空也はんがガードなら、ワイは単なる役立たずや。それならチームの隠し玉を出した方が、相手も警戒するっちゅうもんやで」

「「「「隠し玉?」」」」


 首を傾げる俺達に向けて、雷神先輩は手で指し示す。

 その指先が向いているのは、他でもないナビゲーターの少女だった。


「練習の成果の見せ時やな。切り札はん」

「知っていたんですか?」

「忘れもんして戻ったら、居残り練習しとるところをチラっと見てしもたんや」

「一体何のことっすか?」

「どうもこうもあらへん。時間もないんやし、説明するより見てもらった方が早いわ。ほれ裏真はんも、はよ準備せんと間に合わなくなるで。持ってきてるんやろ?」

「でも、初心者のボクが役に立てるかどうか……」

「それを決めるのは空也はんや。ええからさっさと見せてみい!」

「万代先輩……ありがとうございます!」


 頭を下げた裏真は自分の荷物を取りに向かう。

 バッグの中から取り出したアルミケースを開けると、そこに入っていたのはバインドアームズのパーツ。そして少女はそれを慣れた手つきで組み立て始めた。


「ひょっとしてセンビのお姉ちゃん、エイマーできるのっ?」

「空也君のお父さんに無理を言って、練習後に教えてもらっていたんだ」

「ナビだけじゃなくてエイマーも練習してたなんて、凄いですわ!」

「そんなことはないよ。ナビは所々失敗していたし、狙撃だってボクは音羽ちゃんのように上手くはないからね」


 謙遜する裏真だが、前半戦のナビはとても初心者と思えないものだった。

 それに加えてエイマーの練習と聞いて、驚きを隠せず呆然とする。


「とか何とか言っておきながら、ちゃっかりナビだけやのうてメンバーにも登録してたやん。ホンマはエイマーで敵を殺る気満々やったんやろ?」

「と、登録していたのは何かあった時のためで――――」


 一体この試合のために、どれだけの時間を使ったのか。

 そんな彼女のひたむきな努力に、感謝せずにはいられなかった。


「裏真……ありがとうな」

「礼を言うにはまだ早いよ。それに前にも言っただろう? ボクはただ、甲斐君の力になりたいだけ……自分のやりたいことをやっただけさ」


 スナイパーライフルを組み上げた少女は笑顔で応える。

 今は仲間達の力を信じる他にない。

 相手チームは残り数秒で双葉を確保したため、最終的には俺と合わせて5ポイント。仮に均等に割り振ってきた場合、最低でも三人を確保しなければ勝てない数字だ。


「後半は雷神先輩アウトで裏真イン。ガードは俺がするから、皆はガンガン捕まえてくれ」

「オケオッケ~っ! 一葉に任せて!」

「このために練習してきましたの」

「仮にうっかり逃がしても、輪廻がフォローするっす」

「できる限りのことはやってみるよ」

「ほなら、ナビはワイが――――」

「いえ。その必要はございません」


 念入りにテーピングで固定したチサトさんは、静かに立ち上がった。


「事態が事態ですし、空也さんの負担を少しでも減らすべきかと。ナビはこちらで引き受け、今回は全面的に協力させていただきます」

「チサトさん……ありがとうございます!」

「やったで空也はん! これで名実共にハーレムや!」

「あはは……」

「詳しい作戦は通信で後ほど指示させていただきます。ご協力、宜しくお願い致します」

「はい」


 処置を終えた俺は、改めてスライプギアを履く。

 裏真は各種プロテクター、そしてキャプチャルバンドにバディといった装備を付け終えた後で、教わった狙撃方法を思い出すように小声で呟き確認していた。


「…………スコープを覗く時は目を瞑らない。見る必要はないけど両目は開けて、身体はリラックス……深呼吸。撃つタイミングは相手の速度と距離を判断して見極める。呼吸を止めて、照準を合わせたら引き金を引く…………」


 少ししてキャプチャルの回収に向かった雷神先輩が戻ってくる。

 計二十六対のキャプチャルの分配は均等に一人五対ずつ。余った一対は裏真が持つことに決まった後で、ジャッジによるインターバル終了の音声が耳に入った。


「行こう……っ」


 牢屋へ向かうため立ち上がりゆっくり滑り出すが、鈍い痛みが走りよろける。

 それを見た裏真が肩を貸そうとしてくれたが、俺は首を横に振り断った。

 フィールドに戻った以上、泣き言は言ってられない。

 俺達が指定した牢屋はフィールド中央である一階エスカレーター前……前半戦に相手チームの牢屋だった位置と大差ない場所へ移動を終える。


《チーム・甲斐空也と愉快な仲間達の移動を確認しました。これよりチーム・ドリームスプリンターの退避時間として、一分間のカウントを開始します》


 遠くからスライプギアのホイール音が聞こえる。

 30秒ほど過ぎた辺りで、チサトさんが動き出した。


『どなたか、敵の姿は確認できましたか?』

「いや……」

「誰も見てないっす」

『了解です。一葉さんは一階B7・A5・B2、双葉さんは一階G7・H5・G2、藤林さんは二階A8・D7・G8の順で三箇所を中心にお願い致します』

「!」

『裏真さんはF4にある100円ショップで待機。無理に通りがかった相手を狙おうとせず、止まっているか予測しやすい動きの相手を狙ってください』

「はい」


 これが手加減していないチサトさんのナビなのか。

 敵の姿が見えないという情報だけで、ピンポイントに絞られる捜索範囲。一瞬にして出されたあまりにも的確な指示に驚くが、頼れる助っ人に自然と笑みがこぼれた。


《一分が経過しました。只今より、チーム・甲斐空也と愉快な仲間達VSチーム・ドリームスプリンターの10ポイントマッチを再開します。皆さん良い戦いを、グッドラック!》

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