決戦
《チーム・ドリームスプリンターは指定位置へとついてください》
いよいよ迎えた決戦の日。整列を終えた後で、ジャッジの警察側の移動を指示する。
俺達がいるのは過疎化した二階建てのショッピングモール。中央が吹き抜けている見通しの良い構造であり、この建物の一部が今日のフィールドだ。
「皆さん、悔いのない試合にしてください」
「はい」
「頑張りますの」
「チサ姉、一葉の活躍見ててね~」
送迎かつ引率として付いてきてくれたチサトさんの激励に応えるが、試合前にイヤホンマイク越しではなくこうして面と向かって見送られるのは初めてだ。
『いよいよ始まるんだね』
「初めての試合なのに、裏真は落ち着いてるな」
『そんなことないさ。平静を装ってはいるけれど、心臓はドキドキしているよ。そういう甲斐君こそ随分と冷静に見えたけれど、やっぱり慣れなのかい?』
「やるべきことはやったし、当たって砕けろって感じかな」
『砕けるのは困るかな』
「はは」
確かに裏真の言う通り、思った以上に落ち着いている気がする。
しかし負けられない試合ということもあり、いつもとは異なる心持ちだった。
「空也はん。音羽はんと何も話さんで良かったんかいな?」
「別に今じゃなくても、アイツがチームに戻った後でいくらでも話せますから」
「おっ、言うやんけ」
「無駄に恰好つけてるとヘマするっすよ」
恰好つけて忍装束を着ている藤林にだけは言われたくない。着ている衣装は夏用なのか素肌を晒している部分が多く、本格的な忍というよりはファッションくノ一だ。
もっとも額当て風のヘッドガードを見た一葉と双葉は、付けたいだの欲しいだの言い始める始末。これを機にコスプレしたいとか言い出しそうで怖い。
「うしっ!」
試合を前に、改めて気合を入れ直す。
相手チームはRAC部のBランク、チーム・ドリームスプリンター。
しかし今回はCランク戦と違い十五人の枠は埋まっておらず、登録されている相手メンバーは下限である五人だけだった。
詰まるところが相手も俺達同様、泥棒も警察も同じ顔ぶれでの勝負となる。
『今のBランクは三年生が十人、二年生が三人で一年生が二人っす。多分あのブラック顧問は、今回の試合を一・二年生のための練習試合として考えてるっす』
ミーティングの際に藤林が話した予想は、恐らく間違っていないだろう。
前回の試合結果を考えれば、舐められるのも仕方ない。
ただ俺にとっては、霧雨と出雲を相手に戦うことができれば問題なかった。
《チーム・ドリームスプリンターの移動を確認しました。これよりチーム・甲斐空也と愉快な仲間達の退避時間として、一分間のカウントを開始します》
「行くぞっ!」
合図と共に、俺達はキャンプから飛び出し散り散りになる。
フィールドは一階と二階で構成され、階を繋ぐのは一階E3から二階E2へ伸びる停止したエスカレーターと、A8及びH1の両隅にある二つのスロープを合わせた三箇所だ。
相手が指定した牢屋は一階中央のE4。すぐ傍にエスカレーターがあるため、段差に弱いスライパー以外は二階へと一直線に逃げることもできる。
「…………」
中央の吹き抜け空間から壁一枚挟むと、通路に並ぶ店の数々。半分近くはシャッターが閉まっているかネットが張られているが、中には入れる店も残っている。
俺は看板だけが残った一階の元レストランへ向かうと、空きスペースへ身を隠した。
《一分が経過しました。只今より、チーム・ドリームスプリンターVSチーム・甲斐空也と愉快な仲間達の10ポイントマッチを行います。皆さん良い戦いを、グッドラック!》
今回の勝負は支配率で勝敗を決めるドミネートマッチではなく、ゲーム終了時に確保していたプレイヤーのポイントで勝敗を決めるポイントマッチだ。
10ポイントマッチでは各プレイヤーは1ポイントを所持しており、それに加えてチームに与えられた5ポイント分を上乗せさせる形で自由に割り振ることができる。
俺達のチームは全員へ均等に割り振り2ポイントずつ……の筈だったが、泥棒が苦手な雷神先輩が受け取りを拒否して俺に託したため、3・2・2・2・1という配分だ。
『ポジション二階G8や。音が近づいてきとる』
『二階G7チェック、スライプワンが見えますの』
『出雲君だったかい?』
『違いますの。女の方ですわ』
『一つ一つの店を順番に調べてるっちゅうとこか。参ったで。いきなりかいな』
相手チームはスライパーが二人、トリッカーが二人、そしてエイマーが霧雨一人だ。
今回は隠れ場所がそこそこあるフィールドのため潜伏もしやすい筈だが、運の悪いことにいきなり雷神先輩が身を潜めている位置の周辺を調べ始めたらしい。
『一葉ちゃん、デコイ!』
『オケオッケ~。一葉に任せて!』
仲間を守るための陽動……思った以上に大胆な裏真の采配に驚かされる。
作戦的にはありだが、問題は雷神先輩の存在を悟られないよう相手のスライパーを上手く引きつけられるか。そしてその後で自身が逃げ切れるかどうかだ。
『F8W、スライプワン、エスケプだよ~』
『そのままA8から一階へ。緩急をつけてエイムケアを忘れずにね』
『よ~し……わちゃっ? っとと、危なかった~』
『二階H5チェック、エイムワンですわ』
一階と二階を繋げるスロープで狙われるという事前の予想が的中。一葉は無事に避けた上、その際に撃ち出されたキャプチャルの軌跡を目にした双葉が位置を報告する。
『一階D8スライプワン、パリィだよ~』
「ナイスだ一葉!」
『助かったで。おーきに!』
『えっへん!』
今やスライプギアの扱いは、単純な直線速度であれば俺と同等以上。そんな少女はスライパーの追手を見事に撒き、囮役という任務を完璧に遂行してみせた。
体重が軽いほど制御しやすい装具とはいえ、速度を上げるには経験と時間が掛かる。僅か数週間でここまで二人を成長させた辺りは、流石親父といったところか。
『一階H4W、トリックワン、エスケプっす!』
『頭上、エイムケアだよ』
一葉の報告から休む間もなく、今度は相手トリッカーが藤林を追跡開始。トリッカー同士の戦いとなれば黒山を見返したいという、彼女の望み通りの展開だ。
攻防の行く末が気になるところだが、俺の元にもう一人のトリッカーが接近。まだこちらに気付いていない虚を衝き、即座に加速すると素早く店から出た。
「一階A6N、トリックワン、エスケプ!」
『A8から二階へ。二人ともスライプケアも忘れずにね』
『「了解」っす』
チサトさん譲りの的確なナビを受けて迷わず移動する。
ゴーグルを付けたトリッカーの男は、俺を追いかけつつキャプチャルを投擲。それを避けながらスロープを滑り上がると、下の階で逃走中の藤林を見つけた。
スライパー同士は平面だが、トリッカー同士の勝負は空中戦。二人はオブジェやエスカレーターといった障害物を器用に飛び越え、追いかけっこを繰り広げている。
そんな攻防から視線を切り、二階へ上がった直後のことだった。
《ビーッ!》
『藤林さんが両足首を確保。一階H1だね』
イヤホンマイクから仲間の確保音と、裏真からの報告が入る。
ほんの少し目を離した間に、一体何が起きたのか。
本来なら音もなく捕まった原因を確認するところだが、俺が一階を見ることはない。
何故なら、その必要がなかったからだ。
「っ?」
二階を移動中、スナイパーライフルを構えた少女が一瞬視界に入った。
見間違いだと思い、反射的に振り返る。
彼女は先程まで正反対のH5に陣取っていた筈だ。
こんな僅かな時間で移動できる訳がない。
じゃあ、一体どうやって……?
「――――っ!」
脳内を駆け巡った問いの答えに気付く。
普段通りの制服姿ではなく、RAC部のジャージに身を包んだ少女。
その細い脚の先には、今まで身に付けていなかった筈の装具が履かれていた。
「チェイサーだっ! 二階A5、チェイサーワン!」
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