上達

 一日目は胃袋が固形物を完全に拒絶し食欲が沸かず、二日目以降は筋肉痛でボロボロ。そんな満身創痍な日が続いていたため、ここ数日の夕食及び家事に関してはチサトさんに頼りきりだったが、今日は久し振りの夕飯作りである。


「ばにゃにゃんぱ~っ! お兄ちゃ~んっ! お腹空いた~っ!」


 家に帰るなり、ごろりと寝転がった一葉がジタバタしながら訴える。一葉と双葉は二週間近く先に練習していたこともあり、トレーニング後でも割と元気だった。


「二人とも、何か食べたい物は?」

「わたくしは何でも構いませんの」

「はいは~い! 一葉、サーロインステーキがいい!」

「それはちょっと無理だな」


 冷蔵庫の中を確認するが、流石にそんな物は入ってない。作り置きしてもらったサラダなどを眺めながら、タッパに入れられた御飯を取り出す。


「ありあわせでチャーハンでも作るか」

「お手伝いしますの」

「じゃあ一葉は食べるの手伝う~っ!」

「働かざる者、食うべからずだぞ」

「ふぇ? 猿にカラスって、桃太郎の話?」

「桃太郎はカラスじゃなくてキジだろ?」

「でも前に一葉達が劇でやった桃太郎は、犬の代わりで狼連れてって、猿の代わりはゴリラで、キジの代わりにカラスだったよ?」


 その顔触れを見たら鬼の反応を是非見てみたいところだ。

 相変わらず慣用句を知らない一葉へ、双葉が呆れた表情を浮かべつつ答えた。


「一葉も手伝わないと、夕飯は抜きってことですわ」

「なんですと~っ?」

「じゃあ一葉は卵を溶いてくれ。双葉にはサラダを分けてもらおうかな」

「わかりましたの」


 小学四年生の二人は家庭科を習っていないため包丁を持たせるのは避けていたが、危ないからといって敬遠するよりも逆に経験させる方が良いのかもしれない。

 今回の一件によって成長した二人を眺めてそんなことを考えつつ、冷蔵庫から取り出した残り物の野菜を適当に小さく切りフライパンに油を引いた。


「……ねりねり。えへへ~、霧雨のお姉ちゃんの真似~」

「早くしないと夕飯が遅くなるぞ」

「にょあああ~っ! 混ざれ混ざれ混ざれぇ~いっ! ねりねりねりねりぃ~っ!」


 零れそうなくらい激しく箸を回す一葉を見て、思わず笑みがこぼれる。

 溶き終えた卵をフライパンに入れた後で、少ししてから切った野菜とご飯を投入。ついでにスープでもあればと、鍋に水を入れると空いているコンロで沸かす。

 あっという間にチャーハンは完成し盛り付けも終了。チサトさんの作り置きと一緒に運び終えると、俺達は卓袱台を囲み料理を前に両手を揃えた。


「「「いただきます」」」


 一人きりの時には口にしなかった言葉。

 何気ないことではあるが、当たり前の大切さを感じる。


「ね~、もにいひゃん」

「口の中に物を入れたまま話さない」

「ごっくん。お兄ちゃんってキリウのお姉ちゃんのこと好きなの?」

「ぶふっ」

「きゃっ? お兄様っ?」

「あ~っ! お兄ちゃん汚~いっ!」

「わ、悪い」


 予想外の質問に、思わず噴いてしまった。

 布巾で拭きとりながら、俺は一葉に尋ねる。


「一体誰がそんなこと言ったんだよ?」

「シロッケ」

「雷神先輩か……全く、あの人は」

「それでそれで~、どうなの~?」

「どうって言われてもな……」


『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ……』


「ん? 悪い、先に食べててくれ」


 ナイスタイミングで裏真から電話を掛かってきた。

 話を中断して携帯を手に取った俺は、食卓から席を立った後で通話ボタンを押す。


「もしもし?」

『やあ甲斐君。今大丈夫かい?』

「ああ。大丈夫だけど、どうしたんだ?」

『少し聞きたいことがあってね。音羽ちゃんがスライパーを狙撃する際に心がけていたこととか、相手を狙っていたタイミングとかはあるかな?』

「え? んー、そう言われても具体的にはあんまり思いつかないな」

『何なら甲斐君がエイマーから狙撃されるという想定でも構わないよ。どんな時に拘束されやすかったとか、こういう時は避けにくかったみたいな情報が欲しいんだ』

「うーん……」


 今まで自分がこなしてきた試合の数々を思い出す。

 幼い頃から霧雨と戯れていたこともありエイマーに捕まることは少なかったが、それでもこの前の試合のように拘束されるというケースは何度かあった。


「とりあえずパッと思いついたのは、複数の方向からエイマーに狙われた場合。後はスライパーから逃げ切った後とか、一安心した時は虚を突かれたな」

『逃げ切った後……ふむ、参考になったよ。ありがとう』

「ひょっとして、明後日のフィールドが決まったのか?」

『え?』

「あれ? 音羽の奴が狙ってくる場所に予測を付けてたのかと思ったんだけど……」

『あ、ああ。まあそんなところかな』

「そっか。ありがとうな裏真」

『ボクはただ、ボクにできる限りの協力をしているだけさ。こちらこそ忙しい中、邪魔をしてすまなかったね。また何かあった時は宜しく頼むよ』

「おう」


 すっかりナビとして板についてきた少女との通話を終えると、あっという間にチャーハンを食べ終えた一葉がデザートのプリンを二つ胸にあてて遊んでいた。


「お兄ちゃん見て見て~。おっぱいの真似~。ボインボイン!」


 藤林がそんな台詞を口にしている姿を想像して危うく噴き出しそうになる。俺も昔はそうだったけど、やっぱこの年頃ってウンコとかおっぱいとか好きなんだな。


「千火お姉様、どうかしましたの?」

「ああ、明日のミーティングで話すことに関してだったよ。多分霧雨が狙ってくるポイントを予測してるんだと思うけど……」

「霧雨お姉様との初対戦、楽しみですわ」


 プリンのプッチンに成功し、嬉しそうな笑顔を見せながら双葉が呟く。言われるまで気付かなかったが、二人は霧雨と対戦するのは初めてなのか。


「キリウのお姉ちゃん、上手くなった一葉達見てビックリするかな?」

「霧雨も上手くなってるらしいから、逆にビックリさせられないようにな」

「でもでも、一葉達の方がもっとも~っと上手くなってるもん!」

「そうやって油断してると、あっという間に捕まるぞ?」

「む~。一葉、もう捕まらないよ!」

「仮に一葉が捕まっても、わたくしが助けますの!」

「だから捕まらないってば!」

「ああ。二人とも頼むな」


 食事を終えて風呂を済ませると、布団に入った二人はあっという間に眠りにつく。

 チサトさんから毎日10単語覚えるように言われた俺は、今日もベッドで横になりながら英単語帳の内容を暗唱。その後で目を瞑り復唱し、一通り覚えたか確認する。


「…………うし」


 記憶し終えた俺は、しおり代わりにしている一枚の紙を挟む。

 しわくちゃでボロボロになっている紙にはお世辞にも上手いとは言えない、走り書きされた字でメモが書かれていた。


『――――スーパーレベル6:ステアライド。段差を上がる技。右足から左足へ重心移動する際のバランスが重要。習得のコツはワンサイド系同様、目を瞑っての片足立ちでバランス感覚を養うこと――――』


 それはかつて親父が出演していたテレビコーナーで説明されていたもの。

 そして毎朝律儀に俺の枕元へ置かれていたメモの一枚でもあった。




『やなこった』

『何でだよっ?』

『テメエに教えることはねえからだ』




「…………ったく、そうならそうと最初から言えよな」


 あの言葉の意味が今なら分かる。

 全くもって素直じゃない親父だが、確かに教わる必要はないかもしれない。

 だって俺はもう既に、全て教わっていたんだから。


「上達への道は自信を持つこと……か」


 まるで未来を見通していたかの如く、乱雑なサインと共に書かれた一言を呟く。

 単語帳を置いた俺は目を瞑ると、疲れていたのかあっという間に眠りへと落ちていった。

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