チーター
――――ということで始まることになった変則試合。親父一人だけの警察に対して、泥棒は俺と雷神先輩と藤林、そして成長した一葉と双葉の五人である。
初心者である裏真はチサトさんと共に観戦ということでナビはなし。ジャッジ等の機材もしっかり用意されており、キャプチャルも練習用ではなく試合用だ。
「よし、じゃあ行くぞ」
「オケオッケ~」
「頑張りますの」
「泥棒は苦手なんやけどなあ」
「あの不審者に目にもの見せてやるっす」
自己紹介はしっかり済ませ、各種防具や装備も付け終わり準備は完了。ちなみに一葉と双葉と藤林がスライパー、俺と雷神先輩がバランサーとなっている。
《チーム・チーターのジョージの移動を確認しました。これよりチーム・甲斐空也と愉快な仲間達の退避時間として、一分間のカウントを開始します》
合図とともに逃走を開始。フィールドは一葉と双葉が練習していたコロシアムであり、隠れる場所や高低差のある障害が多いためスライパーには不向きかもしれない。
それでもこのフィールドで何度も練習をこなしていた一葉と双葉は勿論、ハードレベルのスキルをこなす藤林の技術を以てすれば大した問題じゃないだろう。
「………………」
牢屋から離れた位置まで移動しながら、俺は何とも言えない高揚感に浸っていた。
親父と戦える。
あのチーターのジョージがフィールドへ帰ってきた。
その事実だけで、何とも言えない嬉しさが込み上げる。
勿論、負けるつもりはない。
いくら伝説の男といえど、もう何年間もラックをやっていないというブランクがある。そしてこのメンバーを相手に、一人で捕まえるというのは流石に傲慢だ。
《一分が経過しました。只今より、チーム・チーターのジョージVSチーム・甲斐空也と愉快な仲間達のエキシビジョンマッチを行います。皆さん良い戦いを、グッドラック!》
試合開始のブザー音が鳴る。
しかしその音は不思議なことに、鳴っている途中で途切れた。
《プレイヤー冬野双葉・両手首確保。B7》
「っ?」
《プレイヤー藤林輪廻・両手首確保。C6》
『ふぇええっ?』
あっという間……というのはまさにこういうことなのかもしれない。
何が起きたのかわからない電光石火の逮捕劇に、一葉が驚き声を上げる。
『ジャッジの故障いう訳やなさそうやで。ジョージはん、双葉はんを連行したまま忍者はんのところに向かっとるわ。C6Sやな』
「あ、雷神先輩。その言い方だと――――」
『大丈夫だよお兄ちゃん。一葉達、ちゃんと勉強したから! コールもわかるもん!』
「本当かっ? じゃあ……ポジション!」
『F3だよ!』
『A8や』
「B2だ……よし、ジェイル・トライアングル!」
『オケオッケ~』
『了解や』
二人の現在位置を確認した俺は作戦を指示。親父が連行している間に三人で牢屋を狙える位置へ移動し、隙をついて三方向から双葉と藤林を救出する計画だ。
今回の牢屋はマップ中央であるため、連行されやすい代わりに助けやすい。音を立てないよう移動し配置につくと、程なくして二人を連れた親父がやってきた。
「スタンバイ」
『一葉も!』
「おうおう。餌に釣られた鼠が一匹……いや、二匹いやがるな」
物陰から覗いていた俺は慌てて身を隠す。細心の注意を払って様子を窺うが、親父は俺と一葉の位置を把握しているかのように語りかけてきた。
「一つ目に必要な力は注意力だ。コイツが欠けてる奴はラックに限らず、社会に出ても仲間の足を引っ張る間抜けなんだよ。試合開始直後だろうと逃げ切った直後だろうと、試合が終わるまでは油断すんじゃねえ」
『リリースや』
「!」
親父が偉そうに俺達へ講釈を垂れている中、小声で通信が入る。
俺と一葉に意識を向けているため牢屋は隙だらけ。まさに注意不足な親父の後方から音もなく現れた雷神先輩が、捕まっている二人の救助へ慎重かつ早足で向かった。
「次に二つ目だが…………人の話は大人しく聞くもんだぜ」
「っ?」
タイミングを合わせて飛び出そうとしたが、反射的に足を止める。
何が起きたのか理解できなかった。
ただこちらに話しかけていた筈の親父が、少し手首を捻った程度のこと。
たったそれだけの筈なのに、雷神先輩の両足首にはキャプチャルが付いていた。
《プレイヤー万代雷神・両足首確保。D5》
「………………ホンマかいな」
流石の雷神先輩も、これには驚き呆けてしまう。
背後を見ることもないまま、手首のスナップだけで投げるトリックシュート。真っ直ぐ飛ばすだけでも難しそうだが、一体どうやって後ろへ狙いを定めたと言うのか。
「足音を消してようが視線なり気配なりを見てりゃ、テメエらが何を考えてるかなんて簡単にわかんだよ。注意力の次に必要な力、思考力ってとこだな」
余裕綽々で背を向けた親父は、のんびりと雷神先輩を連行する。
誰がどう見ても隙だらけな筈なのに、俺も一葉も動くことができなかった。
ここは一旦退いて、態勢を立て直すべきか?
「そんでもって、注意力も思考力もねえと鈍るのが判断力だ」
《ピピッ》
「――――?」
《プレイヤー冬野一葉・左手首拘束。D4》
《プレイヤー甲斐空也・左手首拘束。E5》
『ふぇっ? 何でっ?』
一体どこから飛んできたのか、気付けば左手首にキャプチャルが貼りついていた。
慌てて牢屋を確認するが、連行を終えた親父は一歩も動くことなく待機している。
「上だ上。頭上ってのは人間の死角だからな。目の前の敵ばっか意識してっから、エイマーに狙われんだよ。救助を躊躇してる奴なんて恰好の的でしかねえからな」
戦っている相手は親父一人であり、当然ながらエイマーはいない。
つまりは親父が投擲したキャプチャルが上から降ってきたということになるが、いつの間に投げ上げたのか……そして壁の裏にいる俺達を、どう狙ったというのか。
『リリースだよ、お兄ちゃん!』
「OKだ!」
最早、玉砕覚悟で飛び出す他にない。
一葉の声に合わせて物陰から飛び出すが、その瞬間に決着はついた。
「クールにならなきゃ終わりだぜ」
「っ?」
《プレイヤー冬野一葉・両手首確保。E4》
《ビーッ!》
瞬く間に加速した親父は、鮮やかな滑りで俺と一葉を確保する。
あまりの手際の良さに、見惚れてしまう程だった。
《全員の確保が確認されました。この勝負、チーム・チーターのジョージの勝利とします》
「三分……まあこんなもんだろ。一号と二号は緊急時にアクセルする癖を付けとけ。それだけで逃走率は上がるからな。万代のせがれは相変わらずムサシの劣化コピーか。少しは泥棒でもマシな動きができるようにしねえと、警察だけじゃやっていけねえぞ」
試合は終わっているが、あまりにも色々なことが起こり過ぎていて脳が追いつかない。
誰もが呆然としている中、淡々とスライプギアを脱ぎながら親父は語る。
「そんでもってそこの忍者娘。テメエは何でスライパーをやってやがる? データ見る限りトリッカーの方が向いてんじゃねえか……っておい、聞いてんのか?」
「あ、あれは所謂とっておきっす。データにも載ってない、忍ならではの奥の手っす」
「あん? 何を寝惚けたこと言ってやがる? 忍の奥の手だか何だか知らねえが、こっちはデータに載ってるから話してんだろうが」
「またそんなこと言って、騙そうとしても無駄っす」
「あー、わかったわかった。嘘だと思うなら自分の目で勝手に確かめやがれ。そんなくだらねえ理由なら、今日からトリッカーに転向決定だな」
確かに先日のCランク戦前までなら、藤林はスライパーのデータしかなかった。
しかしスキルテストを受けにきた際のライセンス更新時には既にトリッカーとしてのデータも載っており、それについては俺も確認済みだったりする。
まあ試合数をこなせばデータが載るのは当然であり、少々奥の手を使い過ぎだったのかもしれない。全く信じる気配のない藤林を放置して、親父は最後に俺を見た。
「スーパーレベルのスキルで行き詰まってるテメエに足りねえのはバランス感覚だ。大抵そこで躓いてる奴らはワンサイドダッシュを中途半端に身に付けた間抜けだからな」
僅かな試合時間だったにも拘わず、一人一人に言い渡される的確なアドバイス。やがて試合を見ていたチサトさんと裏真、そしてムサシさんが合流する。
「初心者の小娘はチサトが面倒見てやれ」
「はい。裏真さん、宜しくお願い致します」
「こちらこそ、ご指導お願いします」
「一号と二号の相手は万代のせがれだ。仲間を助けるにはどう動けばいいのか勉強させてもらえ。もっともガードとしての腕が錆びついてなければの話だがな」
「任せといてーな。牢屋守るだけなら自信あるで」
「一葉だって負けないよ~」
「宜しくお願いしますの。雷神お兄様」
「忍者娘の相手はムサシだ。たっぷりとしごいてもらうんだな」
「ムサシって、この人っすか?」
「…………」
黙って頷くムサシさんだが、一体どうやって藤林に指導するんだろうか。
残った俺を誰が教えるかは語らないまま、親父は脱ぎ終えたスライプギアを軽く蹴飛ばす。地面を滑った電動インラインスケートは、俺の目の前でゆっくり止まった。
「教えるからには容赦するつもりはねえ。簡単に強くなれりゃ、人間苦労はしねえんだ。まあ俺様にかかれば、一週間ありゃテメエら次第でそれなりにはなるだろうな」
俺は数カ月ぶりに自分のスライプギアを手に取る。
そして違和感に気付いた。
「………………え……?」
「お兄様、どうか致しましたの?」
「いや、これ…………まさかさっきの試合、片足だけでやってたのか?」
「ふぇっ? どゆことっ?」
「ちょ、ちょっと貸してみるっす!」
俺の持っていたスライプギアを手にした藤林は、口を開けたまま硬直する。
左右で明らかに重さが違うスライプギア。
先程まで親父が履いていたそれは、右足のバッテリーが抜かれていた。
「か、片足であの速さって、本気はどんだけ速いっすか……」
「そこの忍者娘。テメエ、俺様の異名を勘違いしてねえか?」
「勘違いって、どういうことっすか?」
「確かに俺様は速度も一級品だが、チーターってのは動物の意味じゃねえんだぜ?」
「ふぇ? 違うの?」
首を傾げつつ尋ねる一葉に、親父はやれやれと溜息を吐く。
チーターのジョージ。
引退してメディアから姿を消した伝説の男は通り名だけが字面として広まり、いつしかその発音はかつて呼ばれていた時のものから変わっていった。
「スライパーだろうがエイマーだろうがコーチだろうが、ラックに関しちゃ何をするにもチート級にレベルが高いから、チーターのジョージってんだよ」
試合前ならいざ知らず、今のプレイを見せられたら疑う余地はない。仲間の誰もが納得する中、親父はキャプチャルでジャグリングしながら大きく欠伸をした。
「ひとまず俺様からは以上だが……リーダーさんよ、テメエの戯言に集まったメンバーだぜ。練習を始める前に、一言くらいビシッと決めてみたらどうだ?」
改めて揃った仲間達の顔を見る。
何を言っていいか思いつかず、手を前に差し出した。
「えっと……俺に力を貸してくれないか?」
いまいち締まらない一言に、仲間達は笑みを浮かべる。
そして呼応するように、一人一人が俺の手に掌を重ね合わせていった。
「まっかせといて~っ!」
「頑張りますの」
「可愛い後輩の頼みやさかい」
「音羽ちゃんのためだね」
「今回だけっすよ?」
全員の手が重なると、円陣が組まれる。
気合いの入った声と共に始まった一日目の練習は、夜になるまで続くのだった。
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