再会
本日は土曜日。ボーイッシュな私服を着ている裏真と共に電車で移動し、目的の駅へと着いた俺達は以前にチサトさんと来た練習場に向かって歩いていた。
電車内では事前にルールブックを読んできた裏真からの質問攻め。相変わらず勤勉な少女に色々なケースを話していると、入口で見慣れた姿を見つける。
「お待ちしておりました」
「おー、空也はん。久し振りやな」
チサトさんと話していたのはツンツン頭に細目の男。会うのは久し振りだが、見るからにちゃらんぽらんな掴み所のない雰囲気は全く変わっていない。
「雷神先輩。来てくれてありがとうございます」
「ええてええて。ほんでそっちが空也はんの恋人っちゅう訳やな」
「え? いや、ボクは……」
「気にしなくていいぞ裏真。雷神先輩も、初対面の相手に冗談言わないでください」
「スマンスマン。恋人やのうて愛人やったか?」
「だから違いますって。普通のクラスメイトです」
この人と話すと脱線ばかりして本題に進まないから困る。裏真も呆れ気味に溜息を吐いているが、今の短い会話から人間性を察したんだろうか。
「ご紹介が遅れました。空也さんのチームのマネージャーの、チサトと申します」
「ほんでもってワイが空也はんの兄貴分、万代雷神や。宜しゅう頼んます」
「初めまして。普通のクラスメイトの裏真千火です」
「立ち話もなんですので、積もる話は中でどうぞ」
受付で関係者用の白いバンドを受け取ると、俺達はチサトさんの後についていく。裏真は今まで来る機会のない場所だっただけに、物珍しそうに辺りを眺めていた。
「しかし空也はんにはホンマ驚かされるわ」
「何がですか?」
「チサトはんと音羽はんに加えて裏真はんやろ? 更にそれだけやのうて、これから会う残りのメンバーも女の子二人なんて完全にハーレムやん」
「いや、残り二人は小学生ですから」
「小学生でもレディーはレディーや。いつかべっぴんさんになるかもしれへんで?」
まあ一葉も双葉も、どちらかと言えば可愛い部類だから充分あり得る話だ。
雷神先輩の話へ適当に相槌を打ちつつ、今日もやってきたのはCホール。その入り口横にあるソファでは、開いた雑誌を頭に乗せ仰向けで寝転がっている男がいた。
「ジョージ。こんな場所で寝ていては風邪を引きますよ?」
「俺様が風邪を引く訳ねえだろ」
「確かにそうですね。空也さん達をお連れしましたので、後は宜しくお願い致します」
そう言うとチサトさんはCホールの中へと入っていく。
一葉と双葉に手本でも見せていたのか、寝転がっている親父の足にはスライプギアが履かれている。しかし妙な既視感に気付いた俺は、見間違いかと目を擦りつつ尋ねた。
「…………なあ、それ俺のスライプギアだよな?」
「知らねえな。俺様はただ家で埃かぶって可哀想だったから履いてやっただけだ」
一葉と双葉と暮らし始める際、実家に置いてきたスライプギア。先日必死に探しても見つからなくて焦っていたが、やはり犯人は予想通りだった。
顔に乗せていた雑誌を持ちあげた親父は、ゴロリと寝返りをうつとこちらを見る。
「誰を連れてきたかと思えば、ポリ公の所の息子じゃねえか」
「まいど。久し振りですジョージはん」
「相変わらず親父そっくりな腹立つ顔してやがんな。そんでもって……と」
身体を起こした親父は裏真を凝視した。
その後でゆっくり立ち上がると、欠伸をしながら首をポキポキと鳴らす。
「おい根性無し。テメエ、何人連れて来やがった?」
「見てわかるだろ? 二人だよ」
「二人ねえ……」
一目見ただけで、裏真を初心者と見抜いたのだろうか。
まるで未経験者は人数にカウントしないとばかりに、親父はいつになく真剣な表情を浮かべながら静かに呟いた。
「…………」
少女は俯き口を閉ざす。
それを黙って見てはいられず、俺は親父に言い返した。
「確かに裏真は初心者だ! 今回の相手じゃ厳しいかもしれないけど、そんなの関係ない! 困っていた俺の力になってくれた、大切な仲間なんだよ!」
「あん? いきなり何をハリキリ一年生してんだテメエは?」
「…………え?」
「俺様が言いたいことはだな、テメエが連れてきたのが二人なら――――」
目の前で発せられた筈の親父の声が、一瞬で横を通り抜けた。
気付けばソファには雑誌が一冊残っているだけ……慌てて背後を振り返る。
「コイツがマスコミの手先かどうかってことだ」
「っ? んーっ! むーっ!」
そこに広がっていたのは巨乳少女の口を塞いで腕を拘束している中年という、誰がどう見ても犯罪者のそれにしか見えないような光景だった。
黒のTシャツに黒の薄地パーカー、黒のマイクロミニスカートと着ているものは黒づくめ。普段見ない私服姿ということもあり最初はわからなかったが、どことなく醸し出していた忍者っぽさから見慣れた知人であると気付く。
「「藤林」さんっ?」
「知り合いか。ったく、チサトの奴もまだまだ甘えな」
「ぶはっ! いきなり何するっすか! どこの誰か知らないっすけど危険人物っすね!」
「あん? 俺様を知らねえだと? 面白ぇ冗談言うじゃねえか」
「冗談じゃないっす! 面白くもないっす! さっさと放せっす!」
「放してほしかったら、まずはテメエが話すんだな。ここは関係者以外立ち入り禁止の筈だが、一体どこから何のために潜り込んで来やがった?」
「輪廻は普通に練習しに来てただけっす! そしたら甲斐空也と裏真千火が怪しい場所に入って行くのを偶然見かけて、忍法鶉隠れで後をつけてきただけっす!」
「忍法だあ? おい根性無し、今すぐチサトに事情伝えて来い」
「さては拷問するつもりっすね? そうはいかないっす! 忍法――――」
「落ち着けって藤林。ちょっと待っててくれ」
「あっ! 待つっす甲斐空也! ちゃんと状況を説明してから行くっす!」
隣で雷神先輩がニヤニヤしていたが、見るからに面倒くさいので目線を逸らす。俺はCホールの中へ入ると、辺りを見回してからスロープを下りた。
そしてチサトさんを見つけると同時に、彼女の隣にいた少女達がこちらに気付く。
「あ~っ! お兄ちゃんっ?」
「おわっ?」
俺を見るやいなや大声を上げた後で、一葉が飛びこむように突っ込んできた。
鳩尾目掛けて頭から突撃してきた一葉を、倒れそうになりながらも何とか受け止める。
「一葉、久し振りだな」
「ぱにゃにゃんぱ~っ! いつ来たのっ?」
「丁度今だよ。双葉も、元気にやってたみたいだな」
「お兄様もお変わりないようで何よりですわ」
「ああ。二人とも、ちょっと待っててくれるか?」
話したいことは色々あるが、まずは藤林の一件を片付けなければならない。俺はチサトさんの元へ向かうと、先程上で起きたことについて伝えた。
「そうですか。その藤林さんという方、それと裏真さんについても詳しく伺って宜しいでしょうか? 空也さんの印象で構いませんので、まずは性格からお願い致します」
「え? あ、はい」
俺は言われた通り二人の性格について話すと、今度は「もしこんな状況だったらどうするタイプか」といった質問を投げかけられる。
あくまで主観で良いと言われ悩みながらも十個ほど答えると、チサトさんはメモを取っていた手帳を閉じるなり笑顔で応えた。
「ありがとうございます。後のことはこちらにお任せください。冬野さん達は丁度休憩に入ったところですし、空也さんも積もる話があるでしょう。ごゆっくりどうぞ」
そう言うなり頭を下げたチサトさんは、足早に上へと戻っていく。俺も付いていくべきか悩んだが、あの人が言うからには大丈夫なんだろう。
「悪い悪い。お待たせ」
「も~っ! 遅いよお兄ちゃん!」
「何かありましたの?」
「ああ。二人にも後で説明するよ。それにしても、一生懸命練習してたんだな」
「うんっ! あのね、一葉ね――――」
「一葉。その前に言っておくことがありますの」
「あっ!」
一葉が何かを思い出したような声を上げた後で、二人は揃って頭を下げる。
「お兄様。ご迷惑をおかけしましたの」
「ラック辞めるなんて言ってごめんなさい。一葉、ラック辞めないよ!」
「二人とも……いや、俺の方こそゴメンな」
「そんなことありませんの。お兄様もわたくし達くらいの頃は下手っぴで、霧雨お姉様と一緒に練習したというお話をチサトお姉様から聞きましたの」
「だから一葉達も沢山練習して、上手になるって決めたんだ~。でね、聞いて聞いて! 一葉ね、後少しでノーマルレベルクリアできるんだよ!」
「わたくしもですわ!」
「それだけじゃないもん。一葉ね、メンテナンスだって――――」
報告が溜まりに溜まっていたのか、二人の話は止まらない。
楽しそうに語る一葉と双葉を眺めていると、俺も自然と笑顔になる。そして感謝の意味を込めて、褒めてとばかりに自慢しあう少女達の頭を優しく撫でた。
「感動の再会は終わったか?」
「ふぇ? おじさん、誰その人達?」
少しして親父達が下に降りてくるが、見慣れない顔を前にした一葉が不思議そうに首を傾げる。しかし最後尾にいた藤林を見るなり、指さしつつ大きな声を上げた。
「あ~っ! 何か見覚えあると思ったらこの前のおっぱい! 敵襲~っ! 敵襲だ~っ! スパイがいるぞ~っ! おっぱいのすっぱいだ~っ!」
「誰がおっぱいっすか!」
「確か……藤林輪廻さんですわ」
「え? そ、そうっすけど、よく覚えてたっすね」
「え~? おっぱいはおっぱいだもん」
「駄目ですよ一葉さん。相手は年上の先輩ですし、これから一緒のチームになる仲間なんですから、メンバーの名前はちゃんと覚えましょう」
「は~い…………ふぇえええっ?」
時間差で叫ぶ一葉だが、チサトさんの発言に誰より驚いたのは俺だった。
思わず藤林を見ると、少女はぷいっと視線を逸らしつつ応える。
「き、協力するのは今回だけっす。輪廻はただBランクに返り咲きたいだけっす」
「え? 返り咲くって、お前もBランクになったんだろ?」
「…………昨日のテストでCに戻されたっす。だからこそ相手がBランクと聞いちゃ黙ってられないっす。あの見る目のないブラック顧問に一泡吹かせてやるっす!」
あれだけ嫌がっていたというのに、チサトさんは一体どう言いくるめたのか。今まで来ていた志願者の口封じといい、その心理掌握術には本当に驚かされる。
状況を理解できない一葉と双葉にチサトさんが説明し、何故か雷神先輩に向けて藤林が忍者談義を始める中、事情を聞いたらしい裏真が俺の元へとやってきた。
「まさか甲斐君のお父さんが、そんなに凄い人だったとは驚きだね」
「あんまりハードル上げると、話す度に幻滅していくと思うぞ?」
「人柄はどうあれ功績は功績さ。音羽ちゃんが言っていた面倒見の良いお兄さんというのも嘘じゃないみたいだし、ロリコンじゃなくて正直安心したよ」
「信じてたのかよっ?」
「何せ女たらしだからね。藤林さんも入ってくれて良かったじゃないか」
「だから違うっての!」
否定しながらもふと気付く。藤林がチームに入ってくれるとなるとメンバーは六人だ。
普通に考えれば初心者である裏真が溢れることになるが、それではせっかく協力を申し出てくれた少女に顔向けができない。
「ボクはナビゲーターをやろうと思うんだ」
「えっ?」
「チサトさんに言われてね。しっかり勉強してチームの力になれるよう努力するよ」
俺が悩むことすら敏腕マネージャーは見抜いており、既に対応済みだったらしい。
ナビゲーターはプレイヤーでこそないが、だからといって簡単な仕事かと言われれば決してそんなことはない。そんな大任を請け負ってくれた少女に改めて礼を告げた。
「裏真……サンキューな」
「こちらこそ、さっきはありがとう」
「さっき? 何かあったか?」
「何でもないさ。こっちの話だよ」
気になる一言ではあるが、何はともあれチームはできた。
その嬉しさに思わず拳を握り締めると、親父が欠伸をしながら口を開く。
「各々話は終わったか? さっさと準備しやがれ」
「準備?」
「俺様がラックに必要なものを教えてやる。試合形式でな」
「試合形式って、ムサシさんを入れても人数が足りないだろ?」
親父は呆れた様子で溜息を吐く。
そしてまるで当たり前とばかりに、突拍子もないことを言うのだった。
「一対五に決まってんだろうが。テメエらなんて、俺様一人で充分だ」
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