両親
(――――また夏になったら、改めて親父と一緒に来るよ)
掌を重ねて目を瞑りながら、俺は母親が眠る墓に報告する。
今日は日曜日。あれからすっかり回復した俺は一葉と双葉を迎えにいく予定だったが、その前に少しばかり寄り道をしていた。
「…………」
甲斐家之墓と書かれた墓前から立ち上がると、後ろにいたチサトさんと交代する。
近場に住む親戚によって手入れされており、綺麗な墓石の周りには雑草一つない。線香の煙が立ち上る中、少しした後でチサトさんは立ち上がり振り返った。
「本当にお線香だけで良いのですか?」
「はい。ありがとうございます。付き合わせちゃってすいません」
「とんでもありません。私も
簡単な墓参りを済ませた後で再び車に乗る。俺の母親は家庭教師をやっていて、チサトさんは中学から高校にかけての教え子だった。
「そういえばチサトさんって、親父とはいつ知り合ったんですか?」
「初めてジョージと会ったのは、高校の合格祝いに食事へ誘われた時でした。その席には空也さんも御一緒されていましたね」
「えっ? えっと……」
「まだ空也さんは保育園通いでしたし『一口フィレステーキ』を『イチロフィレステーキ』と読む程に幼かった頃ですから、覚えていないのは無理もありませんよ」
正直全くと言っていいほど覚えていないが、保育園通いだったにも拘わらず漢字の一だけが読めたのは、恐らく近所に住んでいた先輩の影響だろう。
小1で足し算を習ったばかりの俺に掛け算九九を教えてきたりする物好きな先輩だったが、不登校時における勉強の被害が少なかったのは、あの人のなんちゃって先取り学習のお陰だった気がしないでもない。
「ジョージのことは何度も話には聞いていましたが、第一印象を率直に申しますと変な方でしたね。私とは初対面にも関わらず、随分と慣れ慣れしくされたものです」
「親父らしいですね」
「ただ顔を合わせたのはそれきりで、次に会ったのは九年前……月夜さんの葬儀でした。あの時は初対面と全く違う雰囲気で、しっかりと喪主を務めている姿が印象的でしたね」
その時のことは朧気にではあるが覚えている。
当時小学二年生に進級したばかりの俺は、婆ちゃんの元で延々と泣いていた。いつも仕事で家にいなかった親父は、知らないおじさんと同レベルに等しかったくらいだ。
「そして三度目が無月の結成時でしょうか。月夜さんの連絡先を調べたジョージが、初対面の時同様にマイペースな調子で私の携帯に電話を掛けてきたのが始まりです」
「…………何かすいません」
「いえ。その電話があったからこそ今がある訳ですから。それに既にラックがブームになっていた当時、テレビに出ていたジョージの近況に一応の興味はありましたので」
そして彼女は、チーム無月のナビゲーターになる。
人と人との関係ってのは、どこでどう繋がるか本当にわからないものだ。
「そういえば月夜さんには、何をご報告されたのですか?」
「最近のことと、夢を見たことを……」
「夢……と言いますと?」
俺は寝込んだ時に見た、昔の夢について話した。
母親がいなくなって辛い思いをしていた少年と、そんなことも露知らずテレビ出演していた父親について語ると、チサトさんは信号で止まるなり俺に質問する。
「空也さんは、ジョージがラックを始めた理由を御存知ですか?」
「え? いや、知りませんけど……」
言われてみれば、どうして親父はラックを始めたのか。
今でこそ伝説と呼ばれているが、その理由なんて考えたこともなかった。
「元々ラックは、ジョージが生み出したスポーツなんですよ」
「へっ?」
「スライプギアが世の中に浸透した後で、ただ滑るだけでは勿体ないと思ったジョージはラックの企画を提案し、自分から率先して広報担当に立候補したそうです」
「じゃあ上手いからテレビに出たとかじゃなくて、あれも全部仕事だったんですか?」
「はい。ラックはジョージにとって、もう一人の息子みたいなもの……そして何よりも自分の願いを叶えるために、スライプギアを廃れさせたくなかったのかと思います」
「親父の願い?」
「運動能力の格差を補えるスライプギアで、大人も子供も一緒に楽しめる」
チサトさんがスライプギアのキャッチコピーを口にする。
大人も子供も、家族が共になってできる遊び……ファミリーアミューズメント。
「高校卒業後の結婚に就職……当然ではありますが、先を考えないジョージの行動は月夜さんの両親から猛反対されていたそうです。必死に仕事をしていたのは、少しでも安心させるため……そして何より温かい家庭を築くためだったのでしょう」
「…………」
「だからこそ月夜さんを失ったショックは大きく、更には絶望している空也さんを前にして何もできなかった時は、自分を父親失格と感じたそうです」
「!」
「空也さんの親権についても、何度か論争したと聞いています。それでもジョージは信念を曲げず、スライプギアを使いこなしラックを盛り上げることに全力を尽くしました」
全ては、誇れるような父親になるために。
チサトさんは付け足すように、そう小さく呟いた。
「じゃあ親父の引退って……」
「不登校だった空也さんが学校生活に馴染み、やがて自分のチームを作り、最終的には毎日楽しそうに報告するようになった姿を見て、ジョージが私達メンバーに提案したことです。それなら小学校卒業を機に……と」
全然知らなかった。
チサトさんから聞かされた衝撃の事実に、思わず口が開いたままになる。
「冬野さん達を受け入れたのも、両親がいないことが幼い頃の空也さんと重なったのでしょう。育てることを空也さんに任せたのは自立してもらうためか、もしくは……」
「もしくは……何ですか?」
「いえ。あくまで憶測ですので止めておきましょう。こんなことを話したなんて知られたらまた面倒ですので、くれぐれもジョージには黙っておいてくださいね」
「勿論です。チサトさん、本当にありがとうございます」
「どう致しまして……と、着きましたね」
車の窓から見えたのは、野球場のように大きな施設。俺も何度か足を運んだことのある、この辺りでも有名なラックの練習場だった。
今日は休日ということで賑わっているらしく、駐車場には沢山の車が並んでいる。
「え……? ここに一葉と双葉がいるんですか?」
二人はリフレッシュ中と聞かされていたが、具体的にどんな息抜きをしていたのかは知らず、海や山にでも連れて行って貰ったのかと思っていた。
連れてこられた意外な場所に驚いていると、チサトさんは車を駐めながら答える。
「はい。もっとも普通の練習場ではなく、少し特別な場所ですが」
「特別な場所?」
「恐らくですが、空也さんも初めて行かれる場所ですよ」
何やら含みある言い方をするチサトさんと共に車から降り、建物の中へと入る。
場内はスライパーの練習場やエイマーの練習場、試合用フィールドなど分類ごとに分けられており、入場希望する練習場によってバンドが色分けされる。
しかし受付で貰ったバンドは初めて見る白色。そこには関係者用と書かれていた。
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