4.エミカ・キングモールは根性で押し切る。


 当たって砕けろ、女は度胸だ――!

 というわけで、私はユイに取り次ぎを頼んだ。面会場所はギルド内に隣接された酒場の一席。そわそわ落ち着きなく待ってると、やがて依頼主はやってきた。


「君が、エミカ・キングモールか」


 ふわふわの桃色の髪。純白のマントと、スカートのついた白銀の鎧。その姿はあまりに神々しく、目が眩むほどにキラキラと輝いていた。


「あ……」


 一瞬見蕩れたあと、私の緊張の針は一気に振り切れた。


「は、は! そうでごぜぇます!!」

「すまない、早朝に連絡をもらったのに。かなり待たせてしまっただろ?」

「いえ、めっそうもありません! こちらこそ急にお呼び立てして申しわけございません!!」

「はっは、そんなに畏まらないでくれ。私はコロナ・ファンダイン。コロナで構わない。本日はよろしく頼む」

「はい! こちらこそよろしくお願いします、コロナさん!」


 依頼主は若い女性にもかかわらず、とても紳士的な話し方をする人だった。槍使いのパラディンである彼女の軽い自己紹介のあと面談はすぐにはじまった。


「ファンダインさん、私も同席してよろしいですか?」


 最初の簡単な質問に答えてると、なぜか受付からユイがやってきた。


「……仕事はいいの?(小声)」

「あまりにもあなたがオタオタしてるもんだから、気になって手につかないのよ」


 どうやら見かねたらしい。でも、ここは素直に感謝しておこう。持つべきものは困った時の幼なじみだ。


「ダンジョンの地質調査というのは、具体的にはどのようなお仕事なんでしょうか?」


 なんかさっそく話進めてくれてるし。ありがたや、ありがたや。


「一言でいえば、まあ……簡単な仕事だね。色々な場所の土や岩石を掘ってサンプルを回収。そしてそれを持ち帰って調べる。ダンジョン内だろうが基本的に外の地質調査と変わらないと思ってくれていい。大きな違いがあるとすれば、ダンジョンはからね。必然的に一層一層、それぞれの階層で横穴を掘っていくことになる」


 アリスバレーのダンジョンにかかわらず、世界に点在するすべてのダンジョンの外層は、たとえどんな方法を使ったとしても、破壊はおろか傷をつけることすら不可能だと言われてる。ダンジョンの内外をわける赤黒いブロック壁。それと地下の階層を隔てる地面(天井)は、同様の素材で造られているからだ。

 つまり壁を壊して外に出ることも、穴を掘って階下に飛び降りることも、ダンジョンの内部では不可能というわけ。

 ふふ、毎日穴掘りしてる私からしたら常識も常識。

 ま、横穴掘ってて初めて赤黒い外層にぶち当たった時は、新しい鉱石を発掘したと思いこんでぬか喜びしちゃったけど……。


「依頼において特に必須となるスキルはない。こちらからの条件は〝自分の身を自分で守れるだけの力がある〟っといったところだ」

「「………………」」

「ん?」

「あの、これ……この子の基本能力値です」

「え? ああ……な、なるほど……」


 先ほど念写ソートグラフィーで書き起こされた私の数値。それが記載された用紙をユイから手渡されると、コロナさんは急に口を噤んでしまった。


「………………」


 絶句からの沈黙。この流れはまずい。こうなったら覚悟の上の特攻だ。流れを変えるため、私は蛮勇も承知で自己アピールに打って出た。


「こ、根性はあります!」

「そのようだ……」


 あ、苦笑いされちゃった。

 なんかもうダメかも。


「一応この子、スキルとしては穴掘りが<Lv.7>なんですが、地質調査のお役に立ちませんか?」

「え、<Lv.7>!? あ、穴掘りが!?」


 あれ? なんかめちゃくちゃ驚いてらっしゃる。大きな瞳がぱちくりで、口もあんぐり。

 やっぱ穴掘りの<Lv.7>ってすごいのかな? いや、もしかしたら、の……?


「いや、失礼した……。それはたしかに、通常では立ち入れないダンジョンの奥深くまで調査できそうではあるが……」

「何卒、気力のA判定も評価していただければと思います」

「根性はあります!!」

「それ以外はまったくのゴミステータスですがどうかお願いします」

「はい! 根性しかありま――え、ゴミ?」

「む、むう”ぅ~……」


 あ、コロナさん、ついに頭抱えちゃった。ま、そうだよね。王都の関係機関の依頼に、まさかこんな底辺冒険者が応募してくるとは思わないもんね。冷やかしだと怒って帰らない時点で相当にすぐれた人格の持ち主だよこの人。


「いや、しかし……悪い……。今回は最低でも地下三十階層まで下りて調査する予定だ。おそらく君のレベルでは最悪の場合――いや、かなり高い確率で生きては戻ってこれないだろう。すまない。今回は縁がなかったということで、頼む……」

「「………………」」


 はい、終了。あー、やっぱダメかー。そりゃモンスターの攻撃は根性だけじゃどうにもならないもんね……。


「そうですか。ではしかたありません。エミカ、抜け殻みたいに白んでないで、さっさとファンダインさんにお礼を言いなさい」

「ううっ、ぐすっ……あ、ありがとうごじゃいましたあぁぁっ~~!」

「どうか気を落とさないでくれ……。実は今回の依頼は地域復興という王都政策の一面もかねているんだ。王都の組織が発注した仕事で民間の死者が出てしまうと、まつりごとにも影響を及ぼしかねない。そんなわけで、こちらにも慎重にならざるを得ない部分があってね……。本当にすまない」


 なるほど、王都政策か。いやよくわからないけど、やっぱ偉い人には色々と立場ってもんがあるんだろうね。

 でも、わざわざ謝ってくれるなんてやっぱいい人だなぁ、コロナさん。


「今後の参考のため、最後に一つだけ訊いてもいいか?」

「あ、はい。なんなりと」

「君のようなまだ若い子が、どうして冒険者を? 生活のためならもっと安全な仕事もあると思うが」


 若いって、コロナさんもまだ十分若いんじゃ? まだ10代か、20そこそこに見えるけど。いや、そりゃね、まだ成人すらしてないぺらい私と、豊満なボディーの持ち主の彼女を比べれば、完全に子供と大人の違いがいろいろくっきりはっきりだけども。ええ、はい……。


「えっと、まあ早い話、私もう親いないんですよね。4年前に他界しちゃって」

「それは申しわけないことを訊いた」

「いえいえ、いいんですいいんです。私の中ではもうとっくに整理がついてるし、この街じゃ同じような境遇の子も多いですから」


 母親が亡くなってから二人の妹を養うためダンジョンで魔石クズ集めをしてたこと。最近になってその収入が減ってしまい家賃が払えなくなってしまったこと。私はそれらをコロナさんに説明した。


「そんなわけで困窮しているというわけでして」


 やれやれ、不幸話なんてするもんじゃない。気が重くなるだけだ。マイナスをプラスに変えられるだけの度量が私にあればいいんだけど。

 そんなことを頭の片隅で考えながらに話し終えて、なんとなく伏し目がちだった視線を上げる。と、そこで私は驚愕した。


「う、うぅっ……!!」


 コロナさん、泣いてた。しかも涙ぐむとか、そんなレベルじゃない。

 号泣。ガチ泣きだった。


「え?」

「……」


 確認のため隣を見るも、ユイも私と同じで『何が起こったのかわからーん』といった感じだった。


「あ、あの、コロナさん……?」

「エミカ・キングモール!」

「へ!? あ、はいっ!!」

「き、君は! そんな歳で、ぞんな”苦労をしてぎで……ど、どうしで……ぞんな明る”ぐ……! うっ、うぐっ――!!」

「「………………」」


 うわぁ。私もよく泣くけど、こんなに激しく泣いてる人は初めて見た。てか、最初の紳士的なイメージが崩れちゃってますよ、コロナさん……。

 そのあと子供みたいに号泣する彼女を落ち着かせるのに、しばらく時間がかかった。


「いや、すまない。とんでもなく見苦しいところを見せてしまったね……」

「あ、いえいえ……」


 なんだかその人の裸よりも見てはいけないものを見てしまったようで、ひどく気まずい。


「その、なんといえばいいか……私は人の不幸話にめっぽう弱くてね。他人事だとは思えなくなってしまう性質なんだ」

「ということは、コロナさんも今までものすごい苦労を?」

「……いや、大変恥ずかしい話、私自身は裕福な家系の生まれでね。幼少期から何一つ不自由しない、豊かな暮らしを送ってきた。だが、だからこその反動だったのだろう。物心がつき、平等ではないこの世の中の有り様を直接目にした時、私は自身の無知蒙昧を心の底から恥じた。そして、誓ったんだ。少しでも人々の苦しみを理解できる、存在になろうと。それ以来、困っている人を見ると、まるで自分のことのように感情を重ねてしまってね。それが弱い立場の人ならば尚更に、どうしても放っておけなくなってしまう……。もちろん、それ自体が偽善であることは、私自身も理解しているよ。世界に数多存在する恵まれない人々。そのすべてを救う力でもない限り、これがただの自己満足だってことはね」

「………………」


 うー。なんか急に難しい話になった。でも、単純に考えて、しない親切よりはする親切のほうが百倍はマシじゃないの?

 ま、志が高い人がそれで納得しないのも、なんとなくわかる気はするけど。


「だから、これは私の偽善だ。そう思って割り切ってほしい。前言を撤回しよう。依頼は、やはり君に頼みたい」

「え? あ、はい。それは、もちろんいいですけど――って、ふぇ!? コ、コロナさん! い、いいい今なんて仰いました!?」

「君の身の上を聞いて考えを改めた。エミカ・キングモール、今回の助手の件はぜひ君にお願いしたい」

「っ!?」


 大逆転だった。

 もちろん断る理由などない。


「こ、ここここちらこそお願いしますっ!!」

「しかし、ファンダインさん……先ほどは『高い確率で生きては戻ってこれない』と……」

「その点については私が護衛を雇おう。腕利きが三人もいれば問題はないはずだ」


 そのあと、護衛役についてはユイがコネを使って直接冒険者を仲介してくれた。そしてトントン拍子に話は進み、出発は明日早朝に決定。

 まさに、順風満帆。

 ひゃっほー、この流れは絶対いける! 明日は冒険者人生の新たな幕開けだ!!






 しかし、その時の私はまだ知らなかった。

 ダンジョンの、真の恐ろしさというものを。

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