3.エミカ・キングモールは幼なじみに頼る。


 一週間という短い期間では、どれだけ魔石クズ収集をがんばっても家賃三ヵ月分の金額を稼ぐのは不可能だった。

 なので翌朝、目覚めた私はいつものようにダンジョンには向かわず、別の場所へ向かった。




 ――〝冒険者ギルド・アリスバレー支店〟――




 入口の真上にある立派な看板を見上げて、中に進むと、ずらりと並んだ受付窓口が私を出迎える。早朝のため、まだギルド内は閑散としていた。冒険者という人種は、大概が夜は酒場でどんちゃん騒ぎが基本だ。朝からまじめに働くような輩は少ない。


「あ、いた!」


 左から二番目の受付だった。

 黒髪に、赤い縁のメガネ。その幼なじみの姿を発見した私は、犬のように窓口へと駆けた。


「うわ~ん、ユイー!!」

「お客様、順番に対応しております。列に並んで静かにお待ちください」

「ええっ! 客、私しかいないよ!?」

「はぁ……朝っぱらから何よ? というか、あなたがこんな時間にギルドにくるなんて珍しいわね。穴掘りはどうしたのよ?」

「それが緊急事態なんだ! 報酬の高い仕事紹介して!!」

「報酬の高い仕事って……やだ、借金でもこさえたの? 本当に困ってるなら、少しぐらいは工面してあげられるけど……」

「マジ!? じゃあ五十万マネン貸して!!」

「――ご、五十!?」

「うん、五十万!!」

「……」

「ん? どうしたの、いきなり立ち上がって?」

「お、お……」

「お?」

「お・ま・え・は・ア・ホ・かぁー!!」


 ――ビシーンッ!!


「ぎゃあー!!」


 受付越しから見事な脳天チョップが炸裂した。


「まったく! あなたは朝っぱらからふざけたことを!」

「ふえぇ、痛いぃー!」

「何があったの!? 怒らないから事情を話しなさい!!」

「ふぁ、ふあぁい……」


 生活が厳しく家賃を三ヵ月分滞納してたこと。そして、昨夜大家さんから最後通告を受けたことを私は説明した。


「って、わけなんだけども……ん? ユイ?」

「……」


 ――ビシーンッ!!


「ぎゃあー!!」


 再び強烈な脳天チョップが炸裂。


「うわああぁ~ん、怒らないって言ったから素直に話したのにー!!」

「黙りなさい! というかお金に困っていたのならなんでもっと早い段階で相談しにこなかったのよ!?」

「だ、だってぇ~! 穴掘ることぐらいしか私できないし、妹たちにも余計な心配かけさせたくなかったからぁ! う、ううっー!!」

「はぁ……、もういい。あなたの切迫した状況は理解したわ。でき得る限りだけど、仕事を探すの手伝ってあげる。だからもう泣くのはよしなさいよ」

「うわー! ありがとぉ、ユイ~!!」

「泣いたり笑ったりコロコロと、あなたって本当に器用よね……。それで、仕事について何か要望はある?」


 基本的に希望は三つだった。

 一つ、私にもできる仕事であること。

 一つ、一気に稼げる仕事であること。

 一つ、上記二つの条件を満たした上で、ダンジョン外の仕事ならばなおよし。


「最初の二つも厳しいけど、最後のはもっと厳しいわよ……」

「なんで?」

「あなた、冒険者としての階級は?」

木級ウッドクラスですが、何か?」

「外の仕事ってのは基本、上級冒険者向けの案件でね、大抵高い条件がつくものなのよ。銀級シルバークラス以上とか、金級ゴールドクラス以上とかね。〝最低ランクでもOK〟なんて案件はまずないわ」

「そうなんだ……」


 冒険者は登録後二週間は例外なく、初心者ニュービーとしての期間が設けられ、その後、木級ウッドクラスのランクが付与される。そして、活躍が認められれば、木級ウッドクラス石級ストーンクラス鉛級レッドクラスといった感じに、ランクを上げていくことが可能だ。

 だが悲しいことに、冒険者になってから四年間、ほぼ穴掘りしかしていない私にとってそれは完全に無縁な制度だった。


「外の仕事はあきらめるしかないか……」

「そうね。ねえ、そういえばあなた〝基本能力値〟って最近測った?」

「えっと、三年ぐらい前だっけ? ユイの練習台になったじゃん? あれ以来、測ってないと思う」

「それじゃ測ってみましょうか」


 それも依頼を受ける指針の一つになるというので、私は素直に従った。


「少し、じっとしていて」


 ユイは左手で私の腕をつかむと、生物解析アナライズのスキルを発動させた。同時に、念写ソートグラフィーのスキルを使い、空いている右手で用紙の表面をなぞっていく。スキルを発動してから、ものの数セカードだった。受付の上の小さな紙に私の基本能力値が写し出された。




   腕力 :F(15)

   体力 :F(10)

   魔力 :F( 3)

   気力 :A(97)

   知性 :E(20)

   俊敏性:F(18)

   幸運 :D(49)




「相変わらず、キモ――個性的なステータスね」

「今、キモいって言いかけなかった? 言いかけたよね……?」

「というか、なんであなたこんなに気力が高いの? 以前測った時も高かった記憶はあるけど、A判定なんて……」

「四年間、休まず穴掘りをした成果かな?」

「……そうね、きっとそれね。気力は何か特定の行動を繰り返していると上昇しやすいって聞いたことがあるわ。でも、残念だけど、気力だけ高くてもね。アリスバレーで我慢大会でもあれば優勝でしょうけど」

「そっかぁ……」


 あーあ、どうせなら幸運がA判定なら良かったのに。それなら賭け事で一攫千金も夢じゃなかったはず。あとギャンブラーとか、なんかカッコイイし。


「知ってるとは思うけど、賭博は十六歳未満はご法度よ」

「え? あ、はい……」


 この幼なじみ、たまに人の心を勝手に読んでくるからイヤだ。何? そういうスキルでもあるの?


「邪念が顔に出るのよ。あなたの場合はね」

「……」


 また読まれた。


「しかし、ある程度予想はしていたけど困ったわね。ランクは最低で、能力値は実用的じゃない。これじゃあ依頼をこなす上で二重苦よ」

「『根性ならあります!』で、なんとかならない?」

「ならないわよ……。気の利いたスキルの一つでもあれば、また話は変わるけど」

「んー、スキルも色々習ってはみたんだけどねー。まともに習得できたのは〝投石スロー・ストーン〟とか〝鉱石鑑定アナライズ・オーレ〟ぐらいで……あっ、そういえばこないだスキルチェックしたら穴掘りは<Lv.7>まで伸びてた」

「は? <Lv.7>って、それ本当に……? そこまで穴掘りスキルを高めた人、世界であなたが初めてなんじゃ……?」

「えへへ♪」

「いや、まったく褒めてないから誇らしげな顔しないで頂戴。なんだか、胸が痛いわ……」


 スキルを<Lv.1>にして習得するのも、かなりの根気が必要だ。

 その上、そこからレベルを一つ上げるのにも、才能がなければ莫大な時間と労力をかけることになる。長ければ一年、運が悪ければ三年。たとえ、それ一つに没頭したとしてもだ。


「その労力を少しでも、剣術や魔術に傾けようとは思わなかったわけ?」

「でも、私に穴掘り勧めたのユイじゃん」

「それは……あなたが地下一階だけで稼ぐ方法はないかって、泣きながらに相談してきたからでしょう? こっちだってまさかあそこから四年間も、あなたが穴掘りだけを続けるとは微塵も想像していなかったわよ」

「……ぅー」


 そう言われてしまうと返す言葉もなかったので、小さく唸るしかなかった。ま、どっちにしろ剣術や魔術なんて私には習得できなかっただろうし、どうあがいても未来は変わらなかっただろうけど。


「うーん。しかし、本当に参ったなぁ」


 冒険者ランク・基本能力値・スキル。これで、ものの見事に三重苦だ。なんか私って本当にダメな人間なんだなーって、あらためて思っちゃうよ。


「どうすればいいのかな? もう人生、王子様から求婚を受けることぐらいしか逆転の目が思いつかない」

「その可能性は極めて低いどころかゼロだから、さっさと除外なさい……。ん、王子様? あ、そういえば――!」


 私の言葉に何か引っかかる点があったらしい。ユイは窓口から出てくると、左手の壁側に向かって歩いていった。私も、慌ててその後を追う。やがてたどりついた先は、ギルド掲示板の前だった。


「あった、これだわ」


 貼り出されている、たくさんの走り書きのメモ。ユイはその一枚をつかみ取ると、ぴらりと私の前に差し出した。




『ダンジョンの地質調査において助手を募集中。報酬は能力により応相談。その他不明な点は、王都地質学研究院所属コロナ・ファンダインまで――』




「珍しく王都の関係機関からの依頼だったってのもあって、頭の片隅に残ってたのだけど、これランクや能力の指定条件もないわ」

「……ダンジョンの調?」

「具体的にどういう仕事かまではわからないけど、地質調査って言うなら穴ぐらいは掘るでしょうね」

「おおっ! それって、つまり!?」

「ええ。この依頼なら、あなたでも受けられるかもしれない」

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