第41話 洗脳か人格改造でもされたんじゃないか

 アルデラの友人は、変わっている。

「ミウ」

 期末夜会の会場で、白シャツに黒のベストとズボンに靴といった給仕服に身を包んだアルデラは、超絶不機嫌ごきげんななめそうな気の強いご令嬢といった普段とは正反対の印象を与える、自身の友人の側に近寄って小声で声を掛けた。

 背を壁に、苛立ったように腕を組んで真っ直ぐに立っていると、きつめの顔立ちに見えるメイクと相まって近寄るなオーラが凄い。近づこうとしても若干蔑むような目を向けられて既に何名かはすごすごと引き下がっていた。

「あ、アルデラちゃん」

 近寄ったアルデラにだけ聴こえるくらいの小声で、ミウが泣きそうな声を出す。

 どうやら中身はいつもの友人らしい。一瞬あの先輩達に洗脳か人格改造でもされたんじゃないかと心配したのだが、杞憂きゆうだったようだ。何より。

 となると、恐らくこれは先輩達が教えた夜会での自衛手段初級編なのだろう。

「シェルディナード様は?」

「呼ばれて行っちゃって……」

「あー。ミウを残して行ったって事はご実家のお兄様からの呼び出しかな」

 色々面倒臭い関係らしいし、連れていくとミウが嫌な思いをするのは確定している。置いて行くしかないか、と。アルデラは内心で呟く。

 どうやら黒陽もホールの中心付近で貴族達に取り囲まれて動けないようだし、ここは自分が友人を保護するしかなさそうだ。

「ミウ、一旦下がった方が良い」

「さ、下がりたいんだけど……」

 ぷるぷるとするミウにアルデラは事情を察する。慣れない靴で歩くのが覚束ないらしい。どうりでやけに姿勢良くしてるし、腕を組んでるわけだ。姿勢良い方がバランスは取りやすいし、腕を組むと安定する。

「手。とりあえず会場の外まで案内するよ」

「アルデラちゃん! ありがとう」

 すうっと息を吸い、アルデラは周囲に聴こえるように言う。

「ご気分が悪いのでお戻りになられるのですね。承知致しました。こちらへどうぞ」

 お手を。そう言ってミウの手を引き、会場の外へと連れ出す。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




「ありがとうアルデラちゃん!!」

「あー、はいはい」

 どうにか会場から出て人気のない通路に出た途端、ミウはこらえきれないようにアルデラに抱きついた。

「うわぁぁぁん! お貴族様達こわいぃぃぃぃぃ!」

 何か凄く見られたと怯える友人ミウに、アルデラはその頭をポンポン撫でるようにたたく。

 今までのキリッとしたご令嬢オーラ台無しだな、と思いながら。

「頑張った頑張った」

 若干投げやりな口調にはなっているが、アルデラとしては本当に頑張ったと思っている。

「シェルディナード様の控え室は?」

「えっと、二階」

「じゃ、そこで待機した方が良いよ。送る」

 そのあとで自分がシェルディナードにミウを避難させた事を伝えればミッションコンプリートだ。あまり長くアルデラもバイト中なので抜けていられない。

「ありがとうぅぅ~」

「いいよ。けど、その見た目、すっごい盛ったね」

「お、おかしい?」

「いや。シェルディナード様の隣にいて違和感ゼロ」

 黒陽ノッティエルード怖いわ。そんな感想と共にアルデラがミウを頭から爪先まで眺める。

「サラ先輩、凄い自信満々だったから」

「だろね。で、もうちょい急げる?」

「む、無理。この靴、ちょっと歩くので精いっぱい」

 ノロノロと亀の歩みで移動して、ようやく二階の控え室が見える所までたどり着く。

「ガンバレ、ミウ。あと少し」

「うん」

 やっと靴と緊張から解放される! という風にミウが表情を緩めたその時。

「あの、何でしょう?」

 アルデラが表情を強張らせた。

 控え室のドアの前に、見たことのない年上と思われる男が二人立ったからだ。

「そちらの控え室はこちらのお客様の部屋です。そこに立たれては入れません」

 邪魔だ退け。オブラートに包んでそう言ったアルデラに、男達は一度視線を交わして道を譲るようにドアの前を開けた。

 不気味そうに男達を見つつ、アルデラ達とすれ違おうとするように男達が動き出せば、とりあえず部屋に入ろうと部屋の前に移動する。

「ひゃっ!」

「ちょっと! 何するっ!」

 ミウがドアノブに触れようとした瞬間、すれ違った男達が身をひるがえしミウに手を伸ばした。

 もう一人が声を上げようとしたアルデラを突飛ばし、転移石トラベルノーツを起動させて男達とミウがその場から消え去る。

「なっ、に、あれ!」

 男達が消えた場を睨みつつ、アルデラはすぐさま立ち上がるとホールへと駆けた。

 仕事の基本は『報連相ほうれんそう』である。

 まずシェルディナードに報告するのが先決。

 茶色の瞳を猛禽もうきんのごとくギラつかせながら、アルデラはホールへ駆け込むと、目標であるシェルディナードを見つけ、他の客を突き飛ばす勢いでズカズカと近づく。

「ミウがさらわれた!」

 瞬間、幾つかの殺気が膨れ上がるように生じ、シェルディナードは呟いた。

「ふぅん?」

 その顔は変わらぬ微笑をたたえつつ、赤い瞳の奥にはミウが見たこともないような光が一つ、浮かぶ。

 その瞳と微笑は、魂が凍りそうなほど、美しかった。

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