第二話

 頬の熱が冷たい地面へと逃げていく心地よい感覚。そのうえに、しっかりと安定していることを体幹が教えてくれる。

 海の上では、人体のバランサーである三半規管が麻痺させられてしまい、平衡感覚を失ってしまったことにより――グロッキー状態。

 そして、いま、最悪の状況からの脱出できたいる、葦原あしぶね蛭児ひるこは感謝感激雨霰。

 と、

 言いたいところだが。

 大気中には、まだ、不愉快な潮の臭いが混入していた。

 それに自分の衣服に大量に染み込んだ海水が蒸発し、ベッタリと衣服と肌の隙間なく貼りついていた。

 その微妙に気持ち悪い感触を感じながら。

 やはり、母なる海とは自分は相性が悪い、と、思いながら母なる大地に体を預けて、このまま、ずーっと寝転がっていたいのだが――如何いかんせん身体が痛かった。

 横になっている地面はデコボコの石畳。それが、嫌がらせ? なのではないかと自分の人肉でカバーできない関節ぽい部分を襲ってきていた。

 とりあえず。

 この体勢は身体によくないので、体勢を変えることにした。


「よっこらしょ、っと」


 ジジくさい掛け声とともに、金属が引きずられ擦れる音がした。


「げぇ!」


 口から胃の内容物を吐き出す行為の嘔吐ではなく、驚きの嘔吐。

 両手両足に木のかせがはめられており。その枷には鉄の鎖が強固に取り付けられ、その鉄の鎖の端は壁に深く埋め込まれていた。

 

(海で溺れて、助けられて、殺されかけて、前科者にされるって。異世界、怖いんですけど)


「命、拾いしたな」


 聞いたことのある貫禄の声が。

 声が聞こえてきた方向に、視線を向けると粗悪な石の壁に背中をよりかけながら、こちらを見ている一人の茶髪の美少年がいた。

 その少年も蛭児と同様に、枷がはめられており、壁から伸びる鉄の鎖で結ばれ拘束されていた。


「今日、生きているだけだ」


 聞き覚えのあるハスキーボイス。

 そのハスキーボイスが聞こえてきたほうに顔を地面に擦り合わせるながら向けると。

 自分と茶髪の美少年同様に、両手両足に枷、そして鉄の鎖に繋がれた、金髪の美少年が茶髪の少年の反対側の粗悪な石壁に背中を押し当て、こちらに顔を向けていた。


 蛭児は地面に横顔を押しつけながら、眉間に縦縞模様にしながら。


「ここ、牢屋、ですよね。絶対」


 びくりと身を震わせしまった。

 自分の問いかけに。二人の美少年が図ったように、なんとも言えない苦手な睨みかたに、肉体からだが反応してしまった。


(…………。淡島あわしまちゃん、みたいで恐いんですけど、あの女性のぽい睨みかた。それにしても美少年でも、東と西で大きく雰囲気が違うんですね。火之夜ひのや君も、美少年ですけど。男らしさが感じられる…………一九九センチも身長があれば、さすがに男らしく感じられますね。でも、あの二人からは男装の麗人?)


「――監獄島かんごくとう


 いつのまにやら物思いにふけてしまっていた、蛭児に。茶髪の美少年が睨んだまま答えた。


「ぁー、えーっと、僕の知っている知識が正しければ、です、けど。孤島を丸々、一つ、改造して監獄にしている……」


 二人の美少年に睨まれたまま、まだ、石畳に横顔を押しつけたまま、再度、尋ねると。

 その質問に茶髪の少年でなく金髪の美少年が睨んだまま、首を立てに振り、応えた。


「はぁー。まさか、まさかのアルカトラズからの脱出の主役をするとは、思いませんでした」


 蛭児はごちる。


「その、無様な姿で脱出とは。蛮勇だな」


 茶髪の美少年の皮肉のまじった微笑が声に含まれていた。


「聞こえちゃいました。たしかに、無様ですね、この姿」


 横になっている体勢から蛭児は起きあがろうとした。


 ――ゴン!


「くぅーーーーーうーーーーー」

「お、おい! だ、だいじょうぶか?」

「ぷぅ!」

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神神の微笑。流離譚-蛭児編- 八五三(はちごさん) @futatsume358

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