最終話

気まずい空気が流れる。

記憶の中で私の前で泣きじゃくっていた沙莉が、目の前で制服を着て真剣な眼差しで座っている。

「お茶でいいわよね。」

気まずさに負けて立ち上がった私の背中に向けて、沙莉が呟くように話始めた。


「先生、学校辞めていったんだよあの後。」

「・・・・そう。」

沙莉の言葉に好孝の顔が浮かんだ。

「私の家まで来て、パパと私に向かって土下座して。本当に申し訳ありませんっていってた。あの頃はなんで先生があんなに謝ってるのか分からなかったけど、中学に上がった後にパパから全部話聞いたの。」

「・・・・・」

「先生、今はどうしてるのかも分からない。噂だと塾講師として働いてるとは聞いたけど、もう学校とかでは働けないって。」

「そう・・・」

「・・・会ってないの?」

「ええ。豪く・・・パパと沙莉に会わなくなってから1度も会ってないの。」

「・・・・じゃあ、なんで。」

ぼそっと言った言葉に振り向くと、沙莉は目に涙を貯めて言った。

「なんで、私とパパを置いていったの?」

「沙莉・・・・・」

「パパから話聞いた時、ママの事本当に嫌いだった。勝手に不倫して、私とパパを置いて出ていって。」

「・・・本当に、ごめんなさい。」

「パパ、最後までママの事待ってたのに。」

「え・・・・?」

最後までという言葉に疑問が浮かんだ瞬間、沙莉が涙を零しながらポツリと言った。



「お父さん、事故で死んじゃったんだよ。」


体が凍りつくように固まった。

豪君が、死んだ・・・・?

「・・・そんなの嘘よ。」

「こんな嘘言いに来るわけないじゃん。パパの事裏切って消えたママの所になんか。」

「・・・沙莉。」

「パパ、現場で木材が倒れてきた所にたまたま居てさ。即死だったって。」

「・・・なんで。」

「ママ・・?」

「なんで豪君が死ななくちゃいけないの。私が死ぬべき存在なのに。」

堪えきれない涙が溢れ、床に落ちていく。

沙莉が私の方へ近寄り、話し続ける。

「パパ、ママが出ていった話してる時が1番悲しそうな顔してた。怒るでもなく、いつも寂しそうだったの。」


こんなに豪君に大切にされていたのに。

急に訪れた懐かしい香りに惑わされて。


「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい・・・。」

「ママ・・・・」

「目の前の誘惑に負けて、自分を大切にしてくれている物全部壊して・・・罪だと思って2人から離れたけど、ただ自分がこれ以上傷つきたくない、逃げたいって思っただけ。豪君と結婚して変わったって思ったけれど、何も変わってなかった。」

「パパ言ってた。俺がもっとしっかりしていれば、って。パパ本当にママの事大好きだったんだよ。だから・・・・逃げて欲しくなかった。」

「沙莉・・・・」

沙莉はそのまま、私を抱きしめた。

ふんわりと甘い、柔軟剤の香りが鼻を掠める。


「あの時のママは私の中で大好きな優しいママだった。だから、本当に寂しかった。パパと同じように、悲しかったの。」

「ごめんね、沙莉。本当に、私・・・。」

「だから、聞いて欲しいの。」


「ママ、私と一緒に生きてほしい。」


沙莉の真剣な眼差しが、記憶の中の豪君の眼差しに重なる。


「おばあちゃん達には反対されたけど、私はママと一緒に暮らしたい。パパが大好きだったママを、私も好きになりたい。」

「沙莉・・・・」

「これが私がママに償ってもらう罪。私と一緒に暮らして、パパの分も幸せにしてもらう事。」

「本当に今更遅いけれど・・・・一生かけて償わせて下さい。」

「ママ・・・・!」

豪君と同じような笑みを浮かべ抱きしめた沙莉を、今度こそ離れないと抱きしめ返した。


線香に火を付け、祭壇に供え手を合わせる。

「豪君の分も一緒に沙莉を見守っていくわ。本当に、これからの一生は沙莉に尽くして生きていく。」

「ママー!そろそろ出る時間でしょー?」

「ごめんね!今行くわ!」

立ち上がり沙莉の元に向かおうとした時、どこからが風が舞い込んできた。

「豪君・・・?」

微かに懐かしい男臭い香りがした様な気がしたけれど、遺影の中の豪君は変わらず、優しい笑みを浮かべているだけだった。



―終―












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香水のかほり (続) 舞季 @iruma0703

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