第14話

母親が私の手を握って、歩いている。

「・・・ママ、なんでないてるの?」

母親はしゃがみこみ、私に目線を合わせ抱きしめた。

「自分が嫌になるの。お父さんに土下座されて謝られた時心が揺らいだことを。」

「ママ・・・・」

「恋はね、好きになった方が負けなのよ。どんなに裏切られても、甘くされると許してしまうの。杏子はそんな人に出会っちゃダメよ。」

母親は泣きながらも少し微笑んでいた。

その顔が急に真顔になり、私に呟いた。


「杏子はお父さんの血を継いでるから。」

「!」


目を冷ますと、病室は真っ暗になっていた。

「・・・ここは。」

ボソッと呟くと誰かが自分の手を握っている事に気付いた。

目線を握られている方に向ける。

「・・・豪、くん?」

「杏子・・・・具合、大丈夫か。」

「・・・私のお腹。」


「・・・赤ちゃん、ダメだったらしい。」

「!」

「杏子が気を失った後、急に出血が酷くなってな。緊急オペになって。

・・・・すまん。杏子を助けるためには、どうしても救えなかった。」

豪くんはそう言うと悲しそうに俯いた。


「・・・・なんで、なんでそんな悲しそうなの?」

「え?」

「浮気した相手との子なのに、なんでそんな悲しいと思えるの?」

「杏子・・・・。」

「私、あれだけ好孝の事はもう忘れた、過去の事だってちゃんと言ってたのに。

豪くんの事裏切ってこんな事になって・・・・なのに、なんでそんな悲しい顔出来るの?私だって好孝と同じ位なぐられたっておかしくない事したのに」

「杏子!」


ぼろぼろと零れる私の汚い言葉を、豪くんが叱りつけるような口調で制した。

「・・・・そりゃあ、ムカついたし許せないよ。杏子最近俺に会うと、怯えているような顔してたの、分かっていたし。」

「豪くん・・・・」

「正直、もう厳しいと思う。」

「・・・・」

「でも杏子があいつと関係を持っていたこと、そのせいで俺が杏子と別れて離れ離れになった、まだ小学生になったばかりの沙莉が全部知ったらどう思う?」

「!」


思い出した。

頭を擦り付けて土下座する父親を黙って見つめていた母親は、泣きながら声をふるわせて呟いた。

「せめて、杏子には良いパパでいて欲しかった。ただそれだけなのに・・・。」

母親は最後まで私の心配をしていた。

自分が1番傷ついているというのに。

その姿を私も見てきたというのに。


「自分を大切にしてくれて、沢山の愛情をくれる。沙莉にとって杏子はまだ良いお母さんだ。俺は沙莉からその杏子を奪いたくない。」

「豪くん、でも私」

「しっかりあいつとケリつけて、ここは引っ越す。もちろん杏子には一生この事は償ってもらうつもりだ。沙莉を責任持って成人するまで育てるんだ。」

「・・・・・・」

「甘いのも分かってる。世間はこんな俺を腑抜けた奴だと思うだろう。でも・・・・」


苦笑いしながら豪くんはまた呟いた。

「好きになった方の負けだからな。」


その姿があの頃の母親と重なった。

「・・・・なさい。」

「え?」

「こんな、最低な、クズでごめんなさい・・・。」

「杏子・・・・」

私は流す資格のない涙を零しながら、ベッドの布団に頭を擦り付けた。









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