第11話

「お前、最近大丈夫か?」

昼休憩時、同期に不意に聞かれた。

「別に変わりないけど。」

「そうならいいけど。何か思い詰めてる顔してんなと思ったから。」

「・・・・よく見てるな。お前は。」

「いや、毎週土曜日も仕事に来てるって聞いたからさ。あんま根詰めるなよ。可愛いお嫁さんと娘寂しませちゃ勿体ないぜ。」

「可愛い嫁、か・・・・。」


杏子とあまり顔を合わせなくなって、数ヶ月。

大きい仕事を任され遅くに帰り、隔週だった土曜日が毎週出勤になった。

杏子に寂しい思いをさせている。そう思ってはいたが、最近は少し変わった。


杏子は俺と会うと泣きそうな顔になる。

寂しさと言うより、罪悪感が漂うような。

「豪?どうした?」

「いいや、大丈夫。今日は早く帰るとするよ。」

大丈夫な訳ないのは、自分が1番分かっている癖に。


時計を見ると、もう夕方をとっくに過ぎていた。

そろそろ沙莉のレッスンのお迎えも落ち着いた所だろう。今日くらいは何かご馳走を買って帰ってみようか。

そう思いながら帰り支度を済ませ、席を立った。


「杏子に連絡しなくちゃな。」

そう呟きながら携帯を開いた時。

「豪さん、ですよね?」

会社の入口を出ようとした時、後ろから不意に声をかけられた。

ふりむくと、そこには1人の女性が立っていた。

「・・・・そうですけど。」

不思議そうに答えると、その人は申し訳なさそうにしながら近づいてきた。



「急に声をかけてしまってすみません。私、杏子さんの知り合いの美加と申します。たまたま仕事の用事で近くを通った時、豪さんをお見かけしまして・・・どうしても伝えたい事があって声をかけました。」

「俺に?」

「はい。単刀直入に聞きますけど。

杏子、元彼と関係持ってるの知ってます?」


それは、自分の中で目を背けていた事。

疑いながらも仕事に目を無理矢理むけて気付かない様にしていた事だった。


「・・・・あなたには関係ない事ですので。」

「このままでいいんですか?奥さん奪われたままで。」

「もう俺にも分からないんです。杏子があいつの方が良いって言うなら、俺は・・・。」

「そんな・・・・」

「わざわざ報告して頂いてありがとうございました。」

唖然としている美加を残して、俺は会社を出た。


外は夏に近付いてると言うのに、少し肌寒いような気がした。

「杏子・・・・」

そう呟いた時、電話が鳴った。

画面を見ると杏子の番号からだった。

躊躇いながらも耳に携帯を寄せる。

「もしもし。」

”・・・パパ?”

「・・・沙莉?どうしたママの電話から電話するなんて珍しい」

「ママが!ママが!!」

沙莉が我慢できないように電話先で泣き始めた。

「沙莉!?どうしたんだ?

落ち着いて、パパに教えてくれ。」

「ママがね、私のお迎えに来たら、急に、倒れちゃったの!!」

冷たい風が、電話口で泣く沙莉の声をかき消すように強く吹いた。










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