呉越沈舟

吟野慶隆

呉越沈舟

   呉越同舟


 仲の悪い者同士が同じ場所や境遇にいること。また、仲の悪い者同士が一緒に行動すること。さらに、仲の悪い者同士が反目しながらも、当面の難局を切り抜けるために協力し合うこと。

 中国春秋時代、呉と越の両国は宿敵同士でしばしば戦を行っていた。しかし、もし呉の人と越の人が同じ舟に乗り合わせたとしたら、嵐にあったときは互いに協力して助け合うだろう、と孫子がたとえた。


   学研 四字熟語辞典 より引用




 宇宙バスの中扉をくぐり、乗降口にあるステップを上がったコシカワ・エツオは、思わず「げっ」という声を出した。ウー国人らしい男二人に遭遇したためだ。

 バスの、中扉より前方には、左右の壁に沿うようにして、横長の座席が設置されている。それのうち右にある座席の、運転席に近いほうの端に、男たちが腰かけている。彼らの着ているトップスが、ウー国内でのみ経済活動を行っているブランドの物だったのだ。

 二人は、エツオの声が聞こえたようで、くる、と、視線を向けてきた。その顔は、一瞬、驚愕を露にし、それからみるみるうちに、嫌悪に染まった。

 それは、エツオがユエ国人らしい、とわかったからだろう。彼の穿いているボトムスは、ユエ国内でのみ経済活動を行っているブランドの物だった。

「おい、どうした……」

 エツオの後に続き、中扉をくぐったトラヴ・オーヴァーは、ステップを上がりかけたところで、台詞を打ち切った。もちろん、ウー国人たちに気づいたためだ。むっ、と、露骨に顔を歪めた。

 彼も、ユエ国人だった。穿いているボトムスも、エツオと同じブランドの物だ。

「いや、すまん……何でもない」

 エツオは、ぷい、と、ウー国人たちから視線を逸らした。ステップを上がってすぐの所を、右折する。

 バスの、中扉より後方には、真ん中に通路があり、それの左右に、二人掛けの座席が、船の進行と同じ方向を向いて、複数列、設置されている。最後列にある座席だけは、五人掛けとなっていた。

 エツオは、それらのうち、最前列の右側にある座席の奥に、すとっ、と腰を下ろした。後ろから、トラヴもやってきて、彼の左隣に、どかっ、と、かけた。

「ついてねえよなあ。ウー国人と同じ宇宙バスに乗り合わせるだなんて」トラヴは、エツオに顔を寄せると、ひそひそ、と言った。「あいつらと一緒だなんて、吐き気を催すよ。ああ、防犯カメラさえなけりゃ、やつらを蹴り飛ばして、外に放り出してやるのになあ……」

「気持ちはわかるが、落ち着けよ……おれだって、嫌だよ」エツオも、彼に顔を近づけると、ごにょごにょ、と喋った。「シンハタ高速宇宙港ステーションにある、宇宙バスターミナルに到着するまでの、小一時間の辛抱だ」

「長いなあ……」トラヴは、はあ、と溜め息を吐いた。「なんで、この学校──スワエソ宇宙船舶専門学校ステーションは、シンハタ・ステーションから、もっと近い場所にないのかねえ」

「仕方ないさ」エツオは彼を慰めるような調子の声で言った。「ここと、シンハタ・ステーションの間には、エンバメ宇宙域がある。ほら、たくさんの流星物質が漂っていることで、有名なエリアだ。最近じゃ、人気が少ないことに便乗して、宇宙ゴミを勝手に投棄する不届者が続出している、とも聞くな。

 あんな所に、ステーションなんて造れない。いろんな物がぶつかりまくって、すぐにぼろぼろになっちまう」

「じゃあ、せめて、宇宙バスをさ、無人船じゃなくて、有人船にしてほしいよなあ。有人船のほうが、スピードが出るじゃないか」

「いやあ、それも無理だろ。さっきも言ったけれど、ここからシンハタ・ステーションまで行くには、エンバメ宇宙域を航行しなければならないじゃないか。あんな、障害物がたくさん漂っている所を、手動操縦で進むとなると、高度な技術が要るし、技術があったところで、やるのは、とても大変だぞ。けっきょく、コンピューターシステムで制御されている無人船のほうが、安全に進める、ってことになる」

「そうか、そうだよな……それにしても、本当、今日はついてねえよ」トラヴは、ゆるゆる、と、小さく首を左右に振った。「さっき受けた、宇宙船舶法の講義でも、そうだった。講師の問いに、上手く答えられなくて、恥をかいちまった」

「切り替えていけよ」エツオは彼の右肩を、ぽんぽん、と、軽く叩いた。「自信を取り戻せ、自信を……そうだ、お前、宇宙船の運転は、とても上手いじゃないか。まあ、もちろん筆記も重要だけど、おれたち、宇宙船舶操縦士の候補生としては、実技がメインなんだからさ」

「そうだけど……ほら、おれが講師の問いに答えた時、同じ教室にいた、ウー国人の生徒たちが、くすくす、笑ってただろ」トラヴは怒りを露にした。声が少しばかり大きくなった。「あれには、本当、腹が立った。まったく、学校のほうもさ、ユエ国人とウー国人の教室を分けるとか、そういう配慮をしてほしいよなあ……有名だろ、ユエ国とウー国の不仲は」

「まあ、それに関しては、同意見だな」

「ああ、もう、早く家に着きてえなあ……」トラヴは、ふああ、と、小さく欠伸をした。

 その後も、エツオたちは、雑談を交わした。そのうちに、バスは発進した。スワエソ・ステーションを離れ、宇宙空間を航行し始めた。

 エツオは、トラヴと語らっている間も、なんとなく、ウー国人たちのほうが気になった。ときおり、ちらり、と、顔は静止させたまま、眼球だけを操って、そちらに視線を遣ったり、耳朶を膨らませるような気分で、そちらの話し声に集中したりした。その結果、二人は「ゴッティ」「クレノフ」という名前である、とわかった。

「──っていうことが、昨日、あってさ。その時に、右肩を、テーブルの角にぶつけてしまって……」エツオはわずかに顔を顰めた。「今でも、動かしたり、触ったりした時に、ひどく痛──」

 次の瞬間、台詞を遮って、電子的なメロディが鳴った。彼が、携帯通信機に、メッセージを受け取った時の通知音として設定しているものだ。ユエ国で活動しているミュージシャンが創作した曲の一部であり、国外でもそれなりに流行している。

 エツオは、ボトムスのポケットから通信機を取り出すと、メッセージの内容を確認した。名前も知らないような会社からの、どうでもいいスパムメッセージだった。

 通信機を、元の場所にしまう。トラヴとの雑談を再開しようとして、口を開けた。

「おいおい……聞こえたかよ、今のメロディ?」

 そんな声が、右方から聞こえてきた。そちらに視線を向ける。

 喋ったのは、ゴッティだった。エツオたちに目を遣ることなく、クレノフと顔を合わせたまま、話をしている。

「だっさいよなあ。耳にしただけで、げんなりする。気恥ずかしさすら覚えるぜ」彼は、くすくす、と嗤った。

「だよなあ。ウー国じゃ、探しても見つからないぜ、あんな曲。ま、ユエ国にはお似合いだな」クレノフも、いひいひ、と嗤った。

 明らかに、エツオたちに聞こえるように意識した声量だった。エツオは、むっ、として顔を顰めた。

 しかし、いくらなんでも、この程度の諍いで暴力を振るうわけにはいかない。喧嘩に勝とうが負けようが、面倒事になるのは明白だ。だいいち、彼らが丸腰であるという確証はない。何かしらの武器を所持している可能性は、低くはない。実際、トラヴも、護身用に、特殊警棒を携帯している。

 とはいえ、黙っているのも癪である。それに、最初に罵倒してきたのは、ゴッティたちのほうなのだ。同じ方法でやり返すくらい、いいだろう。

「なあ、知ってるか?」エツオは、顔を再びトラヴのほうに向けると、そう言った。もちろん、ゴッティたちの耳に届くような声量で、だ。「さっき、おれの携帯通信機から鳴った音楽、ウー国じゃ、ぜんぜん受け入れられていないんだぜ。ユエ国じゃ、ベストセラーで、国外でも人気があるっていうのによ」くくく、と嗤った。「本当、ウー国は、流行に後れてるよなあ」

「まったくだ」トラヴは、ふふふ、と嗤った。こちらの意図を理解した声量だった。「やつらには、あのメロディのよさがわかんねえんだよ。感性に黴が生えているんだ」

 エツオは、顔や目は動かさず、視界の端で、ゴッティたちの様子を確認した。機嫌を悪くしていることが、見て取れた。

 その後、エツオは、トラヴとの他愛もない雑談を再開した。さきほどは、あくまで、売られた喧嘩を買っただけで、こちらから仕掛けるつもりは、大してなかった。その気持ちは、トラヴのほうも同じであるようで、二人は、どうでもいい話を続けた。

 それからほどなくして、ゴッティたちのほうも、駄弁り始めた。エツオは、しばらくの間、わずかな緊張を感じていたが、さいわいにも、先刻のように、聞こえよがしに嫌味を言ってくるようなことはなかった。彼らの心の内は定かではないが、まあ、積極的に喧嘩を売る気ではない、ということだろう。

 トラブルが発生したのは、シンハタ・ステーションまでの所要時間が、残り四十分ほどになった頃のことだった。突然、どごおおん、という音が轟いて、船全体が、ごごごごご、と、激しく震動し始めたのだ。

「なっ、何、いてっ」エツオは座席から放り出され、目の前にある仕切りに、どどっ、と体をぶつけた。「何だ、何だっ」

 震動は、数秒で収まった。エツオは、ぐるり、と船内を見回した。

 他の三人も、座席から放り出されており、床にしゃがみ込んだり、座り込んだりしていた。客席の一番後ろにある壁が、腫瘍のごとく、大きく膨らんでいる。それにより、最後部にある五人掛けの座席や、それの一つ手前、通路の左右にある二人掛けの座席が、押し退けられたり、転倒したりしていた。

 たしか、あの、膨らんでいる壁の向こう側の空間には、船の航行を制御するコンピューターが設置されているはずだ──そこまで考えたところで、びーっ、びーっ、という音が鳴り響いていることに気づいた。船体に異状が発生していることを知らせるブザーだ。

 エツオは、ばっ、と立ち上がると、だだだ、と、客席の前部へと駆けた。この宇宙バスは無人船だが、必要に迫られた場合、人間の手でも操縦できるよう、運転席が置かれている。そこで、異状の詳細を確認できるはずだった。

 十数秒で、彼は目的地に着いた。船の前面いっぱいに広がっているフロントウインドウの手前、進行方向に対して左側には、乗降口および前扉が設けられている。そして、右側に、運転席があった。操縦士が腰かけるためのシートが据えられており、それのすぐ前に位置するパネルには、操縦桿やディスプレイが付いている。

 エツオは、ディスプレイに視線を遣った。右手を伸ばして触れると、タップしたりスワイプしたりして、操作する。ブザーをオフにしてから、情報を収集し始めた。

「何だ、何だ」

「どうしたんだ」

「いったい、何が起きたんだ」

 そんなことを言いながら、他の三人がやってきた。うち二人はウー国人だが、さすがにこの状況下では、追い払う気にはなれなかった。

 エツオは、ディスプレイを操作し続け、ある程度の状況を把握してから、喋り始めた。「巨大な宇宙ゴミが、この船に衝突したらしい。航行は、コンピューターシステムにより制御されているが……避けきれなかったようだな」

「何だって!」トラヴは目を丸くした。「それで……大丈夫なのか、この宇宙バスは?」

「さいわいにも、自動修理システムがちゃんと機能したおかげで、損傷を受けた箇所は、ほとんどが、すでに直っている。もっとも、かろうじて正常に動作する程度に、だがね。けれど、一つだけ、問題が残っている」エツオは、視線をディスプレイから離すと、トラヴの顔に遣った。「自動操縦システムが、無効化されてしまっている。再設定しようとしたが、コンピューター上に、除去しきれなかった障害が存在しているとかで、できなかった。今後、この船は、手動で操縦するしかない」

「そうか……なら、まだ、そんなに悲観する事態じゃないな!」クレノフが、皆を、いや、己を元気づけようとしているのか、不自然なまでに明るい声で言った。「おれたちは、全員、宇宙船舶操縦士の候補生だ。実技の授業も、ひととおり受けている。この宇宙バスくらいなら、運転できるだろう」

「そのとおり」エツオは、こく、と頷いた。「だが、ここは、エンバメ宇宙域だ。いくらなんでも、この中を、手動操縦で、シンハタ・ステーションに向かって航行するのは、難しい」

「なら、どうするんだよ?」ゴッティが、いらいらしているような調子の声で言った。

「とにかく、一刻も早く、エンバメ宇宙域を脱出することが先決だろう。

 宇宙域は、細長い長球形をしている。ディスプレイによると、船は今、その中心あたりに位置していて、シンハタ・ステーションは、長軸の片方の頂点付近に位置している。

 よって、現在地点から、短軸と平行に進めば、シンハタ・ステーションに向かうよりも早く、この宇宙域を脱出できる」

「なるほど」トラヴは頷いた。「たしか、エンバメ宇宙域の近くには、ユエ国系のスペースコロニー、ローロカ・ステーションがあったはずだ。そこへ行こう」

「そうだな……」エツオは、しばし黙考した。「それがいいだろう」

 彼は、うんうん、と頷いた。運転席に腰掛けようとする。

「待て待て待て待て!」

 ゴッティが、そう言いながら、右手を前へ突き出してきた。エツオは、運転席の前に立とうとするのを中断して、彼に視線を向けた。「どうした?」

「勝手に決めるんじゃねえよ」ゴッティは不満げな表情をしていた。「エンバメ宇宙域の近くには、ウー国系のスペースコロニー、ソーモガラ・ステーションもあるぞ。ローロカ・ステーションじゃなくて、そこへ向かおうじゃないか」

「そうだった、そうだったな」クレノフは、うんうん、と頷いた。「それがいい」

 エツオは眉を顰めた。「なぜだ? なぜ、ローロカ・ステーションじゃなくて、ソーモガラ・ステーションに行かなくちゃならないんだ?」

「そんなの、決まっているじゃないか」ゴッティは、はん、と、エツオを馬鹿にしたように嗤った。「この事故は、大なり小なり、マスコミに報道されるだろう。その時、宇宙バスが不時着したのが、ソーモガラ・ステーションなら、ウー国の手柄になるからだ。ウー国人である宇宙船舶操縦士の候補生が、ピンチに陥りながらも、見事、宇宙バスを手動で操縦して、エンバメ宇宙域を抜け、ステーションに辿り着いた、って感じでね。もちろん、実際の運転も、おれが行うつもりだよ」

「ふざけたことを……」トラヴは呆れ返ったような表情になった。「手柄に拘っている場合じゃないだろう」

「そうだ。手柄に拘っている場合じゃない」ゴッティは、にやり、と嗤った。「じゃあ、なおのこと、目的地は、おれの言うとおり、ソーモガラ・ステーションでいいな? だって、あんたらにとっては、行き先が、ローロカ・ステーションだろうがソーモガラ・ステーションだろうが、どっちでもいいんだろう? 手柄に拘らないんだからな」

「おい、待てよ」エツオは抗議の調子を孕んだ声を上げた。「そういうことなら、おれだって、ローロカ・ステーションへ向かいたいぞ。いや、別に、手柄を得たいわけじゃないが……ウー国の功績になってしまうのは、なんとなく嫌だ」

 その後も四人は、ローロカ・ステーションとソーモガラ・ステーションのどちらへ行くべきか、言い争った。しかし、なかなか決まらなかった。どちらの場合でも、エンバメ宇宙域内を移動する距離や、宇宙域を抜けてからステーションまでの距離は、ほとんど変わらないからだ。二つのステーションは、宇宙域を挟んで真反対に位置するため、結論は先送りにして、とりあえず宇宙域からの脱出を優先する、というようなこともできない。

 そうだ、もう一度、コンピューターシステムを調べてみよう。もしかしたら、どちらのステーションに向かうべきか、について、判断材料となるような情報が、新たに見つかるかもしれない。そう思い、エツオは、運転席にあるディスプレイめがけて、右手を伸ばした。

「おい! なに、勝手に操縦しようとしてるんだ!」

 そんなゴッティのがなり声が聞こえてきた。いや、ディスプレイを触るだけだ。エツオが、そう返事をする前に、後ろから伸びてきた手が、右肩を、ぎゅうっ、と握った。

 掴まれた部位を、激痛が襲った。

「ぐあっ!」

 エツオは本能的に、ゴッティの手を払おうとした。右腕を、ぶん、と、大きく後ろに回した。

 べちん、という音がした。手の甲が、ゴッティの顔、鼻のあたりにぶつかったのだ。

「うおっ!」ゴッティは、よろよろ、と後ずさった。

「てめえ、何すんだ!」そう叫んだクレノフが、エツオの背中、トップスを掴むと、ぐい、と、左斜め後ろへ引っ張った。

「のわっ!」

 右肩の痛みに呻いている最中であるせいで、踏ん張れなかった。エツオは、左斜め後ろへと吹っ飛んだ。

 まず、下半身が、壁際に設けられている座席に、どしん、とぶつかった。次に、上半身が、壁に付いている窓に、があん、と衝突した。

 それと同時に、ばきっ、という音が鳴った。さらには、右肩を掴まれた時よりもはるかに大きな痛みを、左手首に感じた。

「ぬあ?!」

 エツオは、壁に右手を突き、体を起こして床に立つと、左手首に視線を遣った。その部位は、開放骨折していた。肌の破れ目から、骨の尖端が外へと飛び出しており、血が、だらだらだら、と流れていた。

「この野郎、ふざけやがって!」

 そんな、トラヴの怒鳴り声が、右方から聞こえてきた。エツオが、そちらに視線を遣るのと、トラヴが、振り上げた特殊警棒を、クレノフの頭めがけて振り下ろすのとは、ほとんど同時だった。

 どごっ、という音がした。クレノフの頭は、凹んだピンポン玉のごとく、大きく窪んだ。少量ながら、血が辺りに飛び散り、トラヴの顔や近くの壁、窓、座席にかかった。

 クレノフは、ばったり、と床に倒れ、そのまま、ぴくりとも動かなくなった。

「ふざけてるのは、お前のほうだろ!」

 そんな、ゴッティの喚き声が、左方から聞こえてきた。そちらに視線を遣る前に、ぴしゅん、という音が鳴った。同時に、トラヴの左蟀谷に風穴が開き、そこから、血が、ぶしゅううう、と噴き出し始めた。

 エツオは、ゴッティのほうを見た。彼は、右手に光線拳銃を握っており、銃口をトラヴに向けていた。

 トラヴは、まず、どん、とその場に膝をつき、次に、がく、と上半身を折り曲げ、最後に、がん、と床に額をぶつけた。手から離れて落ちた特殊警棒が、床に当たり、からんからん、という音を立てた。彼の左蟀谷からは、血が、どばどばどば、と流れ出続けており、辺りに広がっていっていた。

「殺してやるうっ!」

 そう咆哮しながら、エツオはゴッティに飛びかかった。結果、銃口がエツオに向けられる前に、ゴッティの手を、がん、と殴りつけ、光線拳銃を落とさせることに成功した。

 エツオは、まず、床に落ちた光線拳銃を、適当な方向めがけて、げし、と遠くへ蹴り飛ばした。次に、右手の拳で、ゴッティの腹を、どむっ、と殴った。相手も、右手の拳で、エツオの鳩尾を、どごっ、と殴り返してきた。

 その後、二人は、お互いに暴力を振るい合った。殴ったり、蹴ったり、叩いたり、突いたりした。

 しばらくした後、唐突に、びびーっびびーっ、というようなブザーが、船内じゅうに鳴り響き始めた。エツオたちは、驚いて、喧嘩を中断すると、フロントウインドウに視線を遣った。

 宇宙バスの倍ほどはある、巨大な流星物質が、船の数メートル前方に迫ってきていた。

 次の瞬間、宇宙バスは、その流星物質にぶつかり、急停止した。フロントウインドウのガラスが、がちゃあん、と割れ、船内の空気が、ひゅごおお、と、外へ吸い出され始めた。

 慣性の法則に従い、二人の体は、前方へと吹っ飛んでいった。初めに、ゴッティが、宇宙バスのボディと流星物質の隙間をすり抜け、宇宙空間へと飛び出していったのが見えた。その後、一秒と経たないうちに、エツオは、流星物質の表面に頭から衝突し、ごき、と首の骨を折った。


   〈了〉

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