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「くそっ! ムカつくなー! あのヤロー!」


 バンッ! と拳でテーブルを叩いた。

「っざけんなよ! ってんだ! ぜってー痛い目、見せてやる!」

「荒れてんな、スガちゃん」


 空のグラスを叩き壊されないうちに避難させようと、セッセと片付けながら、ウェイターが声をかけた。

 ちょっとした喧嘩や小競り合いはしょっちゅうだし、備品を壊されたくらいでは動じることがないマスターだが、今このテーブルを陣取っているのは、自分の『顔』でこの店に出入りするようになった奴らだ。

 備品を壊された暁には、自動的に自分の給料から天引きされる羽目になるに違いない……経験的に分かっている。

 余計な出費は避けたい、と言うのは、ごく当たり前の心理であろう。


「どうもこうもないっすよ! 優等生ぶって、何かっちゃあ正義ヅラして……」

 オールバックの髪が乱れるのも厭わず、スガは頭をかきむしった。

「バックに族がついてるとか、極道の跡取りだとか、イロイロ噂はあったんすけどね。確かに迫力あって、目ぇ合わせただけで、ビビッちまうんで」

 息巻くスガに気圧されるように、もう一人が言い訳めいた説明を加える。

「そんなのガセだっていうじゃねーか!」

「いや、でも俺、中坊んとき、アイツ見たんだ。サッカー部の試合で」

「シマちゃん、あの頃は真面目にサッカーやってたからな」

「オカダさんだって」

「……昔の話だ」


 オカダ、と呼ばれたウェイターが、苦笑する。


「で、何を見たんだって?」

「試合中に、相手の選手がケガしたっす」

「そんなの、普通にあるじゃねえか」

 スガが横やりを入れる。

「フツーのケガじゃねぇ。サッカーボールが弾け飛んで、相手の選手は切り傷まみれだ。傷自体は皮膚を薄く掠める程度で、でも、数が半端じゃなくて。そばにいたアイツは……無傷だった」


 ゴクン、とスガとオカダは唾を飲んだ。


「相手の選手ってのが、プレーが荒くて、地元じゃ結構有名で。反則紛いのラフプレーで対戦相手ケガさせることもよくあって。そん時もアイツからボール奪うのに、肘で腹を打ちやがって。審判から見えないようにして。アイツがよろけた隙にボールを奪って、走り出そうとした途端、ボールが弾けた」


「……それで?」

「かまいたちだろうって事で落ち着いた。運の悪い事故だって……わざとそんなことができる人間はいないって……でも! ケガはともかく、ボールは弾の痕が残らないような特殊な銃でも使ったんじゃねえか、って噂になった」


「……それでアイツは?」


「さあ? その後、サッカーもやめちまったみたいだし。サッカーやってる連中は結構知ってるみたいだけど、やられた相手が相手なもんで……いい気味だって思ってたんじゃねえの? アイツの名前は広まらなかったみたいだ」

「そいつ、何て名前だっけ?」

「たか……」


「タカマ・シュン、だろ」


 シマの答えに被さるように、別の声が重なる。

「話を聞かせてくれないか? そいつとは、ちょっと因縁があってね」



「……オカダさん、いいんすか? あいつら、後輩なんでしょ?」

「中坊ん時の、な。今はただの顔見知りだよ」

「冷てーな」

「どーせ、オレらみたいな高校中退の落伍者くずとは違って、最後はしっかり大学行くつもりの『なんちゃって』さ。あんなでも、事件さえ起こさず、試験落とさなくちゃ、卒業させてくれるんだからな。石高セキコーは。あいつら、あれで頭はいいんだぜ。お利口さん、なんだよ」


 そう、似ているようで、自分とは違う。

 寝食忘れて、ひたすら打ち込み、スポーツ特待生になった挙句、ケガをして、さっさと見切りをつけられた。

 バカ高い月謝を払って一般クラスに入るか、公立に編入するか、もしくは……ろくに勉強してこなかった自分には、リタイアの道を選ぶしかなかった。


「でも、あの人……シバさんて、結構ヤバい人なんでしょ?」

「さあ? マスターが頭が上がらないってことは確かだけどな」

 昼間から未成年にアルコールを出すような店だ。

 その為に、人前では言えない所に納めるものも納めている。

 そのマスターが、気を遣う相手だ。

 どのような筋の人間かは知らないが、まともな立場の人間ではないだろう。


「少しは痛い目を見たらいいんじゃないか?」

「少し、で済みますかね?」


 だとしても、関係ない。

 少なくとも、そんな人間に不興を買ってまで、口出しするような命知らずでもなければ、義理もない。


「気にするなよ。ただ、客同士が、意気投合しただけさ」


 その結果、何が起きても、知らんぷりをすることだ……自分が大切なら。


「それか、本当に利口な人間ってもんさ」

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