第2話 不知火

 気がついたときにはそばに呪いがいた。

 そうシラヌイは語る。

 不思議な話だ、人間なのに母親との記憶より呪いと共に育った記憶のほうが多いのだ。

 そしてシラヌイは穢者として呪いに育てられた。

 彼だけじゃない、他の〘蔑称付き《ネームド》〙は皆そうだ、シラヌイと同じように祝福のXデイに巻き込まれ、人生を変えられた者達ばかりだ。

 全員、呪いが神と呼ぶ存在を憎んでいる、だからこそ〘蔑称付き〙は強い。


 呪いはまず人間の負の感情をエサとしている、しかし、エサと言っても、一枚岩ではなく、それぞれ好物の感情がある。

 そのため、取り憑く人間の選択を間違えてしまうと上手く負の感情を吸収できずに感情の消化不良を起こし、宿主は精神を病む、そしてこれが所謂〘憑かれている〙という状態となってしまう、だが、裏を返すとどうだろう。

 呪いは意外とフェアな精神を持ち合わせている、美味い好物の感情を食べれば食べるほど対価として宿主に強力な力を与えてくれるのだ。

 つまり呪いに憑かれている状態で、常に負の感情を食らわせ続ければ人智を超えた力を手に入れることができる、ということになる。

 それを利用して戦っているのが穢者である。

 

 そして今、穢者は総力を上げて第ニ次祝福に向けての準備を進めているところだ。

 ここ10年でスパンは間違いなく縮んでいる、呪老達によれば第二次の予測はあと数カ月ということだ。

 

「次は、次の大規模祝福は、絶対に間に合ってみせる、絶対にだ」


 シラヌイは小声でそう言うと自然と握り拳に力が入った。

 その時、頭の中に声が響いてきた、僕の呪いの“マダラ”の声だ。


『間に合ってもらっては困るなァ……小僧』

(……口を開けばいつもそうだな、マダラ)


 シラヌイは口を開かず、思考することで応対をする。


『勿論だとも、小僧には常に後悔をし続けてもらわなければならない、私が生きる為ェ……そしてお前が生きる為にな』

(黙れ、いつかお前の力を借りずとも戦えるようになってやる)

『クク、大きく出たな小僧、何か?齢12のガキが生身で骸に勝てるというとでも言うのか』

(……そうなってやる)


 今、そうなっていれば、多くの人を救えた、という、後悔の念が広がる。


『お、今の感情は美味かった、悔いる感情はどれも美味だァ……』

(黙れ!!)


 考えを見透かされているようで気持ちが悪くなりつい感情を昂ぶらせてしまった。

 ダメだ、コイツと話すのは何年経ってもストレスが溜まる。


『おぉ……怖い怖い、宿主に怒られては憑いている我々は何もできぬなぁ……ククク……小僧、楽しみに待っておるぞ、強くなるのを、な』


 呪いと生活し始めた時から常に聞いているあのネバついたような声には流石にシラヌイはもう慣れた、が、あの性悪はどうにも合わない。

 〘禍斑マガツマダラ〙、かつて、戦国の時代、何人もの力を求めた武将に取り憑き、大名まで登り詰めさせ、そして、全て呪い殺した、とされる呪いだ。

 要求される感情量とあの性格のせいでシラヌイが現れるまで引き取り手が居なかったらしい。


 なお、このようなことを考えている間、今シラヌイが何をしている、かというと書類作成が全く進まず、ぼーっとしていた。

 すると彼の右後ろに立つ男が口を開いた。

 

「シラヌイ様、少しも進んでいない様子ですが、マダラになにか言われたのですか?」

「あぁ……いや、書類作成というのはどうしても苦手でな、やはり文字を書くのが難しい」

「あぁ、なるほど、では書き方をお教えしましょう、どれどれ」


 そう言って彼は書類を覗き込み、シラヌイの汚い字を見て、微笑む。

 彼は青木あおき みのる、読み書きが苦手なシラヌイの為の、補佐官である。


「本当にシラヌイ様の字は可愛いですね、年相応、と言いますか」

「ば、馬鹿にするな…!!覚えたのがついこの間なんだ」

「いえいえ、馬鹿にしてはおりませんよ、ただ所感を述べただけです」

「それはそれで……まぁいい、ここの書き方を教えてくれ」

「承りました、では……」


 そう、書類作成に乗りだそうとしたときだった。

 爆発音。

 それもかなり大きな。


 間違いなくそれは祝福の合図だった。

 急いでシラヌイは机から立ち、窓に手をかけ飛び出す。


「実!すまない、また今度教えてくれ!」


 彼はそう言い残し爆発音の元へ消えていった。


「私が貴方に書類の作り方を教えられるようになるのはいつなのでしょうかね……」


 忙しないシラヌイを見て、そうみのるは静かに肩を落としたのだった。

_____________________________


「おい!マダラ、お前寝ぼけていたのか?!何故祝福が起きることを教えなかった!!」

『寝ぼけてなどいない、ただ、貴様が後悔できるように教えてなかっただけだ』

「この外道が!!!!!!」

『クク、美味いなァ、貴様の感情は全て美味い』

「クソ…!!!!」


 速度が上がったのが苛立ちを更に加速させる。

 しかし、そのおかげで早くに現場に到着した。

 爆発音の起きた現場は煙が上がっているため、場所の特定が容易で助かった。


 現場には骸が8体と大骸オオムクロが3体居り、2級隊員が応戦していた、

 息は上がっているが、良かった、まだ生きているようだ。


 すぐに駆け寄り、鍔迫り合いをしている大骸の両腕を呪式妖刀で切り落とす。

 そして、息の上がっている彼に向かって言う。


「そこの2級隊員!下がれ!ここは、このシラヌイが引き受ける!」


 指示をするやいなや、シラヌイはまず大骸の肩に付いている大砲を切り落とす。

 この大砲は穢者といえど、直撃を喰らえば危険だ。

 そして、大骸の肩に乗り、胸に刀を突き立て、コアを潰す。

 勿論他の大骸がただつっ立っている訳はない、死骸ごとシラヌイを大砲で吹き飛ばそうとする。


「呪式展開」


 そうシラヌイが言うと、着ていた袴の形が変化する。

 そして布が伸び、まるで触手のように向かってきていた大砲の玉を弾く。


「行くぞ」


 瞬間、大骸が2体とも粉々の肉片になっていた。

 そして、シラヌイが一呼吸を置き、骸共を片付けようとしたときだった。

 フッ、と力が抜ける。


「な、に」


 身体が重い、何が起きた?と、思考する、しかし答えを出す前に、答えはすぐに提示された。


『どうした?貴様一人の力でこのような雑魚共程度、片付けられるようになるのだろう?』

「マダラ……!!」

『おぉ……やめてくれよォ、憎しみはあまり好きではない、後味が濃いのだ』

「お前は……!!」

『おい、どうしたのだ?小僧』


 このままでは雑魚に食われるぞ??


 言われずとも先の言葉を理解することができた。

 苛立ちが込み上げる、マダラにではない、自分に、だ。

 こんな骸数匹、いつもなら5秒もかからない、それなのに、マダラの力がないだけで、ここまで戦えない、そんな自身の未熟さに苛立ちを覚えているのだ。

 こんな気持ちで戦えるわけがない、そう思ったシラヌイは数歩下がり、呼吸を整える。


 やれるはずだ、刀の振り方ぐらいはわかっている。

 

 そう、心に言い聞かせると、強く一歩を踏み込んだ。


「はぁ!!!!!」


 一閃、振った太刀筋は誠良い太刀筋だった。

 しかし、その一太刀が骸の身を切り裂くことはなかった。

 少々の傷が入っただけ。

 その事実に膝から力が抜けそうになるがなんとか耐える、しかし、骸達はシラヌイに無慈悲に襲いかかる。


 そして、口が残っている骸がシラヌイに語りかける。


「シュクフクヲウケマショウ!!コチラガワハシアワセヨォ!!」


 くだらない。

 くだらない、くだらないくだらないくだらないくだらない!!!!!

 実にくだらない!!その幸せ、というやつのせいで僕はどれだけの人を助けられなかったと思ってる……!!!!どれだけの〘後悔〙をしてきたと思ってる……!!!


 ふつふつと煮えたぎっていたシラヌイの感情が爆発する。


『今の感情、なかなかに美味だった』


 ヤツの声がした、それと共に力が戻ってくる。

 悔しさと情けなさに押しつぶされそうになりながらシラヌイは刀を振るう。

 今度の斬撃は骸の肉を切り裂くだけでなく時空が歪んだような蜃気楼を発生させた。

 これが、彼の名の由来、呪式〘不知火〙である。


 その斬撃を食らった骸はもちろん、その他の骸も斬撃に巻き込まれ、死骸と化した。


 戦闘が終わり、その場に立ち尽くすシラヌイにマダラが話しかける。


『なんだ、小僧、悲しんでいるのか』

「結局、僕はお前の力を借りなければ勝てなかった、情けない……」

『クク、良いぞ、情けなさと悔しさの感情は掛け合わせると非常に美味だ』

「……まぁいい、今はたんと食え、助けてもらった礼だ」

『なんだ、気持ちが悪い』


 そうして、その日の仕事は終了となった。


 余談だが、シラヌイの書類は帰ると全て無くなっていた、置き紙によると、全て実が済ませて提出したそうだった。

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拝啓、祝福を受けた者達へ 建月創士 @imas_P

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