第10話『フルフル』

 昨日はなかなか寝付けなかった。

 萌衣とのデートのことを考えると・・・・。

 てか、別に付き合ってるわけじゃないからデートじゃないのか。

 だがしかし、男女が2人っきりで遊ぶのはデートと言っていいのではないだろうか。

 いや、それはきもいな。

 わからん。なんせ中学の時ですら女の子と2人で遊びに行くなんてなかった。

 「おい!」

 なんだ、うるさいな。今大事なことを考えてるのに。

 少しは空気をよ・・・・。

 待て待て。俺、今高校にいるんだよな。

 てことは、俺に話しかけてくるのは・・・・。

 「おい!って言ってんじゃん!」

 俺は声のする方へ向く。

 「なんだ、霞か。」萌衣だったらちょうどよかったのに。

 「なにが『なんだ、霞か。』よ!」

 やべ、声に出てた。弁解せねば。

 「違うよ。霞が霞ってわからないくらいに今日も可愛かったから。つい・・・・ね。」

 「は、はぁ?何言ってんの。意味わかんない!もういい!早く部活行こ!」と顔を恥ずかしそうに隠しながら叫ぶ。

 危ねー。霞チョロすぎだよ。心配になるわ!

 まぁでも嘘はついてないしなー。

 事実、霞は最近ナチュラルメイクのおかげで、そこらのモデルなんか比にならないくらいに可愛いかった。

 最近は以前にも増してリア充グループの男メンバーからのアタックがえぐい。

 相変わらず霞はそれに全くと言っていいほど気づいていないが・・・・。

 男子の諸君頑張ってくれ。







 

 


 霞に連れられ部室に到着する。

 道中、霞がベラベラ何か話していたが、正直まったく耳に入ってこなかった。

 なんでって、そりゃぁ、今日の寝不足の種である萌衣と会うからだ。

 もちろん、同じクラスだから朝から会っている。

 だがしかし、一緒に話せる時間は何度も言うがこの時間だけだ。

 俺は萌衣の待っている部室の扉を開ける。

 萌衣は必ずと言っていいほど俺たちよりも先に部室にいる。

 同じクラスだから終礼の終わる時間だって一緒なんだが・・・・。

 瞬間移動でもできるのだろうか。





 俺は部室に入り、そのままいつもの席に着く。

 もちろん今日も萌衣は先に着いていて、いつも通り本?を読んでいた。

 本来ならば、俺も本を読まないといけない。

 なんせ『読書活動研究部』なんだから。

 でも、申し訳ないが今日は活動を放棄させていただく。

 俺には今日しなければならないことがあるからだ。

 それを達成するには1つ乗り越えなければいけない壁がある。

 その壁とは、萌衣になんて話しかければいいかということだ。

 先週まではテンプレ的な挨拶があった。

 だが、その挨拶は今週に入り、ついに無視という領域に入ってしまった。

 さすがにしつこかったのだろうか。

 そのせいもあって、昨日は話しかけられなかった。

 しかも萌衣は、話しかけられずにしどろもどろしていた俺を心の中で嘲笑っていたようだ。

 なんか悔しい・・・・。

 一泡吹かせてやりたいと思うが、今日は一旦置いておこう。

 俺は高校に入ってから分からなくなってきている『人への話しかけ方』を何度も頭の中でシュミレーションし、完全攻略の後、萌衣に話しかける。

 「あ、あにょ・・・・。」

 はい。失敗しましたー。

 『あにょ』とはなんなんでしょうか?回答求む。

 と、とりあえず、本読むか。

 「ふっ。ふふふふ。あにょ。あにょってなんなのよ。流石としか言いようがないわ。」

 爆笑している。

 あの萌衣が爆笑している。

 馬鹿にされているのは分かっているが、話すきっかけが出来たようだ。

 まさに不幸中の幸い極まりない。きゃぴーん・・・・。

 んんっ。ともかくこのチャンスを活かさなければ。

 「アニョハセヨ。カムサハムニダ。って感じかな。」

 「陰太君。それはつまんないわ。」

 「はい。」

 萌衣のはじける笑顔が消えた。そして俺の心に深い傷が出来た。

 だがつかみは完璧?だ。

 とりあえず本題に入るか。

 「あのー、昨日言ってた2人で遊びに行こうって話なんだけど、どこに行くとか決めとかない?早いうちに。」

 「陰太君バカなの!こんなとこでその話したら、そこのカスにバレるじゃない!」

 「えっ。呼んだ?呼んだよね!ついにうちに話が振られたんだ!なになに!もっかい言って!」

 どうやら萌衣は、霞のことを裏で『カス』と呼んでいるようだ。

 相変わらず酷い。

 それに、なかなか話しかけられないからって霞がカスという単語に反応してしまったことが何よりもかわいそうだ。

 霞よ強く在れ!

 「あなたみたいなカス、1度も読んだ覚えないんだけれど。」

 「カ、カス!?あんたうちのことカスって呼んだ?」

 「呼んだけれど、それが何かしら?」

 「や、やめてよ!よ、蘇る。中学の時の山本さんを。あんたやっぱり山本さんの関係者なんでしょ!せっかく高校生になって離れられたのに。もう嫌だ、いやだーーーー。」

 霞はそう叫びながら机に突っ伏した。

 また山本さんだ。

 山本さん、いったい何者なんだ。

 霞にここまでのトラウマを植え付けるなんて。

 「やっと邪魔者がいなくなったわね。」

 やれやれといった感じで萌衣はつぶやく。

 なんだか一仕事終えた、そんな雰囲気を醸し出している。

 そんな萌衣の視線が俺に戻ってきた。

 「陰太君さっきの話なんだけど、やっぱりここで話すのは得策じゃないと思うの。だから、ラ〇ン交換しない?そうすれば家で色々決められるし、当日の待ち合わせとかも楽だと思うのだけれど・・・・。どうかしら?」と、ほんのり顔を赤く染め、いわゆる萌衣ちゃん化して言う。

 ラ〇ン交換だと・・・・。

 これは夢か。高校入学して1度も言われなかった言葉をあの萌衣から聞けるなんて・・・・。

 霞と話しているときはあんな冷たい顔してたのに、急に熱っぽい顔するから『二重人格か!」と突っ込みたいところだったがそんなことどうだっていい。

 俺は食い気味に「そうだね!そうしよう!」と答えてしまった。

 やべ、流石にキモイか。こんな食い気味だと・・・・。

 だが俺の心配は無用だった。

 萌衣は俺の回答を待ってましたと言わんばかりに素早い手つきでカバンからスマホを取り出す。

 どうやら食い気味に答えるのが正解だったようだ。




 俺たちはラ〇ンのフルフルという機能を使うことにした。

 フルフルという機能はラ〇ンに備わっている機能で、ラ〇ンを開いた状態で携帯をお互いにフルフルすることで連絡先を交換できるという画期的な機能のことだ。

 これは、高校に入学して初めに行う行事の1つである。

 気が合いそうな子に「フルフルしよ。」と勇気を出して声をかけたり、隣の子に声をかけられたり、まさに青春、これが青春だ。

 まぁ俺はそんなことできなかったが・・・・。

 ていうか、『フルフル』ってなんか下品じゃね?とさっきまで思っていた。

 だが今となっては『フルフル』の響きが最高に心地よい。

 なんてったって今からするんだからな。

 やばい、興奮してきたー!

 「陰太君、体フルフルしてないでスマホフルフルしなさいよ。」

 「はい。」

 俺たちは向かい合い、スマホをお互いにフルフルする。

 ピロン!という音と同時に十文字萌衣というどこかのハリウッド女優の画像が貼られたアカウントと、Kというラ〇ンのキャラクターであるあの熊が貼られた、いかにもラ〇ン初心者なアカウントが届いた。

 ちなみに俺のアカウントには中学の卒業式に友達と撮ったお気に入りのプリクラだ。

 あの時は楽しかったな・・・・。

 それは置いといて、Kって誰だ。

 まぁ予想はついてるけど・・・・。

 とりあえず2つとも登録しておくか。

 そう思い2つのアカウントの登録ボタンをタップしようとすると「陰太君、このKっていうアカウントなんなのかしらね?」とジャイ〇ンがの〇太君を見つけた時に見せるあの意地の悪い笑顔で俺に問いかける。

 多分というか、絶対わかってて言ってるんだろうな。

 Kと思しき人物は、突っ伏したままおそらくさっきまでフルフルしてたであろうスマホを、いそいそとポッケの中に入れていた。

 Kと思しき人物・・・・もうめんどくさいな、霞が萌衣の挑発に乗らないのは珍しい。

 会ってすぐ、いつも通り萌衣にやられてたし、疲れたのだろうか。

 今回は流石に助けてやるか。親友だしな。

 「多分それ霞じゃないかな?」

 俺は勇気を振り絞って萌衣に意見する。

 すると、さっきまで突っ伏したまま動かなかった霞が机を勢い良く叩き「わかってんじゃん、あんた。そうよ、そのアカウントはうちのものよ。仕方なくフルフルしてやったんだから登録しなさいよ!」とさっきまで元気がなかったのが嘘かのようにまくしたてる。

 俺はその勢いに驚いたが、そもそも登録するつもりだったので言われるがまま登録した。

 「2人とものアカウント登録したよ。」

 「わかってんじゃん!」

 「陰太君、裏切ったわね・・・・。」

 「ざまぁないわ、十文字萌衣!あんたに味方なんていないってことがようやくわかったようね!」

 霞の反撃が始まろうとしている。

 大丈夫だろうか・・・・。

 俺が不安がっていると萌衣がわざとみんなに聞こえるように「陰太君、あの事はまたラ〇ンで話しましょ。」と内緒話をする。

 ああ始まった。始まってしまった。

 だが、萌衣の『ラ〇ンで話しましょ。』という言葉が俺の心配全てを打ち消す。

 萌衣とラ〇ンができる。

 それが分かった時点でもうどうでもいい。

 好きに言い争ってくれたまえ。

 「あんた、なににやにやしてんのよ。てか、あの事って何?教えなさいよ!」

 「それにしても陰太君、このKっていうアカウントの画像あの熊だし、なんかラ〇ン初心者っぽくないかしら?」

 「ちょっと、うちの質問に答えなさいよ!」

 「多分だけど、このアカウントの使用者のスマホの壁紙、初期状態のあのあれよ、絶対。そう思わない、陰太君?」

 萌衣また霞のこと無視してる・・・・。

 てか、さっきから俺に話し振るのやめてくれない、萌衣さん。

 俺は平和主義者なんだが。まぁ無視はできないよなー。

 「そうかもしれないけど、あえてかもしれないよ。」

 「そうよ!あえてに決まってんじゃん!あえて初期状態。これも個性なんだから!ちなみにラ〇ン初心者じゃないから。ラ〇ンマスタークラスだから。」

 ラ〇ンマスタークラスとは?

 多分変え方知らないんだろうなー。

 なんで素直にならないんだろう・・・・。

 いつか教えてやるか。

 俺が決意するのと同時に萌衣がすっと立ち上がる。 

 「じゃあ、陰太君。またラ〇ンで。」

 「ちょっと待ちなさいよ!まだあの事について何も聞いてないんですけど!」

 霞の叫びはドアの閉まる音と同時にかき消された。

 霞と2人きりになった俺は、とりあえず部室を少し掃除して出た。

 その間霞は、静かに部の活動である読書をしていた。

 霞よ、強く生きるんだ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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