第9話時代の先駆者

 昨日のヤマンバ騒動から一夜明けた今日、俺はいつも通り部室に向かっている。

 相変わらず俺たち『読書活動研究部』一同は教室で一切話さなかった。

 昨日あんなことがあったんだから、さすがの霞も、萌衣に噛みつきにでも行くと思っていたんだが。

 まぁ実際は噛みつきに行きたくても行けなかったというのが事実なんだけど・・・・。

 萌衣は朝、遅刻ギリギリに到着し、休み時間になるとどこかへ行ってしまう。

 これはおそらく昨日あんなことをしてしまったから逃げているというわけではないだろう。

 なんせこれが萌衣のいつもの行動パターンだからだ。

 萌衣にも友達がいないということは、あの部室での言い争いで霞から盗み聞いていた。

 トイレにでも籠っているのだろうか・・・・。

 萌衣も大変なんだなー。

 思はず同情してしまう。

 ちなみにこれは余談だが、朝見ると霞のメイクは昨日の『ナチュラルメイク』に戻っていた。

 心なしか目元が赤くなっていた気がしたが・・・・。

 






 いつも通りの時間くらいに部室に着いた。

 俺には今日しなければならない事がある。

 土曜日に海遊館で買ったお土産を渡すということだ。

 部員みんなで食べられるようにクッキーを買ったのだが、昨日はドタバタしていて「みんなで食べよう!」なんて言い出す機会がなかった。

 そんな決意のもと部室の扉を開け、いつもの席に着く。

 なにか忘れてないかって?

 もちろん忘れてはいない。

 だが、まぁ、昨日無視されたからなー。

 一旦、お休みって事で。

 でも、あれを言わないとなるとどうやって会話を始めればいいのか・・・・。

 あれはもはや挨拶の様なものだったからなー。

 何か手はないのか。

 会話を始められる何かは・・・・。

 いろいろ考えた結果、とりあえず本でも読むかという結論に至った。

 萌衣も自分の本に集中しているようだし、この部はそもそも読書することが目的の部だし。

 あれだよ。決して案が思い浮かばなかったわけじゃないし、萌衣に話しかけるのが緊張するとかそんなんじゃないんだからね!

 まぁでもどうせ霞が来たら嫌でもたくさん話すことになるだろう。







 俺たちが本来の部の活動を全うしていると、昨日に増してすごい足音がこちらに向かってくる。

 その足音が聞こえたのはほんの数秒で、すぐに部室の扉が勢いよく開かれた。

 「十文字萌衣!昨日はよくも、よくも・・・・。あんたの言う通りママに見せたら般若みたいな顔で説教されたんだから!謝りなさいよ!もちろん土下座で!」と霞は今にも飛びかかりそうな勢いで言う。

 それと裏腹に萌衣は、落ち着いた表情で本を閉じ「最初から認められる時代の先駆者はいないわ。」とそれっぽいことを言って返した。

 今日も始まってしまう。

 頃合いになったら止めるか・・・・。

 俺はそれまで本来の部の活動である読書を引き続き楽しむとしよう。

 「かの有名なガリレオの地動説だって、最初は理解されなかったわ。でも時代を重ねるにつれ認められ今じゃ世界の常識なのよ。」

 「た、確かにそうね。そ、そうだわ!こんな所でしょげちゃダメじゃん!そうよ、うちは時代の先駆者なんだから!」

 あー。言いくるめられた。

 この子絶対訪問販売とかに引っかかる系の子なんだろうなー。

 このままいくと、霞のお母さんにまたしても迷惑がかかるなと思い 、本を読む手を止めようとすると「ぶふっ。」と笑い声が聞こえた。

 どうやら萌衣の我慢の限界が来たようだ。

 「あ、あんた、またうちのこと騙そうとしたのね。こ、この悪魔!詐欺師!メンタリスト!」

 「騙そうなんて思ってないわ。これは教育よ。あなたに人生の厳しさというものを理解していただきたいだけなのよ。」

 「も、もう騙されないんだから!あんた半笑いじゃん!許さないんだから!」

 霞の目のダムは崩壊寸前だった。

 これ以上続ければ霞の目に川が流れ状況は今よりひどくなる。

 つまり今が頃合いというわけだ。

 俺はステルス状態を解除し「あのーよかったらクッキーでも食べる?」と日を重ねるごとに失っている勇気を振り絞って会話に割り込む。

 「「い、いたの!」」

 「いたよ!言い争ってる前からいたよ!」

 俺の目のダムも崩壊しそうだった。

 「申し訳ないわ陰太君。来てたなら声かけてくれればよかったのに。」

 「そ、それは・・・・。」

 言えない。なんて声かければいいかわからなかったなんて・・・・。

 あれ?萌衣、なんか笑いこらえてない?

 「萌衣まさか・・・・。」

 「ふふっ。」

 やられた。してやられた。

 「ねぇ。そういえばあんたも昨日うちに嘘ついたよね!」

 霞の矛先が俺に向く。

 「まぁまぁ落ち着いて。そんなことよりほら!おいしいクッキーだよー。」

 そう言ってカバンから昨日渡し損ねた海遊館でのお土産を出した。

 「ちっ!まぁいいわ。」

 そう言いながらクッキーに手を出す。

 よかった。これでひとまず落ち着いただろう。

 「萌衣も食べなよ。」

 「・・・・。」

 あれ萌衣もしかしてクッキー苦手だったのかな・・・・。

 「おい!ママっ子!」

 「「・・・・。」」

 「あなたのことよ!」そう言って霞の方に目線を送る。

 「は、はぁ!何言ってんの!うち、ママなんて1度も言ったことないんですけど。いつでも、どこでも、どんなときでもお母さんなんですけど!」

 必死だー。見ていて恥ずかしい。目も泳ぎまくっている。

 そういえば陽奈たんとデートの帰りに会った時「ママー。」って大きい声で呼んでたような・・・・。

 「そんなことどうでもいいのよ。そんなことより、あんたが昨日くれたお土産がそこのロッカーの上にあるんだけど、なんで陰太君が持ってきたものといっしょなわけ?」

 「うちには大事なことなんですけど!って!なんでうちのお土産新品未開封なの!せめて開けなさいよ!」

 「毒でも入ってそうだったからつい・・・・。」と汚物を見るかのように霞のお土産を見る。

 それにしても霞の奴、いつお土産渡したんだろう。

 可能性として挙げられるのは、俺が空気と化しているときぐらいだが。

 そんなことより、この状況少しまずい気がする。

 霞、頼むから下手なことは言わないでくれ。

 「ねぇ。話をそらさないで。なんで一緒なのか聞いてるのだけど。」

 「ふんっ、そんなの言わなくてもわかるんじゃない?つ・ま・り、一緒に遊びに行ったってこと!それ以外ないでしょ!なんせこいつとは親友なんだから!当たり前でしょ!」と得意気に言う。

 はぁ~。また変な嘘ついてる・・・・。

 それに、女の子と2人で遊びに行く関係というのは親友ではなく恋人って感じがするのは俺だけなのだろうか。

 なんか萌衣をハブったみたいな感じになっている。

 今すぐ撤回しよう。

 「霞、何で嘘つくんだよ!たまたま会っただけだろ!萌衣、そういうことなんだ。だから萌衣をハブったとかそんなことしてないから。」

 「でも、2人で会ってるじゃない・・・・。」とさっきの勢いがまるで嘘かのように声のトーンが低くなっている。

 「そうよ!うちとこいつは運命という名の赤い糸でつながってるってこと!」

 「霞、運命という赤い糸でつながっているのは恋人同士だよ。」と突っ込む前に      

 「黙れ!」と中指を立ててもおかしくない剣幕で言う・・・・って立ててるー!

 萌衣・・・・やりすぎだよ。

 霞、大丈夫・・・・じゃないよねー。

 霞の目のダムは崩壊し、川が流れていた。

 びっくりしたんだろうなー。なんかすごかったし。

 とりあえず、この場を収めるには謝るしかないよな。

 「そのーなんだ、悪かった。萌衣をハブったようなことをして・・・・。」

 「許さない・・・・。」

 「許さないって言ってるのよ!」

 「あ、え、えーと、俺はど、どうすれば・・・・。」

 「・・・・・・・・わよ。」

 「す、すまん。もう1回言ってくれ。」

 「私とも一緒に遊びに行くわよ。」

 そう言って萌衣は勢いよく部室を出た。

 えっとーこれはー何と言いますかー場が収まったどうこうよりもー・・・・。

 も、萌衣とデーーーーーーーートーーーーーーーー!

 お、落ち着け。とりあえず霞をなだめよう。なんだかかわいそうだし。

 それにしても萌衣とデートか。

 やばいすっげー緊張してきた。

 てかどこ行くんだろう、いつ行くかも決まっていない・・・・。

 まぁ明日にでも決めればいいか。

 ようやく霞が泣き止み、帰ろうかということになった。

 ふと俺の持ってきたクッキーの箱を見ると、全部なくなっていた。

 霞の持ってきた物は、先ほどまでと同様、新品未開封の状態でロッカーの上に残っっている。

 俺はこっそりとそれをカバンの中にしまう。

 なにせ霞とは親友だからな。

 

 

 

 

 

 

 







 

  

 

 

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