第10話

「頭を上げて、リアム」

「では!!」

 リアムが顔を上げると、ルシアは泣き笑いしていた。

「ねぇ、リアム。あなたの願いは私のやってきたことをすべて無に返せってことですか?私がやってきたことって…悪いことだったんですか?」

 困って驚いた顔をしているリアムの顔を見て、ルシアは目を閉じる。


 目を閉じると、十余年を魔女としての記憶が次々に蘇ってくる。いろいろな望みを叶えてきた。そして、嫌な記憶ばかりが蘇ってくる。


(揺らいでしまえば、過去が嘘になる)

「私っ…」

 ルシアが目を開けて応えようとした瞬間。


 ―――リアムが抱きしめていた。


「えっ」

 リアムも泣いていた。そして、力強くルシアを抱きしめた。

「ルシア、君は代償を請求した…。けれど、君は人の願いを叶えてきたんだ。それは間違いない事実であり、人のために行った所業だ。だから、悲しい顔をするな。代償を払うのは当然だ。それを恨むのは…人の強欲の罪だ。ルシア、君が背負う罪ではない。本来であれば、人は努力を行い、望みを叶える。それを君は先に叶えているだけだ。身に余るものであれば、破滅を招く、それは道理であろう」

(温かい、そして…)

 ルシアは自分の欠けていた部分をリアムの言葉が埋めてくれているような気がした、そして、リアムの欠けていた部分を自分がいることで埋めているような気がした。


「ルシア、君は身の丈にあった望みであっても取り返しのつかない代償を求めたか?」

「…ううん」

「ならば…」

「でも、私はあなたのお父さんお母さんを…」

「母の手紙を読んだのであろう。二人は幸せだ。そして、自業自得だ。私の父母の願いを叶えてくれて、ありがとうルシア。だから、私は。ルシア、君にも幸せになってほしい」

 ルシアは悲しそうに目線を落とす。

 デーモンは嘲り笑う。

「はっはっはっはっ。この男はこの女の罪の深さを知らん。どれだけの人々に憎まれているか、王であるお主ごときが許したとて、それは許されるわけがないよなぁ、ルシア。自分だけ幸せにになるなんて、ありえないようなぁ!?」


「私は…幸せになれない身。どんな魔法をもってしても私自身を幸せにすることはできなかった」

 ルシアがリアムの胸を押し返そうとする。

「なら、私が君を幸せにする」

 リアムがさらにルシアを抱きしめる。

 ルシアは困惑しながら顔を上げると、リアムが綺麗な青い瞳で温かく自分を見つめていた。

「なっ」

 デーモンは驚く。


「人を幸せにするのは好きか、ルシア」

「…うん」

「人をこれからも幸せにしたいと思うか、ルシア」

「うんっ」


「ならば、私と同じだ」

 リアムはにっこりと笑った。

 王としてではなく、18歳の若き少年の純粋な笑顔であった。

 どんなときでもまっすぐに見つめる偽りない青き瞳。


「私と二人。良き王、良き王妃となり、人々を幸せにしよう。魔の力なんていらない。人の力でだ」

 リアムは腕をそっと緩めて、一歩下がり右手を差し出す。


「ならぬならぬならぬならぬならぬならぬならぬならぬならぬならぬうううううぅ。自分だけ、幸せになるなんて許されないぞ!!ルシア!!!お前は永遠に罪を背負い、罪を償っていくんだ!!!」

 デーモンが叫ぶ。


 ルシアは手を出そうとするが、デーモンと契約した時のことを思い出す。

 幸せにできる、幸せにできると喜んで飛びついた結果が今である、と。

「そんな顔をするな、ルシア。私も…何も見えてなかった。そして、父上や母上、民を見てこれなかった。同じ、間抜けだ」

 ルシアの右手は意図せず、リアムの手を取っていた。

(この人に、この瞳になら騙されたって…後悔はしない)

「リアム…望みを言って」

 リアムは握られていたルシアの手を見る。

 ルシアの手は震えていた。


 リアムはそっと左手でルシアの手に沿える。

「魔法とその全ての代償を無に返し、人の手で幸せを作れる世界に。魔の力なんていらない。ルシアが幸せになっていい世界に戻してくれ」

 見つめ合う赤い瞳と青い瞳。


 兵士もいたし、デーモンもそこにはいて、何かをわめいていたが、その瞬間、リアムとルシアは、世界が自分たち二人だけに感じた。

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