第8話

 季節は秋が過ぎ、冬になり、ルシアの怒りも、悲しみも真っ白な雪景色が冷ましていった。

 そして、徐々に温かい日も増えて春までもう少し。気候が不安定な日が続き、どんよりと曇ったその日に、思いもしない来客が訪れる。


「リアム…」

「久方ぶりである」

 リアムは数十名の兵士と共にルシアのもとにやってきた。

 わずか数か月のうちに精鍛な顔立ちになり、風貌も王に相応しくなっていた。


(青い瞳…)

 疲れ切った姿とも言える姿のリアムだったが、その青い瞳は今もなお光り輝いている。

(何をしに来たのだろう、魔の力を借りに来たのか、それとも…)

 リアムは白馬から降りて、ルシアの前へ歩いてくる。


「リアム、国は栄えているの」

「あぁ、栄えている」

「お父さんとお母さんは?」

「父上は私が悩んで立ち止まったときにだけ目を覚まし、私に助言をくださり、軌道に乗るとまた眠りにつく。相変わらず人形のような父だが、母上を見ている時だけ心穏やかな顔をしている。母上は相変わらず、動かないままだが、父上が嬉しそうな顔をすると、母上もまた嬉しそうにしている気がしている」

「そう…それはなにより」


 ルシアは自分に罵声を浴びせたリアムを思い出し、軽はずみで言った言葉に後悔する。

(良いわけないじゃない)

 恐る恐るリアムの目を見るが、心が読み取れない。


「なぁ、ルシアよ。なぜ魔法をかけた?」

「望まれたから」

 そう、ルシアは望まれたら、人の望みを叶える魔女。

 人ではなく、魔女なのだ。


「望まれて、貴殿は幸せか?」

「えっ?」

 赤い瞳と青い瞳が見つめあう。


「侍女が母上から預かっていた手紙だ」

 ルシアは黙ってリアムから手紙を預かる。

「母上は父上の癒しであろうとした。二人の想いは一つ。メヴィウス家…引いては、私のため、未来のために魔の力に頼ったのだと。私には見えていなかった。何にも…」

 ルシアはヴィエナに魔法をかけた夜のことを思い出すため、目を閉じる。




「…私にも魔法をかけてくださるかしら?ルシア」

「ゴアが禁止したんじゃないの?ヴィエナ」

 ヴィエナはワイングラスを揺らしながら、少し口に含む。


「あの人だけに苦労をかけられないもの。できないかしら?」

「私は人の望みを叶える魔女、望まれれば意のままに」

 ヴィエナはルシアを抱きしめる。

「えっ」

 ルシアは一瞬驚くが、すぐに体裁を整える。

「…何するの?」

「感謝の気持ちよ…ルシア」

 

 ルシアは最初止めてほしいと、拒もうとしたが、久しぶりの人の温もり。そして、母の愛を思い出し、体をそのままヴィエナに預けていたいと思った。


 しかし、ルシアはゆっくりとヴィエナの抱擁を拒んだ。

(自分のこれからかける魔法は代償が必要…。それをヴィエナは知らない)

「ちょっと待っていただけるかしら、ルシア」

「それは望み?」

「いいえ、これは…そうね、交渉よ」

「わかった」

 そうして、ヴィエナは文章を羽ペンで丁寧に書いた。

 ルシアはその温かい顔をしたヴィエナの横顔をずーっと見ていた。


「お待たせしました、ルシア」

 ヴィエナは手紙を侍女に渡して、ルシアの前に立つ。

「汝の望みを申せよ。ヴィエナ」

「私の望みは、永遠の美。あの人が帰ってくるまでこのままでいたい。そうして、顔の顔を見れば、心に鍵をしてしまったゴアですら、私の愛が届いて、癒されてほしい。…ちょっと長いかしら?」

「いいえ…大丈夫」

 そして、ルシアはヴィエナに魔法をかけた。

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