第13話

『オーク道場』に通い始めてから半年が過ぎた。


視界が開けていない、夜の森の中。

心を落ち着かせ、呼吸音に耳をすまし、自らを自然と一にする。

そうすることで、自分の眼に囚われないようになった。


第六感が研ぎ澄まされるといえばいいのだろうか。

気配を察知し、自らの気配を絶ちながら接近し、相手の急所を刺して息の根を止める。

僕は、そうしたことができるようになっていた。


基本動作が確立され、その基本動作を繰り返すことで習熟し、成果を出す。

ルーチンを回すことで、僕は、飛躍的にオークを狩る数を伸ばしていった。


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その日、僕がひげ面のおっさんの店で納品を終えると、受付嬢のモニカさんから声をかけられた。

「すみません。この後、少しだけお時間をいただけないでしょうか」

「?」

僕が首を傾げていると、彼女は続けた。

「実は、緊急依頼がございまして」

彼女は引き出しの中から、依頼書を取り出して、概要を説明する。

「実は、タナカさまがモンスターを日々討伐されている、クローネンの森においてですね……」

「クローネンの森って、……オーク道場のこと?」

「おっしゃるとおり、オーク軍により占領されてしまっていた地域です。実は、先日、ツヴィンガー城に詰めていた一部隊がオーク軍の切り崩しに向かったのですが、連絡が途絶えてしまいました。ですから、クローネンの森に明るいタナカさまへの緊急依頼として、部隊の安否を確認していただきたいと考えております」

「……ふーん。あとで行ってみるね」


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いつもなら速攻で帰宅するけど、なんでも緊急依頼ということだったので、『オーク道場』に戻ることにした。

……今日の睡眠時間は三十分ぐらいかな……。


僕が森につくと、たしかに奥地の方から、金属音がしているようだった。

オークの雄たけびも聞こえるので、すでに戦闘に入ってしまっているかもしれない。


僕は、森の中を駆け抜ける。

木々をよけながら、しばらく走ると、現場についた。


オーク数十匹に、十人ほどの人間が囲まれていた。

多勢に無勢といったところか。

すでに、兵士の何人かは殺されて、オークに食べられているのも散見されるような状況だった。


僕は、すぐに《エリアヒール》を十人ほどの人間にかける。

「なっ……!」

いきなり回復されて驚く兵士の皆さんを置いて、僕は、オーク達との戦闘に入った。


手刀で首を狩り飛ばし、前蹴りで膝を壊す。

それを繰り返し、行動可能なオークの数を減らしていく。


僕の乱入によってオーク達が劣勢になったとみるや、兵士の皆さんは息を吹き返して、手近なオークに切りかかり始める。

どうやら、兵士の皆さんは、相手が弱い立場にあると強気にでるようだ。


そうして、ほどなくして、オークを全て行動不能にできた。

兵士の皆さんは、勝ちどきを上げている。


僕はその様子を眺めていると、兵士の中から青髪の女の人がでてきて、声をかけてきた。

「すまない。助力をいただき、感謝する」

よく見ると、少し手の込んだ装飾の軽鎧を着ている。

身分が上の人なのかもしれない。

「よろしければ、名を教えていただけないか。後日、この恩には報いたい」


どう説明をしたらいいのか困った僕は、ひげ面のおじさんの店の会員証を出す。

「……これは、金等級!まさか、貴方があのタナカなのか!」

なぜか青髪のお姉さんが興奮しだす。


この雰囲気だと「タナカは偽名です」とはとても言えない……。

よって、僕は無言を貫く。


興奮したお姉さんから、幾つか質問を受けていたら。

急に、森の奥から、とてつもなく強大なオーラを感じた。




僕は、彼女を腕で後ろに下げると、森の奥を睨みつける。

いままでにない強大な足音が響いてくる。

まるで、木そのものを踏みつぶしているような音だ。




そして、体長4メートルほどの高さのオークが姿を現した。

通常のオークとは違い、体も何周りも大きく、三本の角をはやし、脂肪のついていない筋肉質の身体をしている。

もはやオークとは別種と言ってもよい外見だった。


兵士の誰かが叫んだ。

「オークロードだ!」


兵士の皆さんを後ろに残し、僕は一気に距離を詰める。


そして、腰だめにした拳に全体重をかけて、正拳突きをオークロードの右膝に打ち込む。

だが、重い手ごたえはあったが、膝を砕くまでには至らなかった。


僕は次の打撃を入れようとするが、オークロードは僕よりも素早かった。



蹴。


僕はガードをすることもできず、オークロードの脛で大きく空に蹴り上げられた。

意識を失いそうになったが、《ヒール》を連発する。

地面にたたきつけられたが、なんとか受け身をとることができた。


僕が、身体を起こそうとしたら。



圧。


僕は、身体をオークロードの足で踏みつけられた。

《ヒール》を使いながら、全力で耐えるが、支えきれない。


「ぐああああああっ!!!」


僕は踏みつぶされた。

そして、何度も踏まれたのち、僕は再び蹴り上げられ、近くに生えていた木にたたきつけられた。



《ヒー……》

視界が真っ赤に染まっている。

おそらく、網膜から出血しているだけでなく、脳内出血もしているだろう。

ヒールすら唱えることができない。

全身を激痛が襲い、呼吸をしようとしても喉の奥から血が出てくる。


『《ヒール》だ!《ヒール》を唱えろ!死ぬぞ!』

タナカが騒ぐが、僕は何度ヒールを唱えようとしている。

それでも唱えることができないんだ。



全身を悪寒が襲ってくる。

指先が冷たくなってきた。


赤く染まった視界のなかでは、兵士の皆さんがオークロードに蹂躙されている。

青髪のお姉さんを守ろうとして、一人また一人と殺されていく……。

オークロードは、すでに僕からターゲットを移していた。

もはや、死にゆく僕には興味などないのだろう。



僕は、全身が冷たくなるなかで《聖銀のネックレス》から少しだけ熱を感じた。


その熱の力を借りて、薄れゆく意識のなかで、僕は《ヒール》を唱えることができた。

クロエとのつながり。

《自動回復》の加護をもつ《聖銀のネックレス》が僕を救ってくれた。


なんとか踏みとどまった僕は、《ヒール》と《リフレッシュ》をこれでもかと連発し、回復した。


立ち上がった僕の前には、恐るべき光景が広がっていた。



青髪のお姉さん以外の兵士は、全員殺されてしまっていた。

あたりには、元は兵士だったはずの肉片が飛び散っている。


そして、そのお姉さんにも、オークロードは卑劣な行為を行おうとしている。


腰が抜けてしまい、立つこともできなくなってしまった彼女。

だが、懸命に手だけでも逃げようとしているが、オークロードは一歩一歩と時間をかけて追い詰めていく。


そして、オークロードが屈みこみ、彼女をまさに襲おうとした瞬間。




裸絞。


僕は、チョークスリーパーをオークロードの首にかけた。

だが、右の肘に左手を回してロックすることはできたが、左腕の締めが甘い。


オークロードの首の筋肉が固すぎて、左腕を食いこませることができないのだ!


僕は懸命に食い込ませようとするが、奴は立ち上がり、僕の足場を作らせない。

人間相手なら腰に足を回すこともできるが、体格差が大きすぎて、それもできない。


暴れるオークロードの背に乗り、必死に耐える。

僕は、まるでロデオのように振り回される。


そんな僕を青髪のお姉さんが驚愕の表情で見上げているのが視界に入った。



僕は《インベントリ》から、斬撃強化の加護のついた魔剣を出し、彼女に《リフレッシュ》を打ち、叫んだ。


「はやく!こいつを攻撃しろ!」


僕の怒声に、彼女は正気にかえった。

魔剣を手にとると、オークロードに《スマッシュ》を放つ。




サクッ


彼女が握っている魔剣は、いともたやすくオークロードの筋肉に覆われた腹に刺さった。


オークロードは、呆然として、自らの腹に刺さった剣を見つめた。

まるで、時がとまったかのようになった瞬間。

オークロードの首の筋肉が緩んだ。


僕は、左腕を強烈に締め上げると、一気にオークロードの血管を圧迫する。

そして、オークロードの右腕に両足を絡ませて、ダイアゴナルを作り出す。

両足のロックができた僕は、そのダイアゴナルで全身の筋肉を弓のように反りあがらせ、さらに左腕からのプレッシャーを強める。


そして、十秒が経った。


オークロードは膝から崩れるようにして意識を失った。

その巨体が崩れ、地面に座り込んだ。


だが、僕は、まだ手を緩めない。

息の根を止めねばならないからだ。


青髪のお姉さんも、返り血と臓物の破片を浴びながら、オークロードの腹に剣撃を打ち込み続ける。


そして、オークロードの身体が冷たくなり、生命の波動を感じることができなくなった。


僕は手を緩めて、地面に崩れ落ちた。

息をする体力すら残されていなかった。



息を整るのにどれだけの時間を要したのだろうか。

僕はやっと落ち着いたので、《ヒール》と《リフレッシュ》を自分に連打し、ゆっくりと立ち上がった。


青髪のお姉さんを探す。

彼女はどこに行ったのだろうか。


見回すと、すぐに見つかった。

彼女は、同じ部隊の同僚だった肉片に近寄り、遺品を探しているようだった。

そんな彼女に対して、僕は心のなかで詫びることしかできなかった。


彼女の仲間を守ることができなかった。

僕はあまりに無力だった。


自然と、頬を涙が流れてきていた。

ただただ悔しかった。



そんななか、またもタナカの声が聞こえてきた。

『……まさか奴がやられるなんて。次は四天王ナンバー2の俺が出るしかあるまい』

意味不明だった。

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