第11話

昨日の『ゴブリン道場・上』での戦闘の疲れをとるために、夜の狩りをお休みすることにした僕は、ひげ面のおっさんの店の前に来ている。


僕が店のなかに入ると、いつもは受付にしか人がいないのに、待合テーブルのようなところにも何組か人がいた。

早い時間帯だと、人がいるんだね……。


僕に視線が集まるので、伏し目がちに、奥のカウンターに向かう。


「昨日の精算、終わってますよ」

いつもに比べて覇気がない茶髪の受付嬢が声をかけてきた。

よく見たら目の下に隈ができているし、激務でお疲れの雰囲気が出ている。

ひょっとして、僕の精算をするのに徹夜をしたのだろうか。

してないよね?


僕が銀色のカードを渡すと、彼女は金のカードに交換してくれた。

「今日から金等級になります。おめでとうございます!」

「……どういたしまして……」

彼女は疲れているっぽいのにテンション高めに、僕にお祝いをしてくれる。


けれど、僕は価値が分からないからどう反応してよいのか困ってしまう。

しばらく僕がカードを眺めて、どうしたものか考えていると、彼女から話しを変えてくれた。


「では、さっそくですが、昨日の報酬とレアドロップになります!」

そういって、革袋を次々とカウンターの上に並べていく。

後ろの待合テーブルに座っていた人たちから、騒めきがあがる。

二十袋ぐらい並べた後に、二十個ほどの種と、装備品二点が並べられた。


僕は、あいかわらず革袋の中身を検めず、種とともに無造作に《インベントリ》に入れていく。

残された装備品は、売るかどうか迷ってしまう。


「こちらは、いずれも高位の装備品になります。一つ目が、斬撃強化の加護のついた魔剣で、二つ目が、自動回復の加護のついた聖銀のネックレスになります」


僕は、両方とも売らずに持っておくことにした。

魔剣の方は、僕は使わないだろうけど、どこかで役に立つかもしれないし。

ネックレスは、クロエへのプレゼントにしてもよいかもしれない。


精算もすんだので、僕は受付嬢に聞いてみることにした。

「これと同じものは、どこか店で手にはいりますか」

そういって、僕は、聖銀のネックレスを持ち上げる。


彼女は、僕が初めて質問をしたので、一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに仕事の顔になった。

「そちらと同じものですと、非常に高額になると思います。滅多に手に入らないので、大店であっても在庫があるかどうか……」


その回答に、僕がしょぼくれていると、彼女が声をかけてくれた。

「もしよかったら、私が取り扱ってそうな店をご案内します。金等級の方ですので、そのぐらいのサービスはしますよ!」


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そうして、僕は、街の中心部にある大店に足を運ぶことになった。

今回は、茶髪の受付嬢さんが一緒に買い物をしてくれるので、ちょっと安心だ。

すごく親切で助かる。

都会で買い物なんてしたことがないので、お店も知らないし、買い方も分からない。


大通りを並んで歩いている彼女に僕はお礼を言おうとしたが、よく考えたら、僕は彼女の名前を知らなかった。

「あの……、ご親切にありがとうございます。えーーっと……」

「モニカですよ。そういえば自己紹介してなかったですね」

彼女が僕を見上げながら、続ける。

「タナカさんがこんな時間に来られるのは初めてなので、びっくりしました」

「昨日の戦闘で疲れたから、今日はオフにしただけですよ。明日からは平常運行するつもりです」

「いつもたくさん納品してくれるので、みんな本当に助かってますよ。明日からもよろしくお願いしますね」

そんな会話を続けていると、目的のお店についた。


僕の眼前には、石造りの二階建ての建物がそびえたっていた。

石柱は植物を象った装飾が施されており、壁は美麗な彫刻がなされている。

僕が唖然としていると、モニカさんが僕の手をとって引っ張ってくれた。

入口の大きなドアへと導いてくれる。


「こういうお店に来るのは初めてですか?」

「うん……。僕はまだ九歳だしね……」

「またまた、ご冗談を!」

彼女は笑いながら僕の腕をたたいてくる。

モニカさんはジョークと受け取ったのだろう。


やっぱり僕は九歳に見えないようだ。

身長が180センチもあるから、そりゃそうかもしれないけど、地味に傷つく。


入口付近で、彼女が店員と二言三言会話すると、僕たちは奥の応接室に案内された。

店内のショーウィンドウに飾られている商品をじっくり見たい気持ちもあったけど、そんな時間もなく、応接室のソファに座ることになってしまった。


応接室で待つことしばし。

紅茶を優雅に飲んでいるモニカさんを見ながら、僕が手持無沙汰になっていると、応接室のドアがノックされて、太ったおじさんが出てきた。


「これはこれは、金等級のタナカさま。お噂はかねがね伺っております。当店をご利用いただけるということ、誠にありがとうございます。当店にとっては、この上ない名誉と存じます」

風格があるのになぜか腰が低い感じの人だった。

こういうときに偽名のタナカを言われると、いたたまれない気持ちになってしまう。僕の本名はワイトというんです。実は。


僕は、聖銀のネックレスと同じものが欲しいことを伝えた。

「これと同等の商品はたしかに在庫が一点だけございますが、それなりの値打ちのあるものですので、お値引きが難しいのですが……」


おじさんが困ったように言うので、僕は今日の精算で受け取った革袋を十個、応接テーブルの上に出した。

モニカさんとおじさんがギョッとして目を見開く。


「これで売ってくれ」

僕がそういうと、おじさんは革袋をそれぞれ開けて、ひとしきり中のコインを調べた。

「すぐにお持ちします!」

そして、席を外した。


おじさんが席を外すと、モニカさんが頭を押さえながら言った。

「はぁ……。いきなり金額を出し過ぎですよ。値引き交渉をすることもなく、相場よりかなり高い値段で買うことになってしまいました……」

「そうなの? ……まぁいいや」

「まあいいやって……」

モニカさんがジト目で僕を見ていると、おじさんが応接室に戻ってきた。


クッションを敷いたケースの上に、聖銀のネックレスが置かれている。

たしかに、僕の持っているものと同じ品だ。


「こちらが保証書と領収書になります。クーリングオフの期間は……」

おじさんの説明を適当に聞き流しながら、僕は、聖銀のネックレスを二個並べて悦に浸っていた。

モニカさんが説明を聞いてくれているし、問題ないだろう。


クロエとペアのネックレス。

今年の誕生日プレゼントはこれだな。


僕は内心のニヤニヤが止まらず、それがどうしても顔に出てしまう。

そんな僕を見ながら、モニカさんはどこか呆れているようだった。

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