第10話

日中はトレーニングやクロエとの遊びに明け暮れて、夜中は『ゴブリン道場・上』にアタックする日々を送っているうちに、僕は九歳になった。


トレーニングや狩りで、少しづつ成長を実感できている。

白魔導士は最弱だといわれるけど、寝る間も惜しんで鍛えて、疲れたら《ヒール》や《リフレッシュ》をし、また鍛える。そして、食事も馬鹿みたいに食べる。

その繰り返しで、とうとう身長は180センチになり、村のだいたいの大人よりも体格がよくなってしまっていた。


『こんな小三がランドセル背負ってたら、嫌すぎる』


タナカが相変わらず意味不明なことを言ってくる。

なんとなく僕を貶しているのは分かるけど、彼の世界の単語はどういう意味なのかよくわからないものが多い。


でも、その成長のおかげで、やっと『ゴブリン道場・上』の制圧の兆しが見えてきた。


城門を丸太で襲撃し、敵が警報を鳴らすと、別の城門を丸太で襲撃する。

要塞の中に火炎瓶を投げ込む。


そうした嫌がらせを、一晩中延々と行う。

翌日も、その翌日も連続連夜だ。

絶対にゴブリンを休ませてやらない。


青いゴブリンが城壁から弓や魔法で攻撃してくることも多々あったが、それらを全身で受けたところで《ヒール》をすればノーダメージだ。

城壁の上の青いゴブリンが愕然とした表情をしていた。

あまり気にすると、こちらの心が病んでしまいそうになりそうだったから、見なかったことにする。


歩哨を手当たり次第に殺し、丸太で城門を突き上げまくる。

それを怒涛の勢いで繰り広げる。


そして、とうとう。

城門の一つがとうとう大きく軋んだ。

僕は、閂を弾きとばしたのだ。


城門を丸太でこじ開けた先で、青いゴブリン達が恐慌を起こしていた。


城門を破られるなど、想定外の事態なのだろう。


僕は手近な青いゴブリンを殴り潰すと、次から次へとゴブリン達を殴殺する。

もちろん、《インベントリ》に入れるのは欠かさない。


倉庫にある物資はすべて没収し、逃げる青いゴブリンは息の根を止め、どんどん要塞の奥に進んでいく。

奥に進めば進むほど、立派な鎧を着こんでいたり、集団で襲い掛かかってきたりする。

だが、僕の膂力の前では虫けら同然だ。

ひとしく、死を与えてやる。


ゴブリンたちの声が聞こえなくなり、静かになった。

あらかた倒してしまったのかもしれない。


要塞の中心部に位置する城のなかを僕は悠々と進んでいく。


ドアがあれば開けて、室内の貴重品っぽいものを《インベントリ》に入れる。

今日は久しぶりにかなりの収穫だった。


そうこうするうちに、城の最上階にたどり着いた。


玉座の間とでも呼べばいいのだろうか。

かなり広くて立派な部屋の上座に据え付けられた椅子に、そいつは座っていた。


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そいつは、僕の姿を見ると、悠然と立ち上がった。


僕よりも体格は小さいが、それでもゴブリン種には類を見ない大きさだ。

頭には王冠のように複数の角をはやしており、その眼光からは強者の威を発し、憎々しげに僕をにらみつけてきている。

そいつのプレッシャーを受けて、僕の額には汗が浮き出てくる。


僕は様子を伺いながら、どう攻めるか組み立てを考えようとした……


その瞬間。




襲。

避。

撲。

蹴。


僕がまばたきをした一瞬に、そいつは距離を詰めてきた。

僕はとっさに状態を反らしたが、そいつの放ったボディーブローを思いっきり腹に喰らってしまう。

口から内臓が飛び出そうになってしまうが、なんとか堪えて、右脚からキックを放ち牽制する。


咄嗟の右キックで距離をとれた。

僕は、その手合わせで分かった。


―――こいつは強い―――


僕は《ヒール》で回復しながら、どう切り崩すかを考えた。


そして、右ローキックを放ち、相手が飛び込むスペースをわざと作った。

そいつは僕が誘い込んでいるのを理解したのか、飛び込むのを躊躇する。


様子をみているうちに、僕の右ローキックが何発か当たった。

僕の狙いを読み取ったのだろう。

そいつは怒りの表情を浮かべて、後ろに跳躍した。


僕の狙いは、相手の脚にローキックを打ち込み、動きを封じることにあった。


まだ封じるとまではいかなかったが、数発あてたことで、明らかに下半身の動きを鈍くすることができた。

相手に警戒心を植え付けることもできたので、一応、成功したと評価できるだろう。


僕は、左足を前に出して斜めにスタンスをとると、顔を守るように左腕で隠し、右手を後ろに構える。


さっきは不意を打たれて距離を詰められてしまった。

同じ轍を踏まない。

このスタンスならば、急所を守りながら、カウンターを打ち込めるはずだ。


円を描くように左に振れるそいつの動きにあわせて、僕は繊細な足さばきで身体を回していく。



その刹那。


そいつは急に右にステップを踏み、僕の身体にとびかかってきた。

僕は腰だめからの右拳を、そいつの顔面に打ち込み、手ごたえを感じた―――



だが、そいつは顔に打撃を喰らった瞬間、空中で体を反らし、僕の右手を取ったのだ。

そのまま、僕の肘にそいつは絡みつき、そして、極めてきた。



ボグッ



僕の右ひじは、腕挫十字固により粉砕された。


「ぐぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」


腕を折られた!

生まれて初めて!僕は腕を折られた!

未経験の脳に響く痛みに、僕は絶叫をあげた。


そいつは、僕の腕から離れると、僕を見下すかのように邪悪な笑みを浮かべる。

勝利が確定したとでも思ったのだろう。


『《ヒール》だ!!はやく回復しろ!!』

タナカに言われるまでもなく、僕は《ヒール》を連発して右肘に打ち込む。


すぐに僕が回復してしまったので、そいつは慄いていた。

この戦いが始まってから、初めてそいつに恐れを抱かせたのかもしれない。


僕は、もう容赦をしないことに決めた。


こいつは絶対に殺す!!


無造作にそいつに近づくが、そいつは後ずさって距離が縮まらない。

僕の放つ怒気が、そいつを委縮させているのだ。


そして……


そいつはとうとう壁際に追い込まれた。

もう逃げ場はない。


僕の放つ圧に耐えかねたのか、そいつは歯を剥き出しにして飛びかかってきた。


僕は同じ過ちは犯さない。


そいつの右手首を左手で掴んだ。

掴んだ左手を横にひくことで、そいつの身体を流す。

そして、そいつの首の下に右ひじを入れ、全体重をかけて、足を払った。



体落とし。



投げ技により、そいつの全身が宙を舞い、背中から床にたたきつけられる。

さらに、僕の全体重が乗った右肘が、ギロチンのようにそいつの首を襲う。



パキーーーン


まるで金属音のような音がして、そいつの首は折れた。


だが、僕は全体重を乗せたまま、押さえ込む。

肘に体重をのせて動きを封じ、さらに負荷をかけつづける。

まだ死んでいない。

これだけの強者を相手に、油断だけはしてはいけない。


ひゅぅひゅぅ……という呼吸音が喉の奥からしていたが、しばらくして、やっとその音は聞こえなくなった……。


僕は勝った。


その理解が追い付くまで握りかためていた僕の左手と、右こぶしは、解くのが大変だった。

全体重を乗せて、相手の首に押し込んでいた右肘も、まるで石になったかのようで動かすのが大変だった。


僕は、やっとこさ崩れるように壁を背にして座り込むと、死んでしまったそいつを眺めた。


感傷に浸るつもりはない。

こんな強者でも負ければ死んでしまう。

そんな世界に僕は身を置いているのだ。

その現実を、そいつの死体が教えてくれているようだった。




『だが、やつは四天王の中で最弱……』

僕は、タナカがロクでもないことを言っているのだけは分かった。


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