期末テストの勉外戦

荒巻 如才

これは勉外戦である

「なに読んでんの?」


 私は、となりの席に座っている宮門(みやかど)セージに話しかけた。中背で細身で色白の、明らかに運動とは縁の無さそうな男子だ。実際、彼が体育以外で走っているところを見たことがない。


「シャーロック・ホームズ……」セージは、私の方をチラリとみると、ぶっきらぼうに答えた。愛想のない奴である。しかし、私はその程度のことで引き下がるわけにはいかない。私の作戦は始まったばかりなのだ。私は目的達成のため、この無愛想極まりない男に対して、努めて明るく振舞ってあげた。


「あー、知ってる。外見だけで相手の職業とか当てちゃう探偵だよね。子供のころ読んだことある。児童文学版だったけど。赤ひげ同盟とか今でも覚えてる」


「赤ひげじゃなくて、赤髪な」


「どっちでも同じじゃん。そういう細かい男って嫌われるのよ。それにしても。随分と余裕なそぶりね。期末テストまで二週間切ってるのに、教科書じゃなくて、のんびり小説読むなんてさ」


「別に。いつも勉強してたら息が詰まるから、息抜きかな。それに、たかだか学校の期末テストくらいで、必死こいて勉強する必要もないし」


その返答に、私はちょっとムッとしてしまった。


「あんたさぁ。覚えてるの? 今度のテスト、私とあんたで勝負してるってことを」


私は、セージに念を押すように言った。そう、私こと一宮(いちみや)アスナは、この男、宮門セージと期末テストの成績を巡って勝負をしているのだ。自慢じゃないが、私は勉強が得意で、中学の時は三年間ずっと学年でトップだった。それは高校生になってからも同じで、一年生の時から、成績はずっと学年で一番だった。だから学内では才女として通っている。

なかには私のことを絶対女王なんて呼ぶ人もいる。恥ずかしいので、呼んで欲しくないといつも言っているけれど。


しかし、二年生になってから転校してきた、この宮門セージという男が、私を学年トップの座から転落せしめんとしている。というか転落した。一学期の期末テストで、私はこの男に高校生活で初の敗北を喫したのだ。この男が学年トップとなり、私は二位に甘んじた。


 なので、二学期の期末テストは私にとって雪辱戦であるとともに、最終防衛ラインともいえる。一度だけの敗北ならば、体調が悪かったとか、ヤマがはずれたとか、色々言い訳が聞くけれど、二回連続してトップを奪われたとなれば、名実ともに学年トップではなくなってしまう。たとえ、その後のテストですべて学年トップを奪還しても、人々の記憶には、学年で成績のトップ争いをしていた人くらいの扱いになるだろう。絶対女王と呼ばれることは二度とない。いや、呼ばれたくないけど。


「もちろん覚えてるよ。負けたほうが、学食で昼飯を一回おごるって約束だったよな」


「そうそう。ちなみに、私が勝った場合のみ、デザートも頼んでいいことになってるから、よろしく」


「おいおい、いつそんな約束になったんだよ! 勝手に付け足すな」


「いいじゃない。あんたが王座防衛する側なんだから。それとも、自信がないの? いっつも強気なことばっか言ってるのに」


私が、ニヤニヤ笑いながら言うと、セージは露骨に不機嫌になった。


「フン。別にいいよ。俺が勝つのは絶対だからな」

 

 子供みたいにわかりやすい反応である。


「ほんと、自信過剰な男ね。あんたって」

「過剰じゃねーよ。前回学年一位なんだから当然の態度だ」

「ふーん。じゃあ、ちょっと問題出してあげる。学年一位様なら簡単でしょ?」

「問題? いいよ。どんな問題でも答えてやるよ。国語でも英語でも数学でも、なんでもこいよ」


 私は思い通りの展開になったことで、自然と笑みがこぼれた。満足げな笑みを浮かべたまま、私は事前に用意していた問題を披露する。


「では、第一問。檻(おり)は檻(おり)でも、閉じ込めるとペチャンコになっちゃう檻はなんでしょう?」


「は? お前それ、ナゾナゾじゃねーか!」


「なによ。どんな問題でも答えるって、さっき言ったばかりでしょ」


「この屁理屈(へりくつ)女め。全く、なんで俺がナゾナゾなんか……」悪態をつきながらも、セージは腕を組んで考え始めた。本当、負けず嫌いな奴である。

「意味が分からん。ペチャンコになるってなんだよ。プレス機か?」


「はい、ざんねーん。正解は、しおり、でした」


「く、くだんねー。つーか栞(しおり)は初めからペチャンコだろーが」セージは頬杖をつきながら、口を尖らせて不満げに言った。


「はーい、負け惜しみ。では次の問題。ある所に男の人がいました。彼がバスに乗ろうとしていると、道路の片隅に花が咲いているのを発見しました。さて、その花の色はなんでしょう?」


「もはやナゾナゾですらねーじゃねーか!」


「はいはい、言い訳はいいから。ちゃんと考えて答えてみてよ」


「馬鹿馬鹿しいな。じゃ、黄色」


「ざんねーん。正解は赤色でした」


「だからどういう理屈なんだよそれ!」


「あれ、分からないの? 学年一位様なのに?」私はニヤニヤしながら聞き返した。


セージの奴は、顔を真っ赤にしながら何か言おうとしていたが、教室に次の授業の先生が入って来たので、会話はそれで終了となった。



 午前中の授業が終了し、お昼休みになった。クラスメイトとお弁当を食べて、ふとセージのほうを見ると、またしても読書をしていた。転校して来てまだ間もないから、仲のいい友達はいないようだ。愛想のない性格も災いしているのだろう。

 可哀そうにも思えるが、私の作戦においては好都合である。私はスマホを取り出し、占いアプリを開く。そして、セージに語り掛ける。


「ね、あんたって何座?」


「ナニザってなにさ?」セージの奴は、本から私に視線を移し、鬱陶しそうに返事をする。

「星座よ、星座!」


「かに座だけど、なんか意味あんの?」


「占いアプリで、あんたの勉強運みてあげる。ちなみに私は乙女座で、今月の勉強運は最強だってさ」私は説明しながら、占いアプリに入力する。


「勉強運だぁ?」


「あ、出た出た! うわー、可哀そう。カニ座の人の勉強運、今月は最低最悪だって! 覚えたことはすぐ忘れちゃうし、ヤマは外れるし、ケアレスミスの連発でテストは酷い結果になるだって!」私はニヤニヤしながら言った。


 実を言うと、占いアプリにはそんな文言は表示されていなかった。そう都合よくカニ座に悪い結果が出るわけない。しかし、セージの性格から考えて、占いの結果なんて見るわけがないから、私は口から出まかせを言ったのだ。


「はぁ。馬鹿馬鹿しいな。占いでテストの結果が分かってたまるかよ。大体、学校のテストなんて、ちゃんと真面目に勉強してたら酷い結果になんてならねーよ」案の定の反応をするセージ。

「ひどーい。そこまでバカにするなんて。占いだってちゃんと当たる時は当たるんですー」私は口を尖らせる。


「そりゃ、当たるときは当たるわな」


「じゃ、私が当たるようにしてあげる」


「はぁ?」


怪訝そうな表情を浮かべるセージを無視して、私はセージの顔の前に人差し指をもっていき、それをクルクル回しながら言った。


「あなたは、ケアレスミスをしたくなーる!」


「変な暗示をかけるな! っていうかケアレスミスしたくなるってどんな暗示だよ」


「ワハハハ。これは、暗示ではない。呪いなのだ!」


「そんなんで呪われてたまるか! 全く。くだらない盤外戦(ばんがいせん)なんて仕掛けるなよ」


「ばんがいせん?」知らない言葉だったので、私は聞き返した。


「なんだよ。そんなことも知らないのかよ」セージは得意げに語りだした。「将棋とかの対戦で、対局前に相手を挑発して精神を乱れさせたり、対局中にわざと咳き込んだり舌打ちなんかしたりして、相手の集中力を乱れさせたりする戦法のことだよ。ま、簡単に言うと嫌がらせだな。将棋盤(しょうぎばん)の外で勝負を仕掛けてるから、盤外戦(ばんがいせん)っていうの。勉強になったか?」


「ふーん。変なことに詳しいのね。あんた」私は、うなずきながら考えていた。なるほど、私は自分ではそうと知らず、盤外戦というものを仕掛けていたことになるのか。


「とにかく、ナゾナゾやら占いやら仕掛けてきたって意味ねーよ。そんなんで俺が心を乱されて勉強に集中できなくなるなんてことはねーし。つーか、そもそも期末テスト程度で集中力もクソもねーけどな」


 「大した自信ね」私は愛想笑いを浮かべながら、心の中でほくそ笑んだ。自信家のくせに鈍(にぶ)い男だ。ナゾナゾや占いが、小手調べに過ぎないことに気づかないとは。これなら、〈あの作戦〉を実行しても問題ないだろう。


 私が作戦を練りながらニヤついていると、昼休み終了のチャイムが鳴って、次の授業の先生が入って来た。山下先生は必ずチャイムと同時に入ってくる。

 私は授業を受けながら、ぼんやりと考えていた。将棋盤の外で勝負を仕掛けるから盤外戦か……。中々おもしろい言葉もあったものだ。でも、私がやっている事は、勉強じゃないところで勝負を仕掛けているのだから、「勉外戦(べんがいせん)」と呼ぶのがよいのかもしれない。


しかし、我ながら難儀な性格だ。正々堂々、真っ向勝負を仕掛けた方が、可愛げがあるのだろうけれど。



私がセージに勉外戦を仕掛け始めてから十日が過ぎた。月曜からはじまる期末テストまで、あと二日。今は土曜日の夜だ。

私は読書をしていた。流石に勉強をしないとまずいと思い、ひとまず本を机に置く。しかし、次に手に取ったのは教科書ではなくスマホだった。勉強の前に、最後の作戦を決行することにしたのだ。

今頃アイツは、真面目に勉強していることだろう。口ではなんだかんだ言っても、負けず嫌いのアイツのことだ。万が一にも私に負けないよう、必死に勉強しているに違いない。


ククク。私の最終奥義が控えているとも知らず。そう、たとえ土日だろうが、私の勉外戦に休みはないのだ!


私は、最後の作戦を実行すべく、スマホを操作してチャットアプリを開く。そして、新しく追加したフレンドにメッセージを送る。

「どう? 勉強頑張ってる?はーと」


一分も経たぬうちに、私の送ったメッセージに既読表示がつく。しかし、なんの返答もない。じれったい奴だな。二、三分経ってようやく返事がきた。


「すみません。どちら様でしょうか?」


私は思わず吹き出してしまった。いつも偉そうで、ぶっきらぼうなアイツが、こんなに丁寧な返信をするとは。内弁慶(うちべんけい)にもほどがある。


そう、実は私は密かに、セージのチャットアプリのIDをゲットしていたのである。そして、桶(おけ)狭間(はざま)の奇襲よろしく、奴が必死に勉強しているであろう時間を狙ってメッセージを送ったのだ。


まぁ、アイツからしてみればたまったもんではないだろう。どこの誰とも知らない相手から突然メッセージが来るなんて。

もう少し焦らしても面白いのかも知れないが、流石に嫌がらせが過ぎるので、私はネタバレをすることにした。


「あなたの隣の席の美少女です。ハート」


「なんだよ、びっくりさせるなよ。くだんねー」


まったく、チャットでもぶっきらぼうな奴である。


まぁいいや。びっくりさせるのが目的ではないのだから。フフフ……。さて、では食らうがいい。私の最終奥義――




――飯(めし)テロ!!!!



私は、秘蔵のラーメン画像を三枚ほど、奴へ投下してやった。どれも私が一流と認めるラーメン店で、実際に私が撮った写真だ。


ククク、土曜日の夜、しかも勉強の最中に送られる美味しそうなラーメンの画像。これを見て、精神を乱されない人間はいないのだ! これぞ我が勉外戦最後の一手! 私はセージがどんな反応をするのか、楽しみでならなかった。

ところが、予想に反してセージの返信はそっけないものだった。


「なにこれ。」


「ラーメン」


「みりゃわかる」


「おいしそうでしょ? 食欲がわいちゃうでしょ? 勉強が手につかないでしょ?」


「あー……。飯テロ?」


「それな」


「残念でした。俺、あんまラーメン好きじゃないの。っていうか麺類が好きじゃないの」


「は?異星人じゃん」


「なんで麺類好きじゃなかったら異星人になるんだよ。」


「そんな人間が存在するなんて。。。」


「肉のが好き」


「それは認める。っていうか飯テロ不発とは思わなんだ」


「ご愁傷様ですw」


「でも呪いかけてあるから」


「あんな呪いは効きません。」


「呪われろ!」


「強引すぎるだろw あ、っていうか勉強の時間奪われてる? まさか、これが真の狙い……」


「ククク。ようやく気付いたか愚か者め」


「三文芝居やめw っていうかお前の勉強時間も奪われてるやんw もういいからw  俺勉強するからw 天地がひっくり返っても絶対負けねーからw」


もう少し続けたかったが、流石にこの辺で邪魔をするのはやめにした。私も勉強しないといけないし。しかし、相変わらず自信過剰な奴である。

私はスマホを置いて、机に向かう。教科書を広げ、さっきまで読んでいたシャーロック・ホームズの本は本棚に戻した。

まだ二冊しか読んでいないけど、会話に困ることはないだろう。


さて、勉強だ。と思ったのだけれど、誘惑に駆られてスマホを手に持つ。ちょっと調べものをしようと、ネット検索のアプリを開こうとする。しかし、誤タッチで占いアプリが開かれる。

この間の占いの結果が表示されていた。それは、乙女座とカニ座の今月の恋愛の相性は最高という結果だった。私は思わずニヤついてしまった。


私は占いアプリを終了して、検索アプリを開く。お肉料理の美味しいお店を調べておかないと。学食じゃ味気ないから、ラーメンにしようと思って、飯テロを装ってどのラーメン屋がいいか選ばせようと思ったのに失敗してしまった。

それにしても、麺類が好きじゃないってのはショックだ。でもまぁ、そんなことは大した障害じゃないか。

着て行く服はどうしよう。心理テストの結果によると、黄色の差し色をするといいらしい。私は「勉外戦」のことで頭が一杯で、勉強が手に付かなくなっていた。期末テストの結果は酷いことになりそうだ。


しかし、この勝負、最後に勝つのは私だ。

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