優しい女の子

「お爺様をかけて勝負よ」


「へ?」

 戦う?伯爵をかけて?なんで?

「私に負けたらこの家から出ていって」

「すいません、どうして僕とアンジュ様とで争わなければならないのですか?」

 さっきの稽古を見たのが悪かったのか?それとも食事中に何かやらかし......。あ、

「伯爵様が俺に時間を割いてくれる分かまってもらえる時間が少なくなるから俺を追い出そうってことか」

 納得だ。それなら最初からあたりが強かったのも頷ける。お爺様をかけて、なんて言葉も出てくるはずだ。

「ふざけないで、なんで私があんな骨と皮膚しかないような老人に構ってほしいなんて思わなくちゃならないの。私があんたと勝負するのはあくまで私自身の為」

 何言ってんだこいつ......。さっきがっつりお爺様をかけてとか言ってただろうが。

「じゃあどうしてお爺様をかけてなんて言葉が出てくるんだ?」

 おっと、いつもの口調が......。一応居候みたいな立場なんだから気を付けなきゃ。

「そんなこともわからないのかしら?お爺様以外の誰がこの世界のことを教えてくれるというの?私は教える気はありませんよ」

 言われてみれば確かに......。てか、追い出すってことはこの家に来るなってことだよなあ。こんな負ける可能性の高いうえに勝ったときのメリットが低い提案なんか乗っかれないよ。

「僕はその勝負を受けることはしません」

 だからきっぱりと断った。アンジュの目を見て、しっかりと断った。なのに、


「おいおいおい。男が女の誘いを断るのはよくないだろ」

 何処か煽るような野次が後ろから飛んできた。後ろには、ボディビルダーの如き筋肉を持った茶髪の中年がいた。黒い上衣に下は長ズボンの様な服といった装いでこちらを上から見下ろしていた。彼の茶色い瞳と視線が合う。


「わ、わかりました」

 なんとも言えない威圧感に、俺の弱い肝は簡単に萎縮し、傍に置いておいた木剣を持って中庭に早足で入る。

 なんだよあのおっさんはぁ!!

「勝敗の決着の付け方はどっちかが降参って言うまでね」

 言うが早いかアンジュは物凄いスピードで俺の方に突っ込んできた。とりあえず、木剣を両手に持って振り上げる。

「おらあ!」

 足止め成功!アンジュの体は俺の振り上げた剣でビビって動けない!

「いっけええええ!!」

 振り上げた木剣をアンジュの肩目掛けて振り下ろす。

 ん?今、笑った?

「い、いない!?」

 さっきまで視界にアンジュがいたのに!消えた?どこに......。

「動きが素人同然よ!!」

 横にいたのかよ!?痛い。めり込んでる。

「ぐえっ!」

 体が、転がったのはわかる......。土煙で視界が悪いし、口の中が土だらけだ。

「うえ、ぺっ、ぺっ」

 汚いけど、この不快感を味わい続けるよりはマシだ。それよりも......。

 右脇腹は、少し意識を向けるだけで鈍い痛みが返ってくる。単純な打撲とかで済めばいいけど......。


「考えてる時間なんて与えないわ」

 後ろ。すぐ後ろにいる。早く起きなきゃ──。

「だはっ!」

 背中......。でも、さっきよりも痛くない。ただ押し当てるような攻撃。油断してる。

 アンジュは今、油断してる!俺が立つのを阻止し続けるつもりなんだ。思考停止でできる簡単な作業だと思って油断してる。

「起きなさいよ」

 蹴っても、無駄、だ。今は、このままやり過ごす。俺が立って剣を振れるような大きな隙が生まれるまで......。

「何?くたばったわけ?」

 無視......無視......。

 背中、腹、足、どこを蹴られても、反応しないんだ。死んだと思うだろ?さあ、隙を見せろ!結構耐えるのシンドイし、辛いんだ。早く......。

「うそ、嘘でしょ」

 ん?蹴りが止んだな。

「起きてよ、ねえ、起きてよ」

 あれ?さっきと全然声違くね?なんか、涙声というかなんというか。

「死んだフリしてるだけなんでしょ?ねえ、そうなのよね?ね、もう戦わないから、起きて......」

 背中に感じる水っぽさは涙、か?今、アンジュは泣いてんのか?俺が動かないから、死んだと思って?

......なんだよそれ。自分でやったことで泣くって。小学生かよ。

「ごめん、なざい......。追い出すとか言ってごめんなざい......。ごめんなざいぃ......ごめんなざいぃぃぃ」

 やべえ、見た目は中学生位なのに中身は小学生だ。体は大人、心は子供!とか考えてる場合じゃねえな。

 なんか背中にズシッと重いものが乗ったと思ったら凄い勢いで背中が濡れてくるんだもん。

「はいはい。わかったわかった」

 俺は、背中に乗って俺のシャツに涎と鼻水と涙を擦り付けているであろうアンジュの頭を後ろ手で撫でた。

「生きてるの?」

 一切トゲのない言葉が耳をうつ。

「ああ、生きてるよ。だから泣くな」

 背中で一層大きく鼻水をすする音が聞こえた。いい子だ。そう言おうと口を開く。


『根はいい子』伯爵が言っていた言葉は、間違いじゃない。反抗期ってのは今のアンジュ位の年頃で突入するものだからな。ただ、強くあたっても、しっかりと相手を思い遣れる優しさを持ってる。さっきの背中への打撃も、そんな優しさがあったからそこまで痛みを感じなかったんだろう。今、俺が死んだかもって泣けたのも根が優しいから。本当に、ちょっとだけそういう時期で反抗的なだけなんだ。


「トモキの、バカヤロー!!」

「──っ!?」

 叫びと同時に後頭部を殴打され、開けた口いっぱいに土の味が広がる。さらにそれを為した本人は今の一瞬の間に屋敷へ逃げたようで背中の重みはなくなっていた。

「まあ泣いてる姿なんて見られたくなかっただろうな。特に俺には」

 痛む体を強引に立たせて土を払う。

「でも、トモキのバカヤロー、か」

 ここに来て初めてのアンジュからの名前呼びは、距離が縮まった感じがして少し嬉しいなあ。

「と、そんなことよりも病院って異世界にあるのかな?」

 無かったらどうする......。いや、そんなことないだろ。異世界だし。

 俺は土埃と、とある人物の涙やその他諸々によって汚くなった服を着たまま、邸内へと戻った。

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異世界から帰ったら周囲の異世界の考え方にイラついたので現実を見せることにした。 希望の花 @teru2015

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