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起きた。
「おはよう。気分はどうだ?」
前の仕事の、同僚。
「ここは。俺はどれぐらい」
「今は夜。ここは病院の最上階。特等席さ」
真っ暗な病棟。窓の外だけが、ぼんやりと明るい。
「なんで。助かったんですか?」
「俺の恋人が、気付いて助けた。瓦礫に埋もれながら、俺の煙草もどきを吸っただろ」
「はい。吸いました。気分が和らいで、死ねると思って」
「それは勘違いさ。気管支をちょっとだけ拡張させるミントが入っているだけで、気分を安らげる効能はない」
「そうなんですか」
「でも、まあ。人を、繋ぎ止めることぐらいはできる」
同僚。偽物の煙草。一本だけ、枕元に置かれる。
「あとは、お前次第だ。このままだと、灯籠に彼女が持っていかれるぞ」
それだけを、言い残して、同僚は部屋を出ていった。
ベッド。
左隣が。
暖かい。
彼女が、眠っていた。左側。気持ちよさそうにしている。
まだ、あの場所に、いるのだろうか。
記憶はある。頬に触れようとして伸ばされた彼女の手が、自分をすり抜けたことも。切なげな顔も。
彼女の頬に、手を当ててみる。すり抜けることなく、彼女の頬の感触。やわらかく、あたたかい。
頬から、手を離して。
偽物の煙草。手に取る。
吸って、吐いた。
ミントの匂い。
彼女に。
キスをした。
ほんのすこしだけ、唇がふれて。離れる。
「煌他さん」
彼女の名字を。囁く。
彼女。
ゆっくりと
目が、ほんのちょっとだけ。
開く。
「茉白さん」
「おはようございます」
左隣の彼女。寄り添ってくる。
「なんで、あの場所へ。来たんですか」
「あなたに、逢いたくて」
それ以上。
言葉は必要なかった。
もういちどだけ、キスをして。
ふたりで、窓の外を眺めた。
灯籠の送り火が、見える。
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