第20話 七夕

 私達一年四組、五組、六組代表チーム改め、Ragged Uselessが正式に結成、試合のエントリーをしてから数日が経った。

 他のクラスの代表チームも次々とエントリーを済ませて、学校の雰囲気は一気に龍虎祭へと染まっていった。

 放課後に体育館を使う生徒も増えてきて、みんなのやる気が伺える。

 もっとも全員がいつも体育館を使えるわけではなく、使える日が予め決められている。そのおかげで広々と体育館を使える。

 そんな中私達はというと………

「海金砂、いくよー」

「うん」

 体育館の隅っこで私は大刀石花と向かい合っている。今日は私達が体育館を使える日だ。

 私達はキーを起動させた。私の手元にキーの光が集まってくる。すっかりキーが使えることにも慣れてはきたかな。

「よっと!」

 大刀石花が強く踏み込んで斬りかかってきた。私は瞬時に光を盾に変化させると斬撃を防いだ。

「くっ!」

 ダメージはある程度防げるが、単純な力技になるので、やっぱりこの防ぎ方は私には合わない。

 エネルギーの反発力を利用して間合いを取ると、盾を鞭へと変化させた。それを伸ばして大刀石花の刀を弾き飛ばそうとする。

 しかしそれを察した大刀石花は瞬時にゲートを出現させた。あっ、と思ったがもう遅い。

 ゲートに飲み込まれた鞭は私の真後ろに出現した。勢いに乗って私へと向かってくる。

「うわぁっ!」

 私は慌てて鞭を光に分散させた。何とか直撃は避けられたが、完全に体勢を崩した。

「おっ、チャンス」

 当たり前だけど大刀石花はその隙を突いてきた。足元にゲートを開いて飛び込んだ。

 私の背後にゲートが開いて、現れた大刀石花が斬りかかってくる。とてもじゃないが盾で防げる状況じゃない。

 とはいえちゃんとこういう時のことは考えている。

 私の周りを浮遊していたキーのエネルギーが私を守るように覆った。ドーム状のバリアとなり、死角からの攻撃もちゃんと防いでくれる。

 大刀石花の刀もバリアに阻まれて私に届くことはなかった。エネルギーが反発して、大刀石花は後退する。

 その隙に私はバリアを槍へと変化させた。それを大刀石花に向けて小さく息を吐く。

「ふぅ、私の勝ちだね」

「みたいだね」

「それじゃあ一旦休憩する?」

 そう言って槍を光に戻そうとした。

「それはどうかな?」

「え?」

 大刀石花のやろうとしてる事が分かった時には、大刀石花の足元にゲートが開いていた。

 そこに落ちた大刀石花は私の真横に出現して刀を振るった。すぐさまそれを槍で防ぐ。

「くぁッ!」

 しかし完全には防ぎきれずに、今度は私が後退した。槍が光となって分散して消えていく。

「よし、もらった!」

 武器が消えて勝機を見出した大刀石花が、突進してきて刀を振るう。しかし私は動くことはなかった。

「やあぁぁッ!…………うわわっ⁉︎」

 私まで後一歩というところで、大刀石花は盛大にコケた。転びはしなかったものの、さすがに転移して回避する余裕は無かったようだ。

「っととと!え?何なに?」

 整備されている体育館で転びそうになった大刀石花は、自分のいた足元を見た。

 そこには私のエネルギーの塊が床にくっついていた。分散した槍を変形させたもので、大刀石花はこれに足を引っ掛けたのだ。

 私はその光を手元に戻すとロープ状にして、大刀石花の腕に巻き付けた。これでもう転移しての奇襲はできない。

「さて、次はどこに転移するつもり?」

「意地悪言わんでくれ。降参降参」

 手を挙げた大刀石花が刀をキーに戻した。私もロープを解いてからキーへと戻す。

「友達に足を引っ掛けられて転ばされるってのは定番だけど、光の塊に転ばされるってのは初めてだね。ちょっとズルくない?」

「いや、降参したフリする方がズルいって」

 試合でやったら100%怒られるのは大刀石花の戦術だろう。

「あぁ〜、疲れた。休もっか」

「うん」

 体育館の壁によって座ると、そこに置いておいた水筒を手に取った。中身の麦茶を飲んだ。冷たい麦茶が身体に染み渡る。

「あっつい〜」

 大刀石花も自分のお茶の入ったペットボトルを手に取ると、体操服の襟をバサバサと煽って涼もうとする。

 体操服の裾が翻り、大刀石花の白い肌がチラッと覗いた。

 それを見た瞬間、不自然に背筋が震えた。疲れてだらけていた身体がピシッと固まる。

 押さえつけられているのとは違う、自分の身体の芯が固まったような感覚だ。

「ふぅ、お茶追加で買っといてよかったぁ」

 大刀石花はそんな私に気がつくことなくお茶を飲んでいる。

「って………!」

 これじゃまるっきり覗きみたいじゃないか!

 見てはいけないものを見てしまった恥ずかしさに、カァッと顔が熱くなる。

 な、何をやってるんだ私は。何でこんな事を………

 ここ最近キーが使えるようになってから色々ありすぎて忘れていた感覚が、今になってジワジワと戻ってくる。

 べ、別に何かやましい思いがあるわけじゃない………はずだ。

 たまたま目について、たまたま見てただけ………それ以上の何ものでもない………ないったらない。

「海金砂、どうかした?」

「ふぇッ⁉︎」

 ボーッと考え事をしていると、大刀石花が私の方を振り返った。大刀石花と目があって心臓が跳ね上がる。

「さっきからボーッとしてるし顔赤いけど、もしかして熱中症?」

「あ、いや、そんなんじゃないよ!大丈夫、大丈夫………」

 そのタイミングで私は大刀石花から目を逸らした。それなのにさっきまでの光景が目に焼きついてしまっている。

 それだけ意識してしまっていた事を自覚させられて、目の奥が茹で上がりそうになる。

「そう?ならいいけど、あんまり無理しないでね。ここ最近暑くなってきてるんだしさ」

「う、うん。ありがとう」

 確かにすっかり夏らしい気候になり、そんな時期にここまで激しい運動するというのは予想以上に疲れる。

 もっとも私達がそうというだけで、中にはこんな暑い中でも全然元気な人もいるわけで………

「おーい!お前ら休むの早すぎんだろ!」

 例えばこんな人とか。

 顔を上げると予想通り梢殺との模擬戦を終えた歩射が、こちらへとズンズン歩いてくる。

 予選を突破した歩射はすっかりやる気になっているようで、積極的に特訓に励んでいる。

 ある意味彼女のおかげでこのチームはチームでいられるのだろう。

 とはいえこの熱い性格はちょっと私には合わない。

「暑くて疲れたの。逆によくアンタは平気だね」

「練習始めて二十分するかしないかくらいだぞ?体育館いつも使えるわけじゃないんだし、できる時にやらないとだろ?」

 歩射は呆れながら、ステージに置いておいた自分のペットボトルの水に手を伸ばした。

「はぁ〜、疲れた〜。水飲みたい〜」

 梢殺もトボトボとやってきてから、だらしなく床に座って水を飲む。

 体育館には私達以外にも二チームが練習をしている。みんな私達のように模擬戦をして練習に励んでる。

 龍虎祭まで三週間ほど。私達は体育館の使える日に練習していた。といっても歩射に連れられて、だが。

 前半に模擬戦をして後半は反省点や改善点を確認して、その修正が終わればあっという間に練習時間は終わりだ。

 いつも通り話し合ってから体操服から制服へと着替えて、私は大刀石花と一緒に学校を出た。

 部活動をしてる人達が私達の横を通り過ぎていく。

「あぁ、ずっと刀振ってたから手クタクタだぁ」

 くたびれた様子の大刀石花がのんびりと自転車を引いている。

「体育でいつも使ってるのに慣れたりとかはしないんだ?」

「そりゃあね。海金砂はどう?キーの扱い慣れた?」

「まぁ………それなりに」

 歩射に尋ねられて、私は少し考えてから答えた。

 キーが使えるようになってから、学校に行く日はいつも使ってるし、いやでも慣れてしまう。

「あのエネルギーって重くないの?」

「形状にもよるけど、そうだね」

「羨ましいなぁ。私もそういう武器だったらよかったのに」

 たしかに刀を振るよりかは明らかに扱いやすいだろう。

 完全下校時刻が近かったから学校から出てきたけど、ちょっと休ませてあげた方がいいかも。

「その辺の公園でちょっと休んでいく?」

「え?あぁ………そうだね、そうする」

 というわけで、近くの公園に立ち寄った私達はベンチに腰掛けた。木の近くにあるのでそこはちょうど木陰だ。日が遮られ、涼しい風が流れてくる。

「いやぁ、ここまで動くと疲れもハンパないよ」

「大刀石花って中学の時部活やってなかったの?」

「一年の時に手芸部にいたけどすぐにやめた。一年生が部活必須で入っただけだし。海金砂は?」

「私も。何に入ってたかも忘れたよ」

 私は顔を上げてぼんやりと遠くを眺めた。すると遠くで何か鮮やかなものが揺れている。緑の葉に折り紙で作られた飾りがぶら下がっている。

「あれは………笹飾り?」

「ん?あぁ、そういえば今日七夕だったね」

 近くの公民館の外に飾られている笹飾りを見て、私も今日が七夕なことに気がついた。

 その下を見ると通りかかった小さな子供が置いてある短冊に願い事を書いて飾っている。

「お願いでも書いてく?『龍虎祭優勝できますように』って」

 答えの分かりきった質問を敢えてしてみた。大刀石花は苦笑いして肩をすくめる。

「やんないよ。歩射とかやってそうだけど」

「たしかに」

「海金砂は?何かお願いとかあったりするの?」

「え?お願い、ねぇ………」

 首を傾げて思考を巡らせる。

 純粋なお願いは色々ある。

 でもそれをわざわざ紙に書いて飾るという行為をしてまで叶えたいものかと言われると、そこまでの熱意はない。

 いくら心の中に溜め込んでいても、それは口から放たれることも手で示されることもなく、そのまま居続けている。つまりは

「無い、かな。大刀石花は?」

「私も………無いかな」

 きっと大刀石花も私と同じなのだろう。

 普段生活していて、願いなんて無限に湧いてくる。でもそれは気がつけば薄れていって、私達は願いが叶わなかった今を自然と受け入れている。

「小学生の頃さ、学校で短冊とか書かなかった?先生が大きな竹持ってきてさ」

「あぁ………あったね」

「海金砂はどんなお願い書いたの?」

「え?覚えてない、かな」

 小さい頃の記憶なんてロクに残ってない。どんなに印象に残ってても、『こんなことがあったかも』という記憶の残骸が残ってるだけだ。

「そんなもんだよねぇ。私も………覚えてないや。将来の夢とか、そんなだった気はするけど」

 大刀石花の将来の夢、かぁ………どんなものなのだろう。

 そんなこと本人に聞けばいいんだろうけど、どうせ『覚えてない』って返ってくるだけだ。

 大刀石花について知らない事は多い、というよりきっと私は大刀石花について何も知らない。

 それを知りたいという思いは少なからずあるが、それに前のめりになってしまうと今の私たちが拗れてしまいそうで言葉には出来ない。

「さてと、そろそろ帰るか」

「もういいの?」

 ゆっくりと腰をあげた大刀石花は、近くに停めておいた自転車のスタンドを倒す。

 もうちょっと休むものかと思ってた。

「これ以上休んでたら寝ちゃいそうだから。海金砂がおぶって家まで送ってくれるなら話は別だけど」

「いやいやいや」

 大刀石花をおんぶ………やり切れる自信がないな。立場が逆だったら大刀石花の能力で一発なんだろうけど。

「それじゃあ、今日はこの辺で。またね」

「うん、またね」

 今日はそこで別れると、私は一人で夕暮れが照らすを道を歩いていく。

 するとさっき遠巻きで見ていた公民館の前を通った。緑の笹の枝にはいくつもの短冊が書かれている。

 子供らしい拙い筆跡の短冊の束の中に、妙にしっかりとした見覚えのある筆跡で『龍虎祭勝つ!』という短冊と『お腹いっぱいご飯を食べたい』という短冊があるが一旦スルーだ。

 周りには今は誰もおらず、笹の隣にはまだ短冊の余りが置いてある。

「願い、かぁ………」

 さっきまで大刀石花に願いは無いと言っておきながら、自然と笹から目が離せなくなる。まるで書くことがあるだろと言わんばかりだ。

 私は何となく一番上の青い短冊と隣に置いてある鉛筆を手に取ると、サラサラと書いてそれを笹の後ろ側、人から見えにくいところに縛りつける。

「これくらい、かな」

 小さく呟いて、私は自分の書いた短冊に目を通す。

 何とも短く不明瞭な文章だ。これでは叶える側も困ってしまうだろう。

 でも、書き直すつもりはなかった。

 誰にも願いを見せたくない、それも理由の一つかもしれない。もっともそれなら書くなよと言われそうだが。

 けど本当の理由は、ちょっと違うのかもしれない。私のことなのに、私すらもはっきりとは分からない。

 私には願いはない。厳密に言えば、わざわざ鉛筆を手に取って書くほどの願いはない。

 それほどの熱意がないというのはあるが、これは少し違うと思う。

 いつまで経っても腹の奥底から出てくる事はなく居続けている。つまり居続けるだけの熱意はあるわけだ。

 その熱意を表してしまうことに、どこか不安と恐怖を感じてしまい、自然と避けてしまう。



『一緒にいられますように』



 肝心な『誰と』の部分が抜けた短冊を見てから、ふとさっきまでいた公園を見た。

「大刀石花………」

 そして短冊の代わりにその名前を口にする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る