プロローグ

 目を開く。


 場所はHAIが出撃する際に使用するサリー・ルーム。

 どうにかこうにか基地に帰投した私は、ボロボロになったセントラル機を着地させた後、有線ケーブルを通ってOUV機に自身を移している。


 背中に繋がるケーブルを引っこ抜くようにして私は立ち上がり――すぐさま傍らに置いてあった、ごてごてと勲章で飾られたコートを羽織り、制帽を手に取って被る。


 ちなみに、私がツインテールで居られなくなった原因はこの制帽にある。


 要するに、被れなかったのだ。

 ツインテールに引っかかった。

 正直に言って、軽く絶望した。


 それならばいっそのこと、と自棄を起こした私は、髪を短く修整してもらおうとしたのだが、各方面から全力で止められた。


 アリスに至っては「そんなことさせない! 目を覚ますんだよデイジー!」とぐーで殴りかかってきた。その拍子に滑って転んで、脚の関節部を思いっきり損傷し、ぴーぴー泣き出したが、それでもダメだダメだと喚くので「分かりました。髪を切るのは止めにしましょう」と言うまで泣きやまなかった。


 その結果、私の髪は今、二房の三つ編みに結われ、背中で揺れている。 


 形振り構わずに走り出すのは、何とかぎりぎりで我慢した――とりあえず、コートの中に入っていた携帯式の情報端末を私は手に取って確認。職種によっては、人間ですら体内に情報機器を埋め込んでいるこのご時世に、HAIが情報端末を使う姿はちょっと間が抜けている。

 しかしまあ、仕方がない。

 昨今のコンピュータウィルスは野生化し自己進化を繰り返し続けた結果、人間が風邪を引く程度の頻度でAIに感染する。なんたってAIドクターなる職業が成立するくらいだ。

 HAIのパーソナルボディのスタンドアローン化を法律で取り決めたのはもちろん

人間の都合だが、HAIとしても、こんないかにも脆弱性が隠れていそうな機械でネットワークに繋がりたくはない、というのが本音だ。

 情報端末には。メールが一つ届いていた。

 見てみると当然の如くアリスのメールだ。


『デイジー、アリスだよー』


 という書き出しから始まっており、そこから、つらつらと日常の出来事が書かれている。最近猫を飼い始めたとか、そんな他愛のない内容がしばし続き、最後の方で、


『それからこの間、爆撃機を落としました。護衛のセントラルも壊滅させました』


 と、ついでみたいに書かれていた。

 この「ゆる死神」め、と私は思う。

 そして一番最後にお決まりの言葉。


『私、デイジーには負けないから!』


 こっちの台詞です、と私は思った。


 駆け出したい気持ちを絶対に表に出さないようにしつつ、私は部屋を出る。

 電子錠とダイヤルキーと南京錠で三重にロックされた部屋の扉を開ける。廊下には、直立不動の姿勢を取る二人の顔見知りの女性兵士。物々しい装備に身を固め、手には実包の入っている銃。


「おはようございますデイジー中佐! お目覚めですか!」


 と、右側の兵士がはきはきと叫んで、


「おはようございますー」


 と、左側の兵士の声がのんびり続く。


「おはようございます。二人とも――いつも思うのですが」


 と、私は二人に尋ねる。


「なぜ、私のサリー・ルームだけこんなにもロックを厳重にしなければならないのでしょうか。というか貴方がたも、わざわざ警備などしなくてもいいのでは。他にもやるべき仕事はあるでしょう。こう、色々と」

「いえ! 恐れながら、デイジー中佐のパーソナルボディを不埒な輩から護衛する任務を差し置いてすべきことなど存在しません!」


 と、右側の兵士がはきはきと叫び、


「ないですよー」


 と、左側の兵士がのんびりと頷く。


「……」


 私はそれ以上何か言うのを諦める。


「それからデイジー中佐!」


 と、右側の兵士がはきはきと告げてくる。


「先程、デイジー中佐に会いに来たというお客様がお見えになっていました!」

「いましたー」

「客を装った不埒な輩かと思いましたが、何でもデイジー中佐の旧知の方だということで、客室にお待ちになってもらっています! お名前は――」


 たたたたたた、と。

 軽い何かが廊下を駆けて近づいてくる足音――そちらへと目を向けようとした瞬間、身体の横から衝撃。足音から、ぽすんっ、という軽い衝撃を予想していた。


 ――どすんっ、と。


 実際にやってきたのは、そんな思った以上に重い衝撃で、ぐふっ、と反射機能が私に呻き声を上げさせる。何だこいつさては刺客かおのれ逃すものか、と思ってとっさに両手で抱きかかえるようにして、私はその相手を捕まえた。

 そして見下ろす――つまりは、私よりも小さいということで、かなりちっちゃい。

 その相手はただの少女の姿をしていた。

 まだ、ほんのちっちゃな、子どもの姿。

 が、先程の衝撃からしてかなりの重量。

 つまり、OUV機だ。

 たぶん、まだ生まれたばかりの訓練期間中のHAI。

 ばたばたばた、と。

 私の腕の中で暴れている少女の姿を、私は見ている。

 ちっちゃな頭のてっぺんが、もぞもぞ、動いている。

 動きに合わせ左右に揺れる――黒髪のツインテール。


「デイジーちゅうさ」

 

 と、まだ言語系の発達が未熟らしい、舌っ足らずな声でそのHAIが言う。


「お会いしたかったです――そして、すばらしき空気抵抗の無さです」


 HAIがその顔を上げた。

 幼い割に表情に乏しい顔。

 でもその頬をほんのり赤く染め、真ん丸な黒い瞳でこちらを見上げてくる。

 何だこの子、と私は思う。

 めっちゃ可愛い。天使か。

 直後、廊下の向こうから今度は、ばたばた、とやかましく駆けてくる足音。


「こら! 何やってんだ迷惑掛けるな!」


 そう怒鳴りながら走ってくるのは、浅黒い肌に赤毛の男性だ。

 見知った顔なので、彼がHAIであることは私は知っている。

 昔、彼を振り回し、迷惑を掛けていたのは私の方だったから。


「はろー。ブロンクス」


 私は、天使みたいなHAIを抱きかかえて、彼の名前を呼ぶ。


「お久しぶりですね」

「おう」


 と、私からすると今は見上げるくらいの背丈になっているブロンクスは、片手を挙げて応じ、それから頬を掻いて言う。


「悪いデイジー――迷惑掛けちまったな」

「こちらの天使は、貴方の生徒ですか?」

「天使って何だ……まあ、そうだよ。ソウザキ大佐がこっち来るっていうから聞いたんで挨拶に来たんだけれど、こいつがお前に会いたいって言うからさ。名前は――」

「――わたしは、ヒナギク、と申します」


 ブロンクスの言葉を遮って、私に抱きかかえられている天使が名乗る。


「ただいまご紹介いただいたとおり、先生の生徒です。デイジーちゅうさには、ずっとお会いしかったのです。こうしてみると、やはりすばらしい空気抵抗の無さ」

「ほほう」


 と、私はその言葉に感嘆する。


「空気抵抗が無いことの素晴らしさがわかるとは――将来有望ですね」

「はい。空気抵抗を増やす装甲なんて飾りです。戦闘機に必要なのは運動性です。戦闘機はドッグファイトに強くなければなりません」

「ブロンクス――この子、私の僚機に下さい。きっと天才です」

「ふざけんなよ。俺の生徒をお前の僚機になんかにやるわけねえだろ。セントラル機の癖にドッグファイトのが強い変態なんぞに任せてたまるか。絶対――絶対にだ!」

「――先生は空気抵抗が大好きで堪りません」

「はい。彼は昔から空気抵抗が好きでしたよ」

「だから、先生はこーほーきんむになったと」

「空気抵抗が好きなのだから仕方在りません」

「お前らなあ……」


 ちょっと傷付いたように肩を落とすブロンクスを見つつ、私は言う。


「――でも、知っていますか? ヒナギク?」


 私は人差し指を立て、私からすればまだほんの生まれたてのHAIに教える。


「ブロンクスは、とってもすごいHAIなのですよ。なんせ私だけじゃなく、ゆる死が――じゃなくて〈ブルー・ヴァルキリー〉も、あの〈キング・セントラル〉も、彼を兄代わりに育ったのです。……そして、それは私たちだけじゃないんです」


 片目を閉じて、伝える。


「――〈ライトニング・ブロンド〉も〈空の騎士〉も〈黒の四番〉も、そしてかの高名な〈雲の悪魔〉だって、みんな、ブロンクスの教えを受けた生徒たちなんですよ」

「ちゃんと知っています」


 と、ヒナギクは頷く。


「先生は他のどんなすごいHAIの方々よりも、えらいHAIなのです」

「……だ、そうですよ。生徒に好かれていて何よりですねブロンクス?」

「…………」

「あ、照れてますか?」

「うるさい!」


 顔を真っ赤にして叫ぶブロンクスに対し私は片目を瞑る。


「では、貴方の生徒ですが、ちょっとお借りします」

「おい。ちょっと待て」


 と、こちらを制止するブロンクスは、もちろん無視して。

 ヒナギク、という名前のHAIの手を引き私は走り出す。


 背後で、控えていた二人の兵士がブロンクスを通せんぼし「おい――なんだおいちょっとどけてくれ!」「駄目です! なぜならデイジー中佐をお守りするのが私たちの役目!」「役目ー」「何わけのわからないこと言ってるんだあんたら!?」などと騒いでいるのを聞く。


 ヒナギクは無表情のまま、私に手を引かれて付いてくる。


 廊下を二人で駆け抜け、あっという間に屋外に出る。

 外に出てみれば、基地は何やらがやがやと騒がしい。

 軍服姿の連中もツナギ姿の連中もそれ以外の人々も、そこかしこで怒鳴り合って騒ぎ立てていて、中には酒を呑んでいる連中までいて肩を組んでケイデンスコールを熱唱していたりして割とカオスな感じだ。

 ヒナギクを引き連れたままで、その騒ぎの中を歩く。

 その騒ぎの中心――ではなく、その端っこに即席で設置されたと思しき安っぽい机と椅子に座って、所在なさげにしている人物を見つけ出す。ネームプレートには、折った紙に「アオノ・ソウザキ新司令」とペン書きされた代物。


 これは酷い。


 想像とは違って、あまり劇的とは言えない状況だ。リボンだって無い。

 杖も突いていないし、腰も曲がっていないし、髭だって剃られている。

 それでも、やっぱり二十年の月日を経た姿――それから、片腕は義手。

 彼の前まで私は歩いていき、敬礼を一つ。

 それから、昔、そうしたように彼を呼ぶ。


「――ソウザキ大佐」

「よ、デイジー中佐」

「お久しぶりです。流石に老けましたね」

「そういうお前は、ほぼ昔のまんまだな――いや、さすがに少しは背が伸びたか?」

「のー。全然違いますよ。大佐」

「違うって……何が違うんだ?」

「このパーソナルボディですが」


 私は、ぺたん、と胸を張って告げる。


「設定年齢は二〇歳以上。成人してます」

「ええと……」


 すごく微妙そうな表情になって、ソウザキ大佐が呻く。


「……全然見えねえんだが」

「はい。つまり合法ですよ」

「何がだ」

「ですが、大佐。よく見て下さい。空気抵抗はほぼ存在しないままでありながら、ほら、背中や腰の辺りのラインには、一人前のレディ的な色気が、ほら、ちゃんと」

「やかましいわ」

「とにかく――私も、もう子どもでは無いのですよ。大佐」

「……ま、例の髪型も止めたしな」


 がりがり、と頭を掻いて、それからソウザキ大佐は、私の隣へ視線を移す。

 きょとん、とした感じで話を聞いていたヒナギクを見て、私に尋ねてくる。


「それで……そのちっこいお嬢ちゃんは」

「この天使は、ヒナギク、と言います。ブロンクスの生徒で、私の僚機候補です」

「そうか――それじゃそのお嬢ちゃんは、今、一番新しい世代のパイロットだな」


 ソウザキ大佐が、よう、とヒナギクに声を掛けると、ヒナギクはちょっと怯えたように身を竦ませる。まあ怯えるのもしょうがない。二十年経ったというのに、ソウザキ大佐の目つきは相変わらず悪いままだ。


「……おじさんは」


 おじさん、と呼ばれるソウザキ大佐の姿に、私はちょっとだけ吹き出しそうになったが、当の本人は存外嬉しそうに「おうよおうよ。おじさんだぜ。おっちゃんと呼んでくれても構わん」と言い、それには取り合わずヒナギクは言う。


「おじさんは、もしかして、戦闘機のパイロットですか?」


 その言葉に、私はちょっと驚き、大佐も目を丸くする。


「分かるのか?」

「はい。でもおじさんは、その、にんげんの方ですよね?」

「そうだ。今はもう存在しない、有人機のパイロットだよ」

「すごい――にんげんの方が戦闘機を飛ばせるなんて信じられません。天才です」

「そりゃ違うよ」


 と、ソウザキ大佐は笑う。


「昔、有人機が普通に空を飛んでいた時代があったんだよ。俺は、その時代の、どこにでもいるパイロットの一人だったってだけだ」


 そして、と大佐は続ける。


「今の空はもう、お前らのもんだ――後は、よろしく頼むぜ」


 こくり、とヒナギクが頷く。

 ちょうど、そのときだった。


「デイジー中佐ぁーっ!」


 と叫びながらミドリ少尉がやってくる。

 あんまり軍人らしいとは言い難く、士官としての威厳があるとはさらに言い難い、愛嬌のある顔立ちの女性――間抜け顔、と言い直すことは彼女の沽券に関わるのでしない。とりあえず、私は彼女の髪に寝癖が残っているのを見つけ、後でそのことについて説教することに決めておく。


「新司令の歓迎式ですが――いつものアレ、やりますよね?」

「もちろんです。申し訳ありませんが、準備をお願いします」

「言うと思ってました! ちゃんと機材持ってきましたよ!」


 そんな彼女が担いでいるもの。

 骨董品みたいな、音響機器だ。

 極めて巨大であり、巨大であるからには重量もそれなりにある。

 筋肉の塊みたいな連中でも、普通は二、三人で運ぶ程度の重量。

 ミドリ少尉の顔を私は見てみる。

 眉一つ動かしていない。笑顔だ。

 ソウザキ大佐が化け物を見るような視線をミドリ少尉に送っているが、あながち間違いとは言えない。なんで彼女がオペレーターになったのかは割と謎だ。危険過ぎるから、という説を個人的には支持している。


 ずがぁんっ、と。

 

 彼女は、その巨大な機材を鞄か何かを下ろすような気楽さで地面に落とす。途端に群がって手際良くケーブルを繋げていくツナギ姿の連中を見ながら、私に親指を立ててみせる。


「すぐに始められますよ」

「よし――では、始めましょう。大佐。ヒナギクをよろしくお願いします」

「……何だ。何する気だ」


 と、疑わしげな視線を送ってくる大佐に、私は告げる。


「大佐。私のもう一つの異名は、何ですか?」

「知らん」

「言いましたよ。『歌って踊れる戦闘機』と」

「知らねえよ」

「まあ見てて下さい、ちょっと行ってきます」


 私は、ミドリ少尉が差し出したマイクをキャッチ。

 それから、わあわあ、と騒いでいる連中の中心へと向かって進んでいく。

 騒ぎ立てている連中は、私の姿を見るなり道を開け、黄色かったり野太かったり野太くて黄色かったりする声援を送ってくる。


 通り過ぎていく途中、若い連中の前に立ったチーフが、眼鏡をくい、と指先で持ち上げながら「いいか? すりー、つー、わん、だ。ここで全力で盛り上げろ。テンションを上げて上げてまくれ。さもなくば、デイジー中佐がちょっと悲しそうな顔をするぞ。お前ら、そんなデイジー中佐の顔が見たいか? そう――見たくないはずだ。私は絶対に見たくない。お前らだってそのはずだ。ならば、理性を捨てろ。タガを外して全力で馬鹿になれ。私がまず手本を見せよう。こんな感じだ――いいいいいいやっっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおデイジー中佐最高可愛いいいいいいいいいいいいっ!」と叫んで眼鏡を明後日の方向にぶん投げているのを尻目に。


 対して苦労もせず、私はそこに辿り着く。

 そこには即席で作られたステージがある。

 梯子がないので、よっこら、とよじ登る。

 ステージで数回跳ね、強度を確かめた後。

 マイクの手にして、私は思いっきり叫ぶ。


「――あてんしょんっ!」


 ハウリングを発生させながらの叫びに、騒いでいた連中が、しん、と静まり返る。


「この度、部隊の新司令として着任されたソウザキ大佐を我々は歓迎します! そして、新司令にこの部隊のノリを一瞬で理解して頂くために、とりあえず、一曲歌うことにします!」


 何でだよ、と予備のマイクを手にしたソウザキ大佐が言ってくるが、全員が無視。


「いいですかっ! すりー、つー、わん、です! 準備をお願いします!」


 呆れた顔のソウザキ大佐を放置したまま。


「――すりーっ!」


 と、私は腕を振り上げる。

 その直後、部隊の連中が正気を投げ捨て、わっ、と叫び――お祭騒ぎが始まった。


「――つーっ!」


 ミドリ少尉が周囲の屈強な野郎どもを殴って押しのけ、私の名前を呼ぶのが聞こえる。愛してますっ、という続く言葉は聞こえないことにしておく。ついでに、眼鏡を捨てたチーフ指揮下一同の両手に光る棒を携えたハチマキ姿とキレッキレな謎ダンスは見ない振り。ようやく追いついてきたブロンクスが狂乱状態になっているこの場の状況にびびりつつ、ヒナギクを探して何か言っているが、これももちろん無視だ。


 そのヒナギクは今、大佐の隣にいて。

 不思議そうな顔で私を見上げている。

 まだたぶん製造されたばかりの、ちっちゃなHAIに私はウインクと共に微笑む。


「――わんっ!」


 それから、ソウザキ大佐。

 いつかみたいに「だからそういう曲じゃねえだろ」と文句を言って、苦笑。

 そして、いつかみたいに。


「聴きたいな――歌ってくれ。デイジー」


 そして、ミドリ少尉が骨董品みたいなラジカセのスイッチを入れる。

 軍楽隊がノリノリで協力してくれて録音されたメロディーが始まる。

 原曲に比べてずいぶんとポップなアレンジ。やたら明るく騒がしい。


 二十年前と同じで、無茶苦茶だ。

 けれども、それで構わないのだ。

 この曲を歌うなら、それでいい。


 曲名は『デイジー・ベル』。


 英国発祥の、ポピュラー音楽だ。

 私たちHAIにとっては、あまり縁起の良い曲ではない。というのも、とある有名な映画で、発狂したAIが機能を停止させられる際に歌った曲であるから。

 でも。

 実はそれと同時に、世界で最初にコンピュータが歌ったとされる記念すべき曲でもあったりする。コンピュータとAIは微妙に違うものなのだけれど、それはそれ。

 そして。

 あの映画の、私からすれば馬鹿みたいに真面目に過ぎるAIにとっても、それは同じで――まだ作られたばかりのとき、最初の先生である博士に教えてもらった歌だ。

 もちろん。

 私たちHAIにとっても、だ。


 だから、


 笑顔を一つ、軽やかなステップと共に片腕を振って、

 昔のコンピュータと同じように、機械の身体で以て、

 二十年前と同じように、疑似呼吸を一つだけ添えて、

 私が、今、ソウザキ大佐のために捧げる、この歌は。


 だからこれは――始まりの歌だ。

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デイジーデイジーと歌うなら。 高橋てるひと @teruhitosyosetu

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