戦う飛行機のパイロット

エピローグ4

 私たちHAIは「魔法」を信じている。


 勘違いされがちだが、私たちHAIは人間ができないことは基本的にできない。

 これに関してはRAIであろうとHAIであろうとさして違いはない。人間によって作られているのだから、当然と言えば当然と言える。

 ただし、人間よりも遥かに効率的に、かつ精密に物事をこなすことはできる。

 そのため、見かけ上、人間よりも優れているように見えることは否定しない。

 例えRAIの支援を受けていたとしても、セントラルで戦闘機動を行いながら同時にターミナル十六機を指揮することは人間にはできない。できる人間はできるのだろうが、それはほとんど天才的な技術であって、兵器というのは天才が扱うことを前提として作られたりはしない。


 そんな私たちだが、時折、不可解な現象に出くわすことがある。


 例えば、人間が言うところの「勘」。

 唐突に「ぴぴっ」と来たりする何か。

 無論、これはちょっと調べればその九割方が単なる錯覚か、あるいはただ単に経験によって瞬時に予測を立てているだけだと判明するのだが、中には最新鋭のHAIによる研究でもまるで原因が掴めていないものがある。


 私たちは、それを便宜的に「魔法」と呼んでいる。


 HAIの処理能力だとそういうものがある、ということまでは分かるのだけれど、その原因が現行の科学ではいまいち判明しないから「魔法」というわけだ。未確認飛行物体なんかに近いかもしれない。


 ちなみに、アリスはレーダーや赤外線探査の範囲外にいる敵機が「何となく」分かるらしいが、これも普通に「魔法」である。

 ちょっと本気で意味が分からない。

 冗談かと最初は思っていたのだが、模擬戦をやると実際にそれを頼りにして先制攻撃を仕掛けてくるのだから、これはもう事実だと認めるしかない。


『ひゃっはぁ、みな殺しだぁ♪』


 などと、あのぽやんとした口調で言いながら、先制してきたアリスはまず、最高出力の対抗迷彩を纏ってセントラル機単独で突っ込んでくる。

 そのままマルチロックで全弾をぶっ放して離脱し、こちらの部隊の半数近くが一瞬で撃墜判定を食らって大混乱に陥ったところで、そこに指揮下のターミナル機を一斉にけしかけてくるのだ。ぶっちゃけ、アリスのあの戦術については軽くトラウマになっている。同様の感想を持つ被害者は多い。


 HAI間で付いた異名が「ゆる死神」。


 さすがにその異名では沽券に関わるので、その後「ブルー・ヴァルキリー」と呼ばれるようになったらしい。


 そして、HAIであるアリスが「魔法」を使える以上、もちろん人間にだってその手の「魔法」は使える。全員ではもちろんないが、中には使える人間もいる。使えないが、突発的に発動させる人間もいてちょっと困る。


 ミドリ少尉の「あれ?」がそれに相当する。


 もし、ミドリ少尉が真面目で神経質な性格の人間であるならば私も別に気にしない。「鳥か何かでしょう」と言って終わりだ。

 しかし、ミドリ少尉は大らかというかズボラというか、具体的には寝癖を直し忘れてチーフから大目玉を食らうような人間であって、ほんの一瞬赤外線探査に何かが映ったところで「あれ?」などと言葉を発するわけがない。というか寝癖に関しては士官なのだから本当に反省して欲しい。冗談抜きで士気に関わる。


 たまたまなのでは?


 と、一般常識は私にそう囁きかけてくるが。しかし、その「たまたま」が起こるのにも眼鏡からコンタクトに変えたとかそういう理由があるはずで、現状、私にはそれが見つからない。ミドリ少尉が恋人と上手くいっていないのはいつものことなので、それが原因ということは有り得ない。


 そういうときは、大抵の場合、何かある。


 もちろん、ただの勘違いで何もないときもあるわけだけれど、その場合はチーフにねちねちと小言を言われながら分厚い始末書を何枚も何枚も実記で書くだけで済む。

 頻発すれば精神の状態を疑われてHAI専用療養所に送られる可能性もあるので自重するが、幸いと言うべきか、こういうことは一年に一回起こるかどうかだ。

 故に、幾ら真夜中に叩き起こされたからと言って、


『また例の病気ですかデイジー中佐? そろそろ病院で見てもらったらどうです?』


 と、オペレーターチーフが私に言うのはまったくの不当だと思う。


『その言い方はひどくないですか、チーフ』


 と回線の向こう側へと口を尖らせる私に、チーフは回線の向こうでたぶんおそらくいや確実に眼鏡を、くい、と人差し指で直して(ベタな癖だ)から告げる。


『貴方の日頃の行いの積み重ねの結果かと』

『失敬な。貴方がまだぺーぺーの新任少尉だった頃から、およそ十年とちょっと。こうしてここまで育ててやった恩義をよもや忘れましたか』

『黙れ。貴方の突発的な問題行動に、私たちオペレーターが今まで一体どれだけ振り回されてきたことか――その恨みを忘れたとは言わせませんよデイジー中佐』

『何を言いますか。そんなこと言ったら貴方だって、最初の任務のときに緊張してレーダーのモニターに止まった虫を敵機と誤認して――』

『その話は蒸し返すなぁっ!? ――くっ、これだからパイロットって奴は……!』

『またそんな憎まれ口を叩いて。まったく可愛くないことばかり言う人ですね。でも、貴方の結婚式のときに私が祝辞を述べたとき、感動して号泣してたことはよく覚えてますよ』

『あれは違う。その場の雰囲気に流されただけであってとにかく違う』

『いやあ、あのときは、ただのインテリ眼鏡だと思っていた貴方のことを、ちょっと本当に可愛いと思いました。貴方の部下たちや、貴方の奥さんが前々から貴方のことを可愛い可愛いと主張していたことにも納得です』

『あれは一時の気の迷いで――ちょっと待って下さい部下や家内が何ですって?』

『しかし、そんな貴方もいまや中佐ですか。なかなかに感慨深いですね』

『そんなことよりも部下や家内が私を何と言っているのかちょっと詳しく――』

『考えてみれば私が配備されてから長い時間が経ったものです。二十年前、ぺーぺーの電子中佐として部隊に配備された私と、同じくぺーぺーの士官として配属された少尉――その彼が、大佐となってこの部隊の司令を勤め上げ、そして先日ついに作戦本部に配属――ふふふ、私もロートルになるわけですね……』

『いや、その、部下と家内は私を何と――』

『さて、チーフ。戦術管制HAIと戦術支援HAIの準備はどうなっています?』

『部下と家内は、』

『しつこいですよ』

『……キウイヘッドとデンドロビウム7の準備は完了しています。作戦本部の下位戦略HAI及び政府側の政務管理HAIとの予備接続も完了。敵機が発見されれば即座に交戦許可が出せる状態です』

『新任の司令は』

『本日の正午に到着予定で、それまでは副司令が権限を預かってます。……ちなみに、今回また司令になれなかったせいで落ち込んでるんで、余計なことは言わずそっとしておいて上げて下さい』

『ああ……副司令は優秀なんですけれど、こう、あまりにも副官として優秀過ぎて、逆に指揮官に向かないところがあるというか……』

『まあ、どんなに落ち込んでいようと、すべき仕事はちゃんとこなしてくれるはずです。私も今、オペレーティングルームに着きました。――ミドリ少尉?』

『はい。チーフ』


 若干緊張ぎみの声を返すミドリ少尉に対し、チーフは上司モードになって続ける。


『赤外線探査に新たな反応は』

『あ、ありません』

『これからデイジー中佐がレーダーを使う。ターミナル二機を使ってのクロスチェックだ。一機目のレーダーで探査後、その十秒後に二機目で探査をかける。……仮に、敵機が確認できた場合は即座に交戦を開始する。気を引き締めておけ』

『了解です』


 チーフが他の連中にもテキパキと指示を出していく間に、ミドリ少尉が小声で、


『……デイジー中佐。チーフ、鉄面皮の裏でめっちゃ怒ってたりしませんか?』

『そんなことはありませんよ』

『私、チーフのこと正直おっかないんですけど。後で粛正されたりしません?』


 ミドリ少尉のその言葉に対し、私は直前にチーフと交わした会話を思い返す。


『そんなことはありませんって。あれでなかなか可愛いところもあるんですよ』

『いやいや、ないですよ。なんか、先輩方も同じこと言ってましたけど……でも、チーフはどう見ても鬼畜眼鏡です。心とか絶対ないですよ。アレ』

『そう思えるのは今だけです。貴方にもその内に彼の可愛さがわかります』

『そうですかぁ?』

『そうですとも』


 会話を終え、私も準備を開始する。


 私は、セントラルに搭載されている統合管理RAIに指示して自機のチェックを行わせる。機体を大雑把に管理する副官の点呼に応じて、機体各部のRAIたちがそれぞれ手を挙げ、こちら異常なし、との信号を返してくる。

 点呼は、部隊管理を補助するRAIを通してターミナル機まで届き、各機がこちら異常なし、と返す中、四番機と十三番機がこちら異常あり、と手を挙げる。ラダーの調子がちょっと、と四番機は訴え、ミサイル発射シーケンスの一部に微妙な遅延が、と十三番機は訴え、それでも戦闘は可能、と両者が主張してくる。


 その二機をレーダー役として私は任命。


 その理由は、仮に戦闘になった場合、レーダー役は真っ先に攻撃され撃墜される可能性が高いから。どうせ撃墜されるならば、不調の奴を生け贄に差しだそうということであり、割と鬼畜な判断ではある。


 編隊から離れていく四番機と十三番機を見送りながら、残るターミナルたちへの指示をマス・コマンドからエレメンタル・コマンドへ移行。二機編隊ごとに分散させつつ、各隊にアブレストを取らせる。

 その後、ターミナルのRAIたちが悲鳴を上げて警告を発する寸前までそれらの機体同士を近づけさせる。私はその一組である八番機と九番機の二機編隊に、自機をコバンザメよろしく追従させる。自機の管制RAIの一部も当然、近い近いちょっと離れて下さい、と警報を鳴らして自動で距離を取ろうとするが、割り込みをかけ、ぐい、と頭を押さえつけて黙らせる。


 私はミドリ少尉へと告げる。


『こちらの準備は完了です――そちらは』

『こちらも大丈夫です。いつでもどうぞ』

『さて――始末書で済めばいいのですが』


 先に四番機のレーダーを使用する。

 四番機のアンテナ素子群から放たれた、無数の微少な電波の群れが、自分たちが体当たりする対象を探して空を駆け巡る。いるかどうかもわからない何かにぶち当たった電波が跳ね返ってくるのを、受信機をぶんぶんと振り回して待ち受ける四番機。


 ――その結果、


『……何もいませんね』


 通信の向こう側で、ミドリ少尉が、ちょっとほっとしたようにつぶやく。

 彼女の言う通りに、四番機が起動させたレーダーの視界の中に敵機の姿は存在せず、ひたすら何も無い空白が広がっている。

 参ったな、と私は思う。

 もしかすると、本気でただのロートルになりつつあるのかもしれない。経験の蓄積は基本的に技術に磨きをかけるものだが、場合によっては鈍らせもする。成る程、チーフの言う通り、一度HAI専門の病院で見てもらった方が良さそうだ。


『……これは始末書ですね』


 若干弛緩した空気の中。

 私は、十三番機のレーダーを作動。

 二重のレーダーによって走査された視界に、複数の機影が一斉に浮かび上がった。

 識別装置が自動で質問信号を送りつける。

 が、返答は無し。


 ――敵機だ。


 ミドリ少佐の報告と、副指令の許可と、チーフの指示はほぼ同時だった。

 指示に従ってデンドロビウム7が戦術支援を開始し、キウイヘッドと作戦本部の下位戦略HAIと政府側の政務管理HAIの間で、瞬時に大量の情報が行き交った。


 キウイヘッドが交戦許可を要請――四番機と十三番機の警戒装置がロックオンを受け、私は四番機と十三番機の放棄を決定――要請が承認される。


 直後、四番機と十三番機が撃墜され、私は残るターミナルへと指示を飛ばしつつ、キウイヘッドが送りつけてきた交戦許可の認証を受けて、私の全兵装が解放される。

 そして、

 戦いの始まりを告げるその言葉を――ミドリ少尉が叫ぶ。


『――エンゲージっ!』

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