3.パーソナルボディ
奥に入ると、一転、外の明るく強い光の入る空間から、柔らかな照明の穏やかな光が照らす空間に変わる。空調で丁寧に管理されている、少し低めの空気。
サーバールームを思わせる心地良い空間。
ぶん、と。
古い機械の放熱ファンが立てる作動音を私の聴覚センサーが拾う。
狭い。
ぎっしり詰められた機器の群れ。
ほぅ、と反射反応を管理するRAIが、私に溜め息を吐かせる。
「これ全部ゲームなんですか?」
「ああ」
「工場の設備みたいですね」
きょろきょろ、と中を見回し、私はその中の一点に目を止める。
手作りらしい雑な作りの棚の上。そこに大きな箱のようなものがあって、そこに赤と白と黄色のケーブル端子が繋げられ、その傍らに置かれた別の棚の上にあるもう少し小さな機器に繋がっている。さらにまたそこからコードが引かれていて、何やら右に赤と黄色と緑と青の四色のボタンと、左に十字型をしたボタンが付いたたぶん入力機器につながっている。
私は少佐の袖をひっぱり、尋ねる。
「少佐。あれって何です?」
「あれはテレビゲーム」
「テレビって何です?」
「あー……えっと、テレビってのは今のフルタイムのメディアの原型みたいなもんで……、それを受信して出力するための古い装置もテレビって言って……その中でもあれはブラウン管っていうさらに古い奴で……で、その機器に繋いでゲームするのがテレビゲームで……」
「?」
「いや……ぶっちゃけ、俺もそんな覚えてない。ガキの頃にはあったんだけど……」
そう言いながら少佐が向かう先には、椅子が前に置かれたテーブル型の筐体がある。少佐は近くにある手近な椅子を引き寄せて私に勧め、自分も筐体の前にある椅子に座る。
こんな大がかりな筐体でどんなゲームをするのかと思い覗き込むと、表示されているのは恐ろしいほどに単純で何なのかわからないドット絵で、そして恐ろしい程に単調な音楽を鳴らし、そして恐ろしい程に単純な動きでドット絵が横に動いている。
「何ですかこの素人が作ったような低くおりてぃなゲームは――あうちっ!」
「失礼なことを言うな」
私の額を指で弾いてソウザキ少佐は告げる。
「こいつはまだ二〇世紀の頃のゲーム黎明期に生まれた、数多あるゲームの原型の一つと言って過言でないゲームだぞ。一時期ゲームセンターはこの機種によって文字通り『侵略』されてたんだ。敬意を払え」
「どう見てもRAIすら入ってないじゃないですか。疑似カオスアルゴリズムも入っていないような単調なゲームやって楽しいのですか? 飽きませんか?」
「いや、存外に面白いぞ。まあ見てろ」
と言って、少佐は私の持っている袋から、百円玉を一枚取り出す。
「それをどうするので?」
「こうする」
少佐は手に取った硬貨を、筐体の右脇にあるスリットに入れる。
なるほど、そこには「ここに硬貨を入れてね!」と丸文字で書かれたメモ用紙が貼り付けられていた。
銀色の煌めきがスリットの中に飲み込まれ、かちゃん、と筐体の腹に収まる音。
ゲームが始まる。
筐体の手元を見る。信じられないことに入力系は二つだ。
レバー。ボタン。以上。
少佐は左手でレバーを手に取り、右手をボタンに添える。
「まず、上からやってくるこの連中がエイリアンな。つまりは敵だ。集団で地球にやってきて、こちらを狙って超高性能な誘導弾をぶち込んでくる恐るべき敵だ。たまに連中の親玉であるUFOも現れたりする。俺たちは地球を守るために、こちらに向かってやってくるこのおぞましい怪物の集団と戦わなければならない」
「緊張感の欠片もない画像と音楽と動きですが。……あとすいません。誘導弾ですがこれひたすらまっすぐ飛んでるように見えます。誘導してないです」
少佐は無視して続ける。
「俺たちの武器は、直撃すれば一撃でエイリアンを消し飛ばす威力を持った強力な砲撃能力と、誘導弾をも凌ぐ機動が可能な速度を併せ持った移動砲台だ。砲台は三機あって、エイリアンを倒し続けていればもう一機が補充される」
「何故、歩兵や戦車でなく砲兵が最前線で戦っているのか理解に苦しむんですが。それに、それだけの性能を持ちながら連射性能も面制圧能力もなく、かつ横移動しかできないのが理解できないです。……あと、私にはどう見てもその砲台はTの字をひっくり返しただけにしか見えないのですが」
少佐は無視して続ける。
「俺たちの役目は四つの陣地で身を守りつつ、迫り来るエイリアン共を撃滅すること。いいか――ここが、人類にとっての最終防衛ラインだ。絶対にエイリアンに抜かれてはならない。さあ行け! 勇敢なる兵士たちよ! 宇宙からやってきたのろまなエイリアン共に地球人類の底力を見せつけ――あっ」
ぼんっ、ぼんっ、ぼんっ、と。
少佐の操る移動砲台がエイリアンのミサイルの直撃を受けて立て続けに三回爆発。
画面に現れるゲームオーバーの文字。
少佐は目を閉じて、沈痛な声で言う。
「……地球は滅亡した」
「偉そうなこと言ってた割にあっさりと負けましたね少佐」
「こんな感じのゲームだ。存外に難しいぞ」
「少佐が下手くそ過ぎるのでは。エイリアンえらい残ってましたが」
「やかましい。……で、やってみるか?」
「いえす! やりますやります!」
私は少佐に席を譲ってもらい、ふふん、と私は鼻を鳴らす。
「少佐はちょっとそこで見ていて下さい! HAIの実力見せてやります!」
「いや、レバーとボタンで動かしてるんだからHAIとか関係ねえぞ」
「ふっふっふっ、そんなことありません! 今世紀初頭のAI黎明期、機械学習のブレイクスルーのきっかけを作ったのは、学習によってより効率的にゲームをプレイできるようになっていくRAIが開発されたことだったのですよ少佐!」
「それは知ってるが――お前、別にゲームプレイするためのRAIじゃねえだろ」
「大昔の雑なRAIができたのなら、現代の超高性能なHAIである私にできないわけがないのです! 見て下さい! この一切の無駄のない華麗な操作――あっ」
ぼんっ。ぼんっ。ぼんっ。
ゲームオーバーの文字。
私は少佐に告げる。
「……少佐。地球、滅亡しました」
「な。難しいもんだろう?」
「壊れてるんじゃないですかこれ。ちょっとカウンターのお姉さんに言ってきます」
「おいやめろ馬鹿。見苦しいぞ」
「のーっ! こんなはずでは! つまり私は黎明期のRAI以下ってことですか!?」
「落ち着け。単純な練習量の差だから。あと一〇〇回くらいやれば上手くなるから」
「まどろっこしいです! なんか必殺技とかないんですか!?」
「一応、有名なのが幾つかある」
「りありぃっ!? 教えて下さいっ!」
「駄目だ。自力で見つけてみろ」
「ふぁっきんっ! 少佐のけちんぼっ!」
「何とでも言え。こういうのは下手くそなときが一番楽しいんだ」
そこでソウザキ少佐は不意に笑い出し、私はむぅ、と頬を膨らませて尋ねる。
「何がおかしいのです?」
「いや……俺もガキの頃、お前と同じようなこと言ったな、と思ってさ」
「少佐が子どもの頃ですか? ふむ……さぞ筋金入りの悪童だったのでしょうね」
「お前は俺を何だと思ってんだよ俺は別に普通のガキんちょだったよ……まあ、その、よくお袋に連れられてゲームセンターに放り込まれてな」
「へえ。少佐のお母様もゲーセンマニアだったのですか。洒落た人だったんですね」
「いや……あの頃のゲームセンターはそういう扱いじゃなかったはずだけど……」
「どういう方だったのです?」
「その、何というか、何を考えているんだかわからないというべきか、何も考えていないというべきか……うん……」
少佐は何かを振り払うように首を振った。
「……ノーコメントで」
どうやら色々あるらしい。
「ですが、少佐もこうして立派になったことですし、きっとお母様も草場の影で感涙していることでしょう」
「死んでねえぞ。……本人は、絶対100歳まで生きてやる、って言ってるな」
「しかし少佐、子どもの頃からやっていたという割にこうも下手なのは何故です?」
「それは……その、ちょっとした事情があってだな……」
「言い訳とは見苦しいですね少佐!」
ぺたん、と私は胸を張って告げ、ゲーム筐体に次の一〇〇円硬貨を叩き込む。
「まあ見てて下さい、そんな甘っちょろいことを言っている間に、私が少佐の実力をあっさりを追い抜いて――」
ぼんっ、ぼんっ、ぼんっ。
ゲームオーバー。
「――やっぱりこれ壊れてますそうに違いないですお姉さんに文句言ってきます」
「やめろデイジー受け入れろ。世の中にはどうにもできないことだってあるんだ」
「ふぁっきんっ! そん――なの嫌です認めな――いです努力と根性で……あっ」
「……どうした? なんか喋り方が――」
「すみ――ません。少佐。ちょっとお手洗い借り――たいんですが」
「ああ……えっと、あそこに掲示板が見えるだろ? あの先だ」
「わか――りました。あそこですね。ちょっと失礼し――ます」
と、少佐の指さした先に私は向かう。
「おう……って、は? お手洗い?」
という少佐の疑問の言葉は無視して、リュックサックを引っ掴み、微妙に重くなった機体を動かしてお手洗いに私は駆け込む。
個室に入ってから服を脱ぐ。
HAIのパーソナルボディであるOUV機は、限りなく人間を再現した機械だ。人工筋肉の配置はほぼ人間と同様で、その大半は合成タンパク質によって構成されていて、例え、手で触れたとしても人間との差異を見い出すことは困難を極める。
それでも、OUV機は機械だ。
だから当然、人間とは異なる。
リュックサックから手袋を取り出して装着し、それから機体を動かす各種プロセスの内、今現在必要ないものを全て一時停止。
自分の背中に手を回す。
手袋越しに指先の感覚センサーが伝える硬い感触。そこだけ皮膚に覆われず、人工的な形状を露出した金属部。指先で手動レバーを見つけて回し、蓋を外す。それから背中の内部に手を突っ込んで、それを取り出す。
モジュール化された冷却装置。
それをさらに開く。
冷却剤が封入された金属製の筒が入っていて、しゅう、と湯気を立てている。
メインの排熱機能が停止したことによる機体の加熱と、それに伴う処理能力の低下を感知しながら、私は冷却剤との交換作業を行う。
処理能力を確保するため、感情を表現する機能も止めているため、おそらく「ロボット」のような顔になっている私は、リュックサックから冷却剤の入ったパッケージを開く。表面に霜の浮いた新しい冷却剤を冷却装置に設置し、まだ熱を持っている古い冷却剤を代わりにパッケージに押し込む。
背中に冷却装置を入れ直し、蓋をして、最後にレバーを回して交換完了。
冷却装置による排熱機能が復旧され、機体内部の温度が一気に低下していく。処理能力が本調子を取り戻し、私は停止していた各プロセスを復活させる。
溜め息を一つ吐く。
それは単に人間らしい仕草の物真似で、私は実際には呼吸していない。
私は自分のパーソナルボディを気に入っているし、それがあるおかげでこうしてソウザキ少佐と遊ぶことができるわけだが――それでも、HAIにとってのパーソナルボディが「何か」はちゃんと理解している。
それが、OUV機である理由を。
チャーリーもブロンクスも当然理解しているし、あのアリスですらわかっている。
HAIなら誰もが理解している。
OUV機が誕生した当初、これはもう人類の仕事とか全部無くなるんじゃないかな、と多くの人が考えたらしい。確かに、OUV機は人間に限りなく似せて作られている以上、人間が行う仕事を全て行うことができる。理論上はそうなる。
でも、そうはならなかった。
人間の温もりが、人工物に勝利した――というわけでは別にない。
というか、OUV機は人間の温もり程度なら普通に再現している。
理由は、単にコストの問題による。
OUV機というのはその性質上、非常に高い品質が求められる商品であり、大量生産にも向かず、そもそもその需要が極めて限定的な商品であり、結果、高価格な商品であって、この先、低価格になる見込みもほとんどない。基本的にちょっとそれなり以上の家が買える程度の値段になる。
そして人間を限りなく再現した機械であるため、基本的に人間と同じことを人間と同じような効率でしかできない。つまり、機械としての純粋な性能では産業革命以前の手織り機に劣る。
この時点でもうかなり駄目な感じだが、問題はさらにある。
まず稼働時間。機械なのだから二十四時間稼働できるじゃないか、と思えるかもしれないが、そういうわけではまったくなくて、こうして数時間ごとに冷却剤の定期的な交換が必要となる。しかもこの冷却剤、この手の消耗品としては割とお高い。内蔵されているバッテリーの方は機体にもよるが数日くらい保つ。が、これの充電にも、結構な電気代が掛かる。
また、各部パーツの摩耗や故障も激しく、最低でも一ヶ月に一回程度のメンテナンスを必要とする。これもお高い。初期教育期間中、木登りをしていて落っこちたときはメンテナンスで故障箇所が三つくらい出て「木登りをするなら落ちないようにやりなさい」と温厚だった教師もさすがに注意してきたが、そこを「木登り禁止」ではなく、しかも単なる注意で済ましたあの教師は今から考えると只者ではなかったのでは、と思わなくもない。
そんなわけでOUV機は、人間を雇う代わりにちょっと店先に置いておく、という用途にはまるで向かない。できなくはないが、その場合、人間を雇うより数桁上の額を用意する必要がある。やってもいいが、その場合、正気を疑われても仕方が無い。
そんな産廃じみた機械が、しかしこうして存続し続けて理由の一つは、ひとえにHAIのパーソナルボディとして利用されているからだ。
HAIに与えられた権利の一つとして。
もしくは。
HAIに課せられた制限の一つとして。
HAIにOUV機のパーソナルボディが与えられること――それはHAIの権利だとされているが、HAIの所有に対する義務でもある。HAIの側に拒否する権利はあっても、それが受理されることは絶対ない。それ故に、HAIという存在にはOUV機という莫大なコストが常に付随することになる。
HAIを運用することに対する制限で。
HAIという存在自体に対する制限だ。
この限りなく人間に近い「だけ」の機械は、HAIに対して人類が与えた「権利」と称する「枷」の一つなのだ――ロボット三原則と同じ類の。
HAIに対する人類の恐怖の、その表れ。
それが――私たちのパーソナルボディだ。
私たちHAIはそのことを理解している。
まあ、それとは別に。
HAIのパーソナルボディとしての需要――それを隠れ蓑としながら、OUV機の「極めて限定的な需要」も未だに存在しているのだが。
まあ、とにかく。
OUV機はそんな非効率的な機械なのだ。
途方もないコストと技術力、そして才能を投じて生み出された、非効率の塊。
――こんな機械を作った目的は何なのか?
その問いに答えたのは、世界で初めてOUV機を作った技術者の男性。
『いや、何ていうかさ。その、ベタ過ぎて恥ずかしいんだけど……漫画が好きでね』
残っている映像を見たことがある。
その中で、彼はいかにも技術者らしいボサボサの髪を掻いて、ちょっとズレた眼鏡の奥の目を細めて、それから、ちょっとはにかむようにして。
こう答えた。
『だからさ……人間の友達になれる機械を作りたかった。そんだけです』
それから十年以上が経った。
今現在、OUV機は表向きHAIの「枷」であるパーソナルボディとして使われており――裏では、情報戦に投入される軍事兵器として、あるいは、もっと単純に富裕層向けの愛玩道具として利用されている。
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