2.二人乗りのバイクに乗って
「おい、デイジー。例の髪型はどうした」
私の姿を見るなり、掛けていた伊達眼鏡を外してソウザキ少佐は言った。
「リボンをアリスに食べられて……」
そう答えるしかない私の言葉に、ソウザキ少佐は「……あ?」と声を上げ、続けて目を宙に向けて空を仰ぎ、「……あー」と気の抜けたような呻きを上げてから、こちらに視線を戻す。
「よくわからんがわかった。とにかく、今日はそのままってわけだな」
と言い、ソウザキ少佐は顔を覆って「あー」ともう一度呻く。
「参ったなこりゃ……」
「申し訳ありません……少佐にご一緒するのに、ぱっとしない髪型で来てしまって」
「いや、参るってのは……そういう意味じゃなくって、むしろ逆というかだな……」
「やっぱり私帰ります。部屋の中で勉強してます。真面目が一番」
「つべこめ言うな。いいからさっさと行くぞ。書をかなぐり捨てて街に出ろ」
少佐は伊達眼鏡を掛け直し、頭を手で隠して逃げだそうとするこちらの襟首をぐい、と掴んで引き止めるので私も諦める。
「おううぇる。こうなったら私も腹をくくりましょう。……それで街へ行くためのアシは何です。馬車でも用意して下さるのですか?」
「何で馬車なんて発想が出てくるんだ? バイクだバイク」
「ぐっど! そこで二人乗りのバイクとはなかなか味なことをしてくれますねソウザキ少佐。私の少佐への好感値は今現在うなぎ登りですよ」
「何を言ってるのかよくわからんが行くぞ。ほれヘルメット」
ソウザキ少佐が放り投げるフルフェイスヘルメットを私はキャッチ。
迅速に装着し、髪を隠す。
「ソウザキ少佐ソウザキ少佐」
歩き出す少佐の後ろに付いていきながら、
「何だ」
「今日一日中これ付けててもいいですか?」
「やめろ」
「大丈夫ですって。世の中には変わった人もいるんですから、一日中ヘルメットを被っている女の子が居ても、のーぷろぐれむです」
「お前を連れてる俺が変質者扱いされて警察に捕まるだろが」
そうこう言いながらやって来た駐車場の一角、鎮座するバイクを私は見る。今現在一般的な丸っこくて柔らかそうなバイクとは違い、フレームの機構が剥き出しの荒々しい作り。
「おーるどふぁっしょん! これって本物の旧型ですか?」
「んなわけあるか。見た目だけのイミテーションだよ。自動運転補正も安全装置もRAIもちゃんと入ってる。動力も電気」
「わっつ!? どうしてそんな半端なことをするんですか少佐!? 男ならばこういうものにはちゃんと本物に乗るべきです!」
「んなこと言ったって、本物の旧型なんて一般道で乗ったらしょっぴかれるぞ」
「ふぁっきん! 自動運転技術と各国の新交通法のおかげで、今のバイクは軟弱者の乗り物になりました!」
「そのおかげで交通事故が減ったんだから良いことだろ。あと、お前が言うな」
と言いながらバイクに乗り込む少佐。キーを差し込みぐいと捻ると、電子合成された排気音を鳴らして、外見だけは旧型の、最新技術の塊が目を覚ます。
「ほれ乗れ」
「いえす」
と答えて私はタンデムシートに乗り込み、少佐の背中にぺたん、と抱きつく。
「どうですか少佐。美少女に抱きつかれた感想は。どきどきしますか?」
「お前の名誉のために、多少はどきどきすると言ってやろう」
「ふっ――最先端科学によって、極限まで美少女の身体を再現したOUV基準機の感触をどうぞお楽しみください」
「本来この状況下で最も楽しむべき感触が皆無なんだが」
「ふっふっふっ。そう言ってられるのも今の内だけです。いずれ少佐もこのぺったんこな感触しか受け付けられない殿方になるのです」
「へいへい」
と適当極まる返事をしてから、ソウザキ少佐はライトやブレーキなどを操作し、それぞれの動作を確かめる。
「自動チェック機能が付いてるので必要ないのでは?」
「そうなんだが、癖でな。戦闘機と同じように自分でチェックしないと不安になる」
「あー、確かにそうですよね。RAIとか信用できないです」
「お前のそのRAI嫌いは何なんだ……お前らと違うのはわかるが、同じAIだろ」
「はんっ、あんな1足す1は2と答えることしかできないような連中と一緒にされたくないです。そんな体たらくで人工『知能』なんてちゃんちゃらおかしいです」
「1足す1は2だろ」
「そこでうっかり間違って答えることを可能とするのが、正真正銘本物の知能を持った私たちHAIの実力です」
「知能って大したことないんだな」
チェックが終わってから、ソウザキ少佐はアクセルを入れる。電気駆動のモーターの振動と共に、バイクがゆっくりと発車する。
基地を出るために、検問所のゲートを通る。
「おっ」
と、検問所の兵士がバイクの後ろに乗った私を見て、ぴゅう、と口笛を吹いた。
「何ですソウザキ少佐。今日は噂の金髪美少女を連れてデートですか」
「羨ましいか?」
「割と。いえ本当はかなり。ちくしょういいなあ少佐! 爆発しろ!」
「素で返すなよ……」
「少佐が警察に捕まるようなことをしないことを願っています――君も、少佐に変なことされそうになったらちゃんと憲兵さんに垂れ込むんだよ」
「心得ておきます」
「お前らなあ……」
そんな風にして検問所を出れば、私たちの居る基地しか存在しないこの人工の島には、海まで続く何もない景色が広がっている。あるのは道と、海岸線に沿って申し訳程度に植えられた防風林の群れ。それから、それ以外の場所に無数に点在する地対空誘導弾発射サイロのぴったりと閉じた巨大な蓋。
それら全てを超えた先。
この人工島から本土へと続いている海道を渡って本土へと向かう。
少佐があまり人の混まない時間帯を選んだのか、交通量は少ない。基地から本土へと向かう車両はまるで見当たらず、時折、基地へと物資を運んでくる完全自動運転の無人トラックとすれ違う程度だ。
海道は防風設備がきちんと備え付けられているが、一般人が通るような場所ではないせいか高性能とはいかないらしく、潮風はそれなりに強い。
吹っ飛ばされるんじゃないだろうか、と微妙に不安になるが、RAIによって運転を補正されたバイクは特に揺れもせず、法定速度をきちんと守りながら、結構な距離がある海道を進んでいく。嗅覚センサーが感じ取る潮の香り。機械である私は原始的な恐怖を感じるが、それ簡単に錆びるようなちゃちな作りを私の機体はしていない。
少佐が気分良さげに歌い出す。ヘルメットと風のせいで途切れ途切れにしか音を拾えないが、たぶん「デイジー・ベル」。例によって例の映画で例のAIが歌ったフレーズの部分だけをひたすらリピートしているに違いない。
たぶん、ちょっと寂しげに。
ごう、と。
一際強い風が吹いて、私は少佐にぎゅう、と強く抱きついた。
□□□
現在、世界は平和で、同時に世界規模での戦争状態にある。
平和な戦争。
そんな風に皮肉られてもいる。
現代において、AIが支配しているのは何も空だけではなく、AIを利用した兵器は戦場の至るところで利用されていて、特に交戦が行われる前線では九割方がAI化されている。
死傷者が発生するのは往々にして後方で、基本的に事故によるものであり、一昔前の戦時下とは比べものにならない程に少なくなっている。無論、これは軍事企業の臨時兵員の死傷者も含む数字だ。
特に、非戦闘員である民間人に死傷者を出すことはタブーだ。仮に出た場合、その時点で容赦なく偉い人たちの首がぽんと飛ぶ。故に、戦争はまず両軍の偉い人同士が交戦地点を交渉で決めるところから始まる。ちなみにこのルールをぶっちぎった場合、ここぞとばかりに結託した世界各国とこの「平和な戦争」を維持したがっている軍事企業群を丸ごと敵に回すことになり、遅かれ早かれ本物の首が飛ぶことになる。
要するに、現代の戦争は、人が死なないように徹底管理されて行われる。
これはテロリストですら例外ではない――というかそもそも、今時のテロリストはまず銃なんて持たない。
戦争は、かつてに比べれば、随分と牧歌的なものになっている。
だから戦時下においても戦時国は割と平時通りで、割と平和だ。
そしてその裏側で、世界規模の軍備拡大が起こっている。各国の軍事費は年毎に増大し、世界各地の軍事産業は急成長を続けていて、今日も世界中で戦争は発生しており、両軍の合意の下に管理された牧歌的な戦いが行われている。
ついでに言えば、そのさらに裏側では、ハッキングとコンピュータウィルスが飛び交うサイバー戦だの、セカンド・スターウォーズ計画に端を発している衛星軌道戦だの、ネット上の掲示板やSNSで繰り広げられている情報戦だの、その手の「本物の戦い」だって行われている。もちろん、テロリストたちの主戦場もそちらに移っている。「非暴力のテロリスト」なんて今や珍しくもなんともない。
この歪な状況に、警鐘を鳴らしている専門家は多い。
かつての「冷たい戦争」以上に危険な状況なのだと。
ある専門家はこんな風に言っている。
「今、私たちの足下には大量のダイナマイトが埋まっている。でも安心して欲しい。それらのダイナマイトは品質が良いから、ちょっとやそっとの経年劣化や衝撃で暴発したりはしない――ただし、誰かが火を付ければ全て吹っ飛ぶ」
とにかくも、そんな奇妙な戦争状態のせいで社会圏と軍事圏の切り離しは加速し続けている。だから、私たちの基地も本土から離れた場所に追いやられていて、こんな風に長い海道を行く必要があるわけだ。
そこを抜けて、本土側の検問所も通って、私たちは本土へ辿り着く。
本土と言っても、そこにあるのは首都から遠く離れた田舎だ。首都圏だの主要都市の近くに軍事基地を置くなんてこのご時世でできることではない。ここのような田舎の港町の近くに設置することだってそう簡単なことではなく、廃れ掛かっていた漁村が、それなりの商業都市になるくらいの補助金を支払ってようやくと言ったところ。
そんな、些か不穏な世界情勢の一端を担うこの町の景色について、どう思うか。
無論、特にどうとも。
いや、嘘だ。
さすがに、どうとも思わないわけがない。
駐車場にバイクを止め、ヘルメットを脱いで街の様子を一瞥した私は、控えめに、ごくごくクールに内心を口に出す。
「ひぃっ!? しょ、少佐! 人です! 人がゴミのようにうじゃうじゃです! 怖いです怖いです助けて下さい機関砲をぷりーずです!」
「落ち着け」
「たーんばっく! こんなところには居られません! 今すぐバイクに乗って逃げます! えすけーぷです!」
「俺が帰れなくなる。やめろ」
ソウザキ少佐の手に頭をがっつりと押さえつけられ、バイクに向かって駆け出そうとしたのを止められる。少佐は必死でバイクに手を伸ばす私を見下ろし、呆れたように言う。
「お前な……街に来るの初めてなのか?」
「そんなことはありません。初期教育のときにはちゃんと街に出ました」
ぺたんっ、と胸を張って私は告げる。
「具体的には、お使いに行って勉強用のノートと鉛筆を買ってくることができます。私はそれをやってのけました」
「……筋金入りの箱入り娘なんだなお前」
「何ですかその顔は。教師の人が何とか外に連れだそうとするのを熱があるとかお腹痛いとかいろいろと理由付けて逃げてたとかそんなことはないですよ全然」
「うん、よくわかった。取り敢えず、迷子にならないように手ぇ繋ごうな」
「ほほう。なちゅらるに手を繋ぎたがる辺り、私の魅力に気づき始めたようですね」
「成る程、確かにお前の言う通りだな。うん、やめるか」
「ひうぅー……ごめんなさいですそーりーです見捨てないで下さい少佐ぁー」
「わかった、わかった。……わかったからそんな抱きつくな」
少佐と手を繋ぎながら、恐る恐る私は街を歩く。が、妙に道を行きすれ違う人々の視線が気になる。学校の制服を着た人間の少女たちが、こちらを見ながらわーきゃーと話をしているのが見えて私は怯える。
「少佐、人がこっち見てます……。田舎者は帰れって言われてるんでしょうか?」
「んなわけあるか」
「では何故」
「それはまあお前が、その……あれだからだよ。あれ」
「あれ――ふむ。やはりツインテールでない私はこう、いまいちぱっとしないというか、はっきり言ってしまって、ださい、とかそんな感じなのですね。おのれアリス、許すまじ……!」
「いや、違うんだけど……」
「というか、私たちはどこに向かっているのですか?」
「ゲームセンター」
「げーむせんたー……それはまたえらくニッチなところに向かってますね」
「行きつけの店だ。あんまりはしゃいで迷惑かけるなよ」
少佐に手を牽かれるまま、繁華街なのか活気のある通りを行き、そこの脇道から入り組んだ道へと潜り込み、そこから奥へ奥へとぱたぱたと進む。左右の頭上を埋め尽くす様々な看板の数々。
「はっ!? これはまさか、都会慣れしていない美少女が騙されていかがわしい店に連れ込まれる典型的なパターンでは」
「ねえよ。どこで覚えてくるんだそんなシチュエーション――ほら、ここだぞ」
と言って少佐が示すのは、洒落た扉を洒落たインテリアで飾り、緑色のボードを表に出した店。何だか喫茶店みたいな感じだ。
まあそれもそのはずで、現代においてゲームセンターといえば、基本的に一昔前のパーソナルゲームを置いた個人店を指すのだから当然と言える。
コンピュータゲームと言えば仮想現実を使ったソーシャルゲームが主流なこのご時世において、ゲームセンターだのパーソナルゲームだのといったものは極めて骨董感溢れるニッチな趣味でありレトロな趣味であり、従ってちょっと人と違った玄人感を出せるお洒落な趣味として、密かなブームとして情報サイトで紹介されている。
本来のゲームセンターというのは騒がしくて雑然としていたために小さな子どもは保護者同伴が義務づけられた危険な空間だったというが、現在のゲームセンターは静かでお洒落なために、あまりに小さ過ぎるお子様は立ち入り禁止な、ちょっと大人な空間である。
ちなみに、私にとっては割と、いや結構ハードルが高い。
当然ながら尻込みする私だが、少佐は慣れた扉を開けて中に入っていく。
なので、おずおずとそれに続く。
扉を抜けた先にはカウンターがあり、眠たげな目をしたお姉さんが座っていて、
「いらっしゃーい」
と気の抜けるようにのんびりとした適当な返事をした後、少佐を見、のんびりとした口調はそのままで言う。
「おー、兵隊さんじゃん。久しぶりー。元気してたー?」
「まあそれなりに、ですね」
ソウザキ少佐はフランクではあるが、意外にも丁寧な口調で返事をする。
と、少佐の隣で縮こまっている私を、カウンターのお姉さんの視線が捉え、私はとっさに少佐の背中に隠れる。
「うわ、何その娘。めっちゃ可愛いー」
と、のんびりと驚くという器用なリアクションをしてから、ソウザキ少佐にジト目を向けて言う。
「誘拐?」
「違います」
「え、じゃあ彼女? 何々、兵隊さんってそういう趣味だったの?」
「違います。俺の親戚がこの辺りに住んでまして、その娘なんです」
と、真顔で嘘を吐く少佐。
「夫婦二人して忙しいらしくて、ときどきこうして俺が面倒見てるんです」
「へー。あー、そういやクォーターだとか言ってたっけ?」
「父がハーフで、こっちで母に婿入りしたんです」
「ははあ。成る程成る程、それで二つの文化の狭間で苦労したと。それでそんな風に目つきが悪くなっちゃったんだね」
「いや、その、目つきが悪いのは生まれつきでして……」
「またまたー。私も昔は結構やんちゃしてたからねー、君の過去がどうであろうと気にしないよー。ウェルカム、ウェルカムだよー」
「本当に生まれつきなんですが……」
と、ソウザキ少佐は軽く落ち込んだようにぼやく。
私とは言えば、そんなソウザキ少佐の姿を見て、ちょっと不思議な気分になる。
軍隊には常に階級が付き纏う。
例えば、検問所の兵士の人はソウザキ少佐に向かって冗談を飛ばしていて、それは親しみの裏返しだ。
しかし、どれだけ親しくても二人の間には階級によって一本の線が引かれている。
その一本の線を踏み越えないように、二人は会話をしている。
それが具体的にどういうことかと言われるといまいち論理的には説明できないが、あの兵士の人はあくまでも自分が「下」であることを忘れずに冗談を飛ばすし、ソウザキ少佐も自分が「上」であることを常に意識して対応している。
そんな風に思える。
しかし、こうして軍隊の外に出てしまえば、ソウザキ少佐はまだ二十代で、さすがにもう子ども扱いされることはないにしろ、まだ全然若造扱いされる年齢だ。自分の親ほどの年齢の部下に命令を出すこともある人間には到底見えず、こうして「兵隊さん」なんて言われてしまう。
少佐の後ろでそんなことを考える。
そんな私の、さらにその背後から。
突然、何かもの凄い勢いで尻尾を振って走る茶色いもこもこした物体が現れてそのままこちらに突っ込んできてとっさに振り向こうとした私の背中にタックルを食らわせてそのまま床に押し倒される唐突に姿勢制御が失われたことに私は大いに混乱し反射プロセスで悲鳴。
「うにゃああああああっ!?」
どたんばたんぺたんぺたんと暴れて逃れようとするが、わんわん、と顔を舐め回されて何だこれは変質者かいや違う人じゃないじゃあ何だそうか怪物かやはり街は怖い超怖い基地の外になんて出るんじゃなかったもう駄目だと私は悟り少佐に向かって悲痛な覚悟を決めて叫ぶ。
「もんすたーっ! 私に構わず逃げて下さい少佐ーっ!」
「落ち着け落ち着け」
そう言いながら、私の上に乗っかっている怪物を少佐が、ひょい、と両手で抱え上げる。抱え上げた怪物をちょいとのぞき込んで、言う。
「ベルカもやめろ」
少佐の両手に抱え上げられた怪物は、ぱたぱたぱたぱた、とちぎれそうなくらいに身体と同じく茶色い尻尾を振り回し、はっはっはっはっはっ、と間の抜けた顔でピンクの舌を出している。
犬。
茶色い毛並みの、小型の犬だ。
わあん、と。
私はツインテールを振り回そうとして、髪を下ろしていることに気づき、仕方が無いので腕をぶんぶんと宙に向かって振り回して叫ぶ。
「ふぁっきんっ! このすけべどっぐはなんて破廉恥な真似しやがるんですか! 私がこの先お嫁に行けなくなったらどーするんですっ!?」
「こいつ雌だぞ。ちなみに名前はベルカな」
「ふぇみにずむっ! 雄だろうと雌だろうと知ったこっちゃないです! ふぁいと、ふぁいと、今すぐにでもドッグファイトです! 私とドッグファイトを踊るのです! 私の名前はデイジー! そちらも名を名乗りなさい!」
「だからベルカだっての」
「のーっ! こういうのは本人が言うものです! はりーっ!」
その言葉に相手は「わふっ!」と応え「わおんっ!」と鳴き、「よくぞ言いましたっ!」と私も吠えて突進する。
「覚悟ぉっ!」
「するなするな」
少佐が手に持った犬を抱えたままで、ひょい、と身をかわす。
「邪魔をしないで下さい! 美少女には一生に一度やらねばならないときがあるのです! 今がそのときです!」
「よくわからんが、一生に一度ならもう少し大事に取っておけ」
そんな私たちの様子を見て、カウンターのお姉さんが楽しげに言う。
「いやあ仲が良いねえ。お二人さん」
「貴女の犬のせいですがね」
憮然とした顔でそう言って、抱えた犬を突き返す少佐。
によによ、と笑いながら受け取る女性。
へっへっ、と大人しく引き渡される犬。
私は犬に告げる。
「いいですか! 今日のところは勘弁しておいてあげますが、次に会ったら絶対に決着を付けてやります! 覚えておくがいいです!」
「黙ってろ」
少佐が私の額を指で弾き、あうち、と私は額を押さえ、むー、と少佐を睨む。
「そんで兵隊さん」
カウンターのお姉さんは犬を自分の膝に置く。
ぽふ、と顎をその頭に載せて、彼女は尋ねる。
「今日はどの筐体にする? 二人で対戦できるもの? パズル? 格ゲー? レースゲーム? どれもちょっとやばいくらい白熱するよー」
「なんで子どもと本気でバトルさせようとしてるんすか……。いつものでいいです」
「へーい。21番B席ねー。そんじゃ、タッチしてプリーズ」
「軍属の俺なんかが言うのもあれですが、接客業がそんなんでいいんですか……」
言いつつも、少佐はカウンターに置かれた認証機に指先でタッチし入金。
入金を確認した後、お姉さんがカウンターの下から何かを取り出す。
ちゃりん、と。
聞き慣れない音がして、お姉さんが置いたそれを私は見、思わず声を上げる。
「りあるまねー! すごいです本物の硬貨です初めて見ました!」
「ほほうなかなか良い反応。ちなみにこいつは一〇〇円玉だよー」
見てみ、と言いながらお姉さんは私にその硬貨を一枚手渡す。私はうっかり折り曲げたりしないようにそっとそれを手に取って、「100」と数字が刻印されたそれを見る。きらり、と銀色に光るそれを裏返すと、小さな円形の中に刻み込まれた精緻な花の紋様が見える。
はー、と私は溜め息を吐いて言う。
「びゅーてぃふぉー! すごく綺麗です! 昔の人はこんなものをお金として使っていたのですか! 何とまあ贅沢な!」
「気にいった? 記念に一枚あげよっか?」
と、お姉さんが言う。
「あ、いえ」
と、私は言う。
「お気持ちは嬉しいのですが……硬貨というのは、本来、お金として交換するものであって飾るものではないでしょう?」
「いやあ、とは言っても今じゃ骨董品みたいなもんだしね。飾る人もいるよ」
「そういう人もいるでしょうし、悪いとは思いませんが……私は、いいです」
「そっか」
と、特に不快になるでも残念がるでもなく、お姉さんは笑い、それから硬貨がぎっしりと詰まった袋を私に手渡す。
「でもま、据え置きゲームには、こいつが必要だからね。追加で遊ぶときはそこの兵隊さんにおねだりしてねー。いや……今どき子どもがゲームセンターに来ることなんて滅多にないことだからさ。実を言うとおねーさん嬉しくてねー」
それに、と彼女は片目を閉じて言う。
「ウチのゲーム機も、きっと喜んでるよ」
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