03話.[当たり前じゃん]

「これとかどうかな!」

「明日香にはもっとシンプルな方がいいよ、あとは色々な人がいるだろうからお腹は隠そう!」

「やーだー! ビキニタイプがいいもん!」


 昔はスクール水着を着用して入ることすら恥ずかしいと口にしていたのにどうしてこうなってしまったのか、何故に露出したがりになるのだろう。

 いくら夏休み前に行くとは言っても同じような心理の人がたくさんいるかもしれない、そしてその中にはちゃらちゃらとした人がいないということもないわけで、できればナンパをされるとかそういう展開にはならないようにしたいというのが兄としての望みだった。

 せっかくテストだけは終わって気分がいい状態になったのに妹を守らなければならないということで気を張りたくないのだ。


「これにしよう、一体型のようだし不安もないでしょ?」

「べつに兄ちゃんに選んでもらうために付き合ってもらったわけではないからね? 私はただあれだよ、……ひとりじゃちょっと不安だっただけで」

「……わかったよ、それなら自由に選びなよ」


 近くに設置してあったソファに座って待たせてもらう。

 ここからなら見えるから問題もないだろう。

 それにしても今日はまだ約束と違って金曜日なんでね、今日終わったばかりで普通に寝たいよねという感じで船を漕ぎ始めていた。

 土曜日という約束だったから明日にしてくれればよかったものを、部活動が午前中まであるから焦れったいとかでこうなったのだ。


「……ちゃん、兄ちゃん!」

「ん……あ、買ってきたの?」

「うん! だから帰ろっ」


 しかももう19時を過ぎているから単純に怖い。

 隣に明日香がいてくれようが関係ない、怖いものは怖い。


「明後日さ、プールに行こうか」

「えっ、そんなにすぐでいいの!?」

「夏休みが始まっちゃうと泳げないだろうから」

「ありがとうっ、めっちゃ行きたい!」


 それでも情けないところは見せられないため予定通り誘う。

 結果がわかるまでは結局なにもできなくなる、それで無駄に考えてひとりで不安に押し潰されそうになるよりはマシだろうと判断してのことだった。


「そんなに怖いなら手を握っててあげよっか?」

「え? 怖いなんてやだな、明日香がいるのに怖くなんてないよ」

「そうなんだ、ならよかった」


 街灯だってちゃんとあるぐらいだしいきなり知らない人に声をかけられたりしない限りは一切問題ない、それに兄として明日香を守ってあげなければならないから怯えているわけにはいかないのだ。


「ひゃあ!?」

「にしし、私がタップしただけだよ~」

「はぁ、やめてよ本当に……」


 自分が女の子だったらいいだろうけど可愛げもない野郎だからな……。

 めちゃくちゃ恥ずかしい、いまからでも女の子になりたいぐらい。


「兄ちゃんってさ、声も高いから女装できるんじゃない?」

「や、やめてよ……大体、そんなの持ってないし」


 メイクとか……知識がなくてわからないし。

 ……ちょっと興味はあるけど、僕がしてもモンスターが誕生するだけ。


「帰ったらメイクしてあげるっ、それで直くんに会おうよ!」

「な、なんだっけ? ウィッグ……? とかだってないでしょ?」

「あるよ! 全て私に任せてっ」


 ――数十分後。


「いいね! それなりに女の子に見えるよ! 撫で肩なのもいいね!」


 女の子目線でそこそこの感じに仕上がったらしい。

 確認はさせてもらっていないからなんにもわからない。

 そして実際にこのまま会うことになった。

 家に呼ぶと紛らわしいからということで中間地点で集まることに。


「来てくれてありがとう!」

「まあ、テストも終わったからな」


 明日香の後ろに隠れている自分。

 ……明日香より背が低いのはなんでだろうという複雑な気持ちが。


「つか、ひとりで出歩くなよ、危ないだろ」

「今日は兄ちゃんと水着を買ってきたんだ!」

「徹と行ったのか? 友達とプールに行くのか?」

「ううん、日曜日に兄ちゃんと行ってくる!」

「はあ? はぁ……」


 あんまりいい気分にはなれないよなあと。

 自分から言っておきながら自分は行かないと言って、なのにやっぱり妹とは行きますってそんなのはさ。

 基本的には怒らないけど直之だって怒るときは怒る、人間なのだからなんらおかしな話とは言えないけど。


「つか……ひとりじゃなかったんだな」

「うん、私の友達の東子ちゃん!」

「無理があるだろ、徹なのはわかっているぞ」

「えっ、なんで!?」

「怖がっているときの仕草がまんま徹だ」


 待ってほしい、自分より大きい明日香に隠れているんですが。

 それなのに見破るとか鷺谷徹マスターじゃんこれ。


「見せてみろ」

「はーい……」


 これってかなり黒歴史になるのでは?

 そりゃまあ男なんだから女の子みたいに可愛らしく仕上がらないことはわかっていたけど、ばれたらばれたで複雑と言いますか……。


「へえ、仕草さえ隠せていればなんとかなったかもな」

「でしょっ? あんまり男の子! って感じの顔もしていないからさー」

「明日香、ちょっと先に帰ってくれないか」

「はーい! それなら後で怖がりの兄ちゃんを持って帰ってきてね!」


 あぁぁ……長く一緒にいるから直之の言いたいことがわかる。


「なんで明日香とは行くんだ?」


 やっぱりこれ。

 でも、あくまで冷静にいつも家事をしてもらっているからそのお礼だと答えておく。


「そもそも俺は3人で行くつもりだったけどな」

「え、ふたりきりって……」

「違う、あれはまあそれ以外の日に行くつもりだったんだ」


 いや駄目だ、これ以上この状態で話をしていると恥ずかしくて死ぬ。


「か、帰るねっ」

「送る」

「そ、そう、好きにしたらいいよ」


 それにどうしようもなく眠たいから早く転びたい。

 みんなには仮にお世話になっている妹から無茶なお願いをされても、それを軽く受け入れたりはしないで別の手段で返すことをおすすめする。

 ただ、正直に言えばなんかドキッとしてほしかったなあ。

 ああいう静かなリアクションが1番傷つけるということを知ってくれ。


「それじゃあな」

「うん、付き合ってくれてありがとう」

「あんまり女装とかするなよ、お前は男なんだから」

「はぃ……男なのにごめんなさい」


 もうふて寝してやろう! そうしないとメンタルが終わる!

 明日香のだろうが一切気にせず脱ぎ散らかして部屋にこもる。

 もうなにかに巻き込まれたりしないように、せっかくテストも終わったのに無意味なことで傷つきたくない。

 幸い、これまで少しだけ無茶を続けてきたことですぐに寝ることができたのだった。




 うへぇと内で呟く。

 何故か夏休み前なのにたくさんの人がいた。

 嫌がった泳げない状態というのが再現されている。

 それでもマシな点は明日香が直之を誘ってくれたこと。


「おぉ、いい天気だね鷺谷くん」


 そして白石さんもやって来てくれたことだ。

 これで明日香をよくない輩から守ることができる。

 白石さんもなにかに巻き込まれるリスクはあるものの、そこは直坊がいるからあまり心配する必要もないだろう。

 だが、流れるプールはもう人の群れによってできているような光景が広がっているし、波のプールはまだ該当する時間ではないから意味がない。


「ここに入るのは自殺行為だな」

「そうだねー、明日香ちゃんもいるから避けたいかも」

「それならとりあえず水に入れる波の方に行くか、あんまりいないから」


 確かに、こっちに入ると接触することになるからな。

 故意じゃなくても相手からすれば触れられたことには変わらないわけだし、そういうのを一切気にせず近づく人間もいるかもしれない。

 妹だけは兄として守らなければならない、これぐらいは当然だろう。


「にしても意外だな、白石がそんなシンプルなやつを選ぶなんて」

「えぇ……派手なのはあんまり好きじゃないから……」

「ま、似合ってるんじゃね? 明日香のもいいな」

「ありがと! やっぱり直くんはそうやって言ってくれるから嬉しい!」


 褒めてあげられなくてすまない。

 でも、別に僕から言われなくたってなにも変わらないだろうしね。

 ちなみに僕は上を脱いですらいない。

 なんなら入るつもりもない空気の読めない人間だった。

 な・の・で、僕は直之との時間を作れるように遠慮をしてあげている。


「暇だ……」


 10分休みはまだきていないからこちら側には人があまりいない。

 なんかいいな、パラソルの下だから無駄に日焼けしなくていいし。

 少し視線をやれば両手に花状態の直之が見える。

 ふたりとも接触こそしていないけど、流石に距離が近かった。

 そりゃそうだ、だって明日香にとっては好きな人だし、白石さんにとっては気になっている人かもしれないからね。

 あそこに入って邪魔をするわけにもいかないからこれが正しかったんだよ、一緒に楽しんでいたらそもそも守れないからと言い訳をする。

 時間になったらそこそこの人がこっちにも来たけどそれでも流れるプールよりは遥かにマシだった。


「鷺谷くん」

「え、いいの?」

「うん、明日香ちゃんが直之くんといたそうだから」


 彼女は空いていた椅子に座って「今度ふたりきりで行く約束だし」と笑みを浮かべて言ったけど、……正直に言えばこちらは目のやり場に困ってしまう。


「なんで入らないの?」

「荷物番でもしようと思って」

「でも私たち、荷物はロッカーに預けてきているよ?」


 いまそういう正論はいらない。

 筋肉とかも全然ないから脱ぐのは恥ずかしいんだ。

 その点、直之は筋トレもしているから割れていていい。


「あ、直之くんから聞いたんだけどさ、女装したって本当?」

「う、うん」

「今度見せてくれないかな?」

「え……あ、それには明日香に手伝ってもらわなければ無理だから」


 明日香は身内的に厳しく言わなかっただけだろう。

 直之もいつもの優しさというやつだ、僕に悪口とか言わない人だし。


「大丈夫、ちゃんと手伝ってもらえるように頼んでおくから」

「み、見てどうするの?」

「え、だってずるくない? 私も見たいよ」


 その気持ちはよくわからない。

 ただ、避け続けるよりは早く見せてしまった方が問題はないと思う。

 そのため、どうせ集まっているのならと今日実行することにした。

 それでもいまは楽しんでほしいから直之のところに行くよう言う。

 そうしたら直之がこっちに来てしまった。


「脱げよ」

「え……」

「女装を女に見せるよりはまだ裸の方がマシだろ」


 上を脱ぐことは可能ではあるけどどうしようもない。

 だって下着を履いたままなんだから、それは彼もわかっているのに。


「ここに来て別行動とか有り得ねえから」


 ごもっとも!

 だったら人を誘うなとでも言いたそうな目だった。

 ……嫌われると明日香が困るから大人しく従っておく。


「……筋肉とかないから恥ずかしいんだよね」


 太っているわけでもないから考えすぎなのかもしれないけど。


「ちょうどよかったんじゃねえか、女装しやすいだろ」

「いや、好きでしているわけでは……」

「お前さ、あれで俺を騙せると思っていたんだろ?」

「そ、そんなつもりは……」


 実際はその通りだった。

 こちらだけ恥ずかしいところばかりを見られているから少しでも驚いたような顔が見たかったのだ、たったそれだけで満足できたはずなのだ。

 だが、結果は残念なものだった、きちんと見られる前から僕だとばれてしまっていて……あんなの複雑にならないほうがおかしい。


「あと、なんか最近避けてねえか?」

「避けてないよ、白石さんと仲良くしてあげてほしいだけで」

「これまで散々俺の事情なんて考えずに頼んできたお前にしてはおかしな行動だと思ったんだけどな」


 冷たい視線が突き刺さる。

 なんらかの事情があるときなんかには無理やり誘ったりはしていなかったけどな、直之からすれば……迷惑って感じていたのかな。


「と、とにかくさ、ふたりのところに行ってあげてよ」

「お前も連れて行くに決まっているだろ」

「い、いや……ほらあのさ」

「パンツぐらいでなんだよ、帰りはノーパンで帰ればいい」

 

 残念ながら水をかけられてしまった、しかも脱いだ後の服に。

 着替えなんか持ってきていないから……面倒くさい帰りになるぞこれ。

 履いたままだから脱いでこようとしたのにもう……。


「男なんだから気にすんな」

「はぁ……わかったよ」


 あえてそこに水をかけなくたっていいのにと文句を言いたくなる。


「あれ、兄ちゃん来たんだ」

「ここにいる意地悪人のせいでね」

「あははっ、直くんは兄ちゃんとも遊びたかったんだよっ」


 ここで水をかけあって遊ぼうって?

 男同士でしていたらやばい、やめておいたほうがいい。


「それじゃあ明日香ちゃんは借りていくねー」

「えっ、ここは直之を借りていってよ!」

「いやいや、私たちは後で楽しませてもらうから」

「後で楽しむってどういうことだ?」

「今日は彼にまたあれをしてもらうのです、またお昼になった会おう!」


 こうして別行動をしていたらなんにも意味がないじゃないか。

 それに直之とはこれ以上仲も深められないし。

 片方は直之のことを好きで、片方は気になっているんじゃないの?


「あれってなんだ?」

「じょ、女装だよ」

「気に入ってるのかよ……」

「ち、違うっ、僕だってあんまり見せたくないさ!」


 でも、どうせ嫌だ嫌だと言っても聞いてもらえないから。

 あまり強気な態度というのも取りたくないし、しょうがない。

 どうせ直視することで次には繋がらないだろうからね。


「というか、なんで俺は徹とふたりでいるんだろうな」

「本当にね、なんで女の子たちは行っちゃったんだろうね」


 別行動をするのなら一緒に来た意味がない。

 濡らされてまでこうして来たのに、濡れ損じゃないかこれじゃ。

 自分たちが考えているより女の子は強いのだろうか。

 男なんかいなくても自分の身は自分で守れると?

 お昼だから、明るいから、周りに人がいるから。

 確かに夜よりは安全かもしれないけど、見て見ぬ振りをされる可能性だってあるかもしれないのに。

 それに何度も言うけど彼が目的だったのでは?


「でも、正直に言えば女みたいでよかったんじゃねえか?」

「は、はあ!? い、いきなりなに言ってんのさ……」

「いや、これマジだからな」


 ……不味い、こっちがドキッとしてどうする。

 しかも相手は同性なのに、優しいけど可愛げのないところもある直之なのに、いやまあ、女装状態を褒められただけだからまだマシかと慌てて片付けておいた。


「ま、白石や明日香の方が可愛いけどな」

「当たり前じゃんっ、女の子に勝てるなんて思ってないよ」


 そもそも勝負がしたいだなんて考えてもいない。

 あれだって明日香が言ってきて、無理やり実行しただけで。

 そこに自分の意思はなかった、白石さんのときと同じで延々に言われることになるぐらいならと諦めただけ。


「それなら俺も見に行くかな、この後は別になにもねえし」

「直之にはもう見られているからどうでもいいよ……」

「急に話は変わるが、今度の夏祭り、明日香も誘って行こうぜ」

「うん、それはいいよ、明日香も中学最後の夏を楽しみたいだろうしね」


 ……これは明日香を異性として意識しているわけじゃないよね。

 明日香が僕の妹だからと誘おうとしてくれているだけで。

 んー、兄としては明日香に報われてほしいし、直之の友達としては本当に好きな人と付き合ってもらいたいと思うし。

 色々と難しい立場であることは明白だった。

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