02話.[続いているから]

 いまの僕にできることは勉強を頑張ることだけ。

 だから直之の側にたくさんの人間がいようと、自力でやるしかないというのが現状だった。

 そもそもの話、テスト本番などは自分ひとりで戦わなければならないのだからあまり群れない方がいいだろうという考えがある。

 ……それが自分の選択によるものではなく、仕方がなくそうするしかできないというのが情けないところではあるけど気にしないようにしていた。だって気にしたところで悲しくなるだけだから。

 昨日も一昨日も午前3時ぐらいまでは頑張っているから問題ないはず。

 そのかわりに凄く眠たいけど……。


「起きてますかー」

「起きてませんー」


 直之と友達だと異性が話しかけてくれていいな。


「眠たいの?」

「うん……そうかも」


 放課後はすっかり僕、直之、白石さんでやるようになっていた。

 そのため、直之はよく独占されてしまうため少し困っている。

 自分だけではまだまだできないところもあるのだ。


「休み時間は寝たらいいじゃん、それで放課後は集中しよっ」

「そうだね……おやすみ」


 集中しよって言ってくれたけど複雑だった。

 でも、寝ておかないと知識が吹き飛ぶから気にしないでおく。

 もちろん授業中はちゃんとして、休み時間になったら寝て。

 お昼ご飯を食べながら寝て、授業にはしっかりとして。


「やっと放課後だぁ……」

「ここからが本番だけどね!」


 いまの僕にはその笑顔は眩しすぎる。

 ただ、キラキラ眩しすぎて眠気というのは吹き飛んでよかったけど。


「白石、また同じところ間違ってるぞ」

「えぇ……もう、難しい!」

「やればできるから頑張れ」

「一緒にやってくれる?」

「ああ、やってやるから」


 ……なんか直之を取られた気分になって複雑だ。

 これならどうせ偏るだろうし一緒にやってもしょうがない。

 そうわかっていたはずなのになんでまたやっているんだろうね。

 まあいい、ひとりで静かにやっていようと向き合っていた。

 途中、白石さんがトイレに行くということだったのでその際は休憩したけれども、だからって別になにか話で盛り上がるということもしない。


「ただいま」

「おかえり、ほらやるぞ」

「うへぇ……直之くんって厳しいなあ」

「馬鹿言うな、ありがたく思えよ」


 おぉ、乙女の顔って感じがしている。

 直之も白石さんに対しては冷たいということもなさそうだ。

 ということはこのまま仲を深めれば上手くいくかも。

 彼女はお礼をしようとするだろうし、そうすれば一緒にいる時間も必然的に増えるだろうし。

 ぐっ、そうなるとやはり僕の存在は邪魔になるな。

 だからってやっぱり急に帰ったりはしようと思わないけど。


「ねえ、ふたりでプールに行きたい」

「俺とお前でか? まあ、余計なことをしなければいいぞ」

「余計なことって?」

「べたべた触れてきたりしないとかそういうのだ」

「しないよそんなのっ」


 すみませんがいちゃいちゃは他のところでやってくれませんかねえ。

 逆にこの状態で集中できたら自分の集中力が最強なものだと証明――なんて無駄なことを考えていちいち引っかからないようにしておく。

 ネガティブな思考をするタイプではないのだ、もちろんずっとポジティブでいられるわけではないけど。


「徹、わからないところはないか?」

「大丈夫、ありがとう」


 もし僕が遠慮をしたり、白石さんをサポートしたりしたらふたりはいい関係になれるだろうか? 直之が誰かと付き合えて楽しそうにしているところを見てみたい。

 テストで頑張るとか、プールに行きたいとか、異性といたいとか。

 そんなことよりもずっとそちらの方に興味があった。


「鷺谷くんは真面目だけど見ていて不安になるよ」

「どういうことだ?」

「なんか……壊れるまでやっちゃいそうっていうか」

「大丈夫だ、徹はそこまで勉強が好きじゃないからな」


 そう、赤点を取らないようにしているだけ。

 できることなら勉強なんかしないで明日香と話していたり、直之と遊んでいたりしたい。

 そもそもの話、そこまでの集中力がなかった。

 調子が悪ければすぐに寝るし、現実逃避だってすぐにする。

 前向きな思考と言えば聞こえはいいけど、結局は痛いところを直視しないようにしているだけにすぎないと思うんだよね。


「待て、昨日何時に寝た?」

「3時半ぐらいかな」

「馬鹿だろお前、それなら早く起きてやったほうがいいぞ」

「大丈夫だよ、終わったらたくさん寝るから」


 赤点を取らないという自信があった。

 先程も言ったけど中間考査だって難なく乗り越えられたのだ。

 自分らしく向き合っておけば問題はない。

 なので余計なことを気にしないで真面目にやってと偉そうに口にした。


「ちょっと早くに終わらせようよ」

「なんでだ?」

「アイス食べたい! ふたりがこの前食べているのを見てさー」

「監視は怖いな……ま、誰かさんが眠そうだからもういいか」


 ふたりがそう決めたのなら異論はない。

 学校のほうが捗るから僕はここでやっていくだけだ。

 というか、なんだかんだ言っても家でも真面目にやるって偉い。


「は? 今日も残っていくのか?」

「うん、家だと誘惑が多いから」


 一応好いてくれているのか明日香がよく来てくれてついすぐお喋り状態になってしまう。

 その後に明日香が作ってくれたご飯を食べたり、温かいお風呂に入ったりすると今度は眠くなってしまうからここでやっておかなければ駄目だった。

 ふたりは相変わらず帰ると決めたらすぐに帰るタイプだから助かる。

 でも、喉が乾いたから自動販売機で飲み物を買って、教室に戻ったらついつい飲みながらぼうっとしてしまって。


「はっ!」


 気づいたら教室内が真っ暗だった。

 携帯を見てみたらどうやら20時を越えているみたいで慌てて教室を出たものの……。


「うぅ……」


 夜の校舎内というのはとにかく不気味で仕方がない。

 昇降口に行くまでが最凶だ、エコとか言わないで誰かがいるんだから照明を点けていてもらいたいぐらいだと内側は大暴走。

 救いなのは昇降口の扉が閉められ鍵がかけられたわけではないこと。

 それに外に出てしまえば外はところどころ照明があるから怖くない。

 ……というのは言いすぎだけど、少なくとも真っ暗屋内にいるよりかは遥かにマシだと言える環境だった。

 でも、急に足音が聞こえてきたり、がさって音が聞こえてきたりした場合にはやはり肩が跳ねる、自分自身がぴょんと飛ぶ、わー! と叫びながら走るといったように大忙し。


「徹」

「ぎゃあああ!?」

「いちいちそんな反応をするなら遅くまで残ったりするなよ」


 実は家の中でも怖かったりする。

 特に2時を超えると丑三つ時なのもあってぶるぶるしてしまう。

 多分だけど途中でふっと照明が消えたりしたら死ぬ、真面目に。


「……アイスは食べたの?」

「ああ、食べた」

「プールの件だけどさ、あれやっぱりなくていいや」

「は?」

「だって白石さんとふたりきりで行くって言ったでしょ」


 正直に言って、無難にテストを乗り越えられたらそれだけでいい。

 よく考えてみたら異性と友達であっても毎日遊べるわけじゃないし。


「それと、明日からは家でやるよ、本当に残ると怖いから……」

「わかるのかよ?」

「うん、大丈夫だよ、毎日ちゃんとやっているから」

「わかった、それなら白石にはそう説明しておく」

「ありがとう」


 できる限り白石さんの裏の顔を知る前に離れておきたかった。

 あの場では確実に自分の存在が邪魔になるから。

 いまはただ優しさを見せてくれているけどね。

 今日は彼も付いてきたりはしなかったし、頼むこともしなかった。



 

 テスト本番までは午前1時までやることを続けていた。

 テスト前日は21時には寝て、極端な選択をして。


「どう? 自信ある?」

「うん、9教科だけどやってきたからね」


 赤点は絶対に取らない。

 それでも少し緊張していたから白石さんにはお礼を言っておく。

 なんだろう、50メートル走を始める前みたいだ。

 意味なく心臓がうるさく暴れている。

 本当に始まる直前、白石さんの方を見たら「大丈夫」と口パクで言ってくれた。

 ……男というのは単純なもので、たったそれだけで大丈夫だと思えてしまうから不思議だ。

 これのおかげもあるだろうけど、始まってからは後はひたすら向き合うだけだからどんどん落ち着いていく。

 後のことを考えて勝手に不安になる癖がまだあるということなんだなと余った時間そうやってずっと考えていた。


「1教科目だけどお疲れさま!」

「白石さんもね。あ、さっきはありがとう」

「うん、だってなんか緊張しているように見えたから」

「君のおかげでちゃんとできたよ」


 後も同じ、やってきたものを全て出すだけ。

 時間との戦いではなく、自分との戦いだった。

 ちなみに、終わったら突っ伏してもいいと許可を貰っているため、ぱぱぱと終わらし、さささと確認し、問題ないと確認できたら突っ伏して。

 2教科目も3教科目も同じように乗り越えて。

 また明日の分を帰ったら勉強をする。

 とはいえ、しっかりやってきているから確認作業みたいなものだ。


「兄ちゃん、ちょっと勉強を見てほしいんだけど」

「うん、わかった」


 なにもしていないと不安になるからちょうどいい。

 それにいつもご飯を作ってもらっているからたまにはなにかしたい。


「兄ちゃん、テストが終わったらプールに行こうよ」

「友達と行かなくていいの?」

「うん、たまには兄ちゃんと行きたい」

「わかった、行こうか」


 ……結局その後は水着が云々とかって脱線してしまっていたけど、明日香が楽しそうにしているならいいかと甘々な兄ちゃんでいた。

 水着を買いに行きたいということなので土曜日に行く約束もする。


「そういえば兄ちゃんってさ、暗いところ苦手だよね」

「うん、そうなんだよね」


 本当に情けないけど暗闇は無理だ。

 前世は生き埋めにでもされたのかもしれない。


「ならこうしたらどう?」

「……明日香がいてくれるから大丈夫だよ、早く点けて」

「わっ!」

「びゃっ!? ……もう」

「あははっ、兄ちゃんって可愛い!」


 もういい、自分の部屋に戻ろう。

 嫌なことに暗い状態のときってよく変な音が聞こえるんだ。

 ピシッとかキシッとかカチカチとか色々。

 だからすぐに寝られないのもあって、だからこそ遅くまでやって。

 普段であれば学校で寝れば睡眠不足にならずに済むけど……。


「ごめんね、私が一緒に寝てあげるから」

「いいよ……高校生なのに中学生の妹に一緒に寝てもらうとか……」

「いいからいいから、端に寄って」


 女の子の怖いところは案外、押しが強いことだ。

 頑固なのかもしれない、なにを言ってもあまり聞いてもらえない。

 そして僕はあまり逆らえないという情けない人間だった。


「最近さ、直之と仲が良くなっている子がいるんだよ」

「それって三佳さん?」

「うん、え、知っているの?」

「知ってるよ、直くんといたときに話しかけたもん」


 白石さんを応援するということは明日香が上手くいかないようにと願っているようなものだ、……余計なことを言ってしまったと後悔した。


「直くんのことをちゃんと考えているなら気にしないよ」

「大人なんだね」

「うーん、というか関係が変わることを願ってないからね」


 いま家に来てくれているのは関係が続いているからだ。

 でももし、友達ではなくなってしまったら?

 いや、そんなことを願っているわけじゃないけど、自分が選択したことによって愛想を尽かされてしまう可能性がある。

 あ、だけど明日香と喧嘩したわけではないのだから明日香のためになら家に来てくれるだろうか? 家が気まずくても外で会ってくれたり……恋人がいたら難しいかな?

 じゃあせめて明日香が悲しまなくて済むようにしてあげたいな。

 変に拒んだりしていなければいままでずっと一緒にいてくれた直之が愛想を尽かしてしまうなんてこともないはずだ、願望かもしれないけど直之がその程度で離れていくわけがないと考えていた。

 とりあえず明日もテストだ、そしてなんだかんだ言っても誰かが側にいてくれるというだけで怖がらずに寝ることができる。

 明日香なら特にそう、家族だからこその暖かさがそこにあった。

 問題があったとすれば、年頃の娘と寝たことと、夏だからふたりで転んでいたら暑かったことぐらいかな。


「兄……ちゃん、おふぁょ」

「おはよ、昨日はありがとね」

「えへへ……どういたしまして」


 残り2日、頑張らないと。

 終わったらたくさん寝て、土曜日は明日香の水着を見に行って。

 天気さえ良ければ日曜日にプールに行ってもいいかもしれない。

 夏休み前だから生徒と会って気まずい思いにとはならないだろうし。


「明日――あ、寝ちゃってる……」


 当然、すぐに起こしてから1階に移動した。

 

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