21.姫空木
闇に包まれた空を見上げる。黒いカーペットの上に宝石がきらめくように、無数に輝く星を見ても美しいと思える自分に少しだけ安堵しながらもシャルロッテは唇を真一文字に結ぶ。お世辞にも寝心地が良いとは思えない軽いスプリングの感触にふっと息をはけば、後ろに気配を感じた。
「…サークスフィード隊長、どうか致しましたか?」
「っ!お気付きでしたか」
シャルロッテは、振り向いたのちにため息混じりに答えた。
「いやでも気付きますわ。レオナは本当に隊長なの??」
暖かな湯気がのぼるカップを手に持ったレオナは、苦笑する。呆れた顔のシャルロッテを見て、「どうぞ」と紅茶を差し出す。
「なにをおっしゃいます。かれこれ10年姫の護衛を務めておりましたわたくしめにひどい言い草ですな。それに、ずっとサークスフィード隊長などと呼ばれていてはむず痒かったんですよ、姫」
「……フフ、アロイス王子の手前、ね。それよりもレオナ、あなたアロイス王子といつの間にあんなに仲良くなっていたの?」
紅茶を受け取り、一口含んだシャルロッテは、同じく口をつけたレオナを非難混じりに見つめた。
途端に、レオナは紅茶を吹き出しかけ、咳込んだ。
「なんで焦ってるの?レオナ、なんかやましいことでもあるのかしら?」
「ま、待ってください姫!それはいささか語弊が!というより誤解が!!!」
「じゃあ、どういうことなの? あの鉄仮面王子とどうしてあんなに仲が良いのよ!」
ぷくーっと頬を膨らませたシャルロッテ。レオナは、紅茶をベッド横の小さな机に置くと、慌てて座り直した。
「姫、アロイス王子は鉄仮面王子などではありませんよ。あの人は、自分の感情を表に出すのが苦手なのだと思います。」
「随分知ったような口を聞くのね」
「少なくとも、姫は誤解してると思います。あの人は、」
「じゃあ!レオナはアロイス王子の中にいるものを知っているの?!」
シャルロッテが遮って言った言葉に、レオナは目を丸くした。シャルロッテを見れば、唇を軽く噛んで、後ろめたそうな顔をしている。
「知っています。」
「っ!」
途端にシャルロッテは傷ついた顔をした。顔を俯かせたシャルロッテを見て、レオナは気遣う。
「姫、もしかしてアロイス王子のことがを気になっているのですか?」
シャルロッテは顔をぱっと上げた。疑問に思っているのか、こちらをじーっとみつめるレオナにさらに感化され、シャルロッテの顔がみるみるうちに赤く染まる。
「っち!」
「ち?」
「ちっがいますわ!!!!!!」
「姫、お顔が赤らんでおりますが」
本気で心配しているらしいレオナは、シャルロッテの顔を覗き込んだ。シャルロッテはそれを避けるように思いっきり顔をそむける。
「わ、私が聞いたのは……そう、単純な興味からですわ!夫となる人のことを知りたいと思って何がいけないというの!!」
もはや軽くキレ気味に叫んだシャルロッテは、今までため込んでいたものを吐き出すかのように続ける。
「あの人が、鉄仮面なのが私の前だけだというのならば、それはアロイス王子がそうすべきだと思ったからそうしたのでしょう!私が、あの人にとって何か余計なことでもいったのかもしれません!どうせ私は性格が悪いわよ!知ってるわ!それに、ええそうよ!アロイス王子は、私を自由にすると言いましたわ!!この結婚に意味はないともね!!……っでも!私にはどうしてもそうは思えないのです!……っ確かに、はじめはこんな結婚、ありえないと思っていましたわ。でも、でも………!」
唇をかんだシャルロッテ。レオナは、そっとシャルロッテの肩に手をおいた。
「……アロイス王子は、私に何を隠しているのでしょうか。どうして、あの人は私に『知らない方が幸せなこともある』などと言って、私の幸せを勝手に決めつけるのでしょうか」
シャルロッテは顔を上げる。膜を張ったその瞳は激情からか、それとも心のうちにある己も知らなかった炎に焼かれてか。ともかく、レオナはその瞳を見た瞬間─このお方に話さなければいけないと、という想いに駆られてしまった。
レオナは心の中でアロイスに謝りつつも、シャルロッテと改めて向き合う。
「……姫、私がアロイス王子と知り合うようになったのは、あくまでもいち剣士としてです。アロイス王子について詳しいことは存じ上げません。ただ、アロイス王子の中にいる『モノ』については、少しだけ知っています。」
レオナの言葉に、シャルロッテはっとした顔をした。
「教えてくださいませ。お願いです、レオナ」
懇願するかのように強くレオナの手をつかんだシャルロッテ。そのシャルロッテの眼光の鋭さに本気を感じたレオナは分かったと強くうなずき、シャルロッテの手を握り返した。
「……姫、初めにお伝えをしておきますと、これはあくまでも推測であることをご留意ください。私の言葉は王子の言葉でありません。ですから、本当のことが知りたいのであれば、王子に尋ねるのですよ、わかりましたね?」
「わ、わかったわ」
「……では。アロイス王子に巣食うそれは『鬼』です。」
「鬼?」
「はい。人の弱さにつけこみ、その弱さを糧にし、そうして蓄えた養分がたまりにたまったとき、その宿い主を食い殺し、この世に混沌と破滅をもたらすと言う伝説があります。」
「食い殺し、破滅を……!?」
「ただ、その話が本当かどうか、そこまでは分かりません。『鬼』という存在は、語り部の婆から聞いたお話なので」
「でも、レオナはその話がアロイス王子に当てはまると思っているのでしょう?」
「えぇ、まぁ…ですが、先程も言いましたが、あくまでも、憶測です。
「本当に憶測だと思っているの?」
「……鬼を宿した主は、その鬼の好物の色に姿や形を変えるのだと、婆が言っていました。例えば、堕落なら緑、色欲なら赤、と。そして、憎悪は、黒であると」
シャルロッテはレオナの言葉に唇を震わせた。
「アロイス王子は異端なる王子であると……リラ王国の王子でありながら、プラチナブロンドの髪と青色の瞳を持たないのは、鬼が…バケモノが、巣食っているから?」
「もし、その説が真であるならば、アロイス王子の見目が異端と蔑まれる、黒髪に黒い瞳を持っていることと繋がります。」
「そんな…!でも、じゃああの痣は?あれは、なんなの?」
「それは……わかりません。それだけは、伝承と異なりますから……。」
「待ってレオナ、もしもよ、もし貴女の話が本当だとしたら、……あの人の中にいるのは『黒鬼』?」
シャルロッテは自分の言葉に恐れるように息を飲み、ゆらりと顔を覆った。
それは、あまりにも──到底信じられない話であった。アロイス王子の中に、『鬼』などというバケモノがいるなんて。有り得ない。そう思う反面で、もしかしたらそうなのかもしれないと思ってしまう自分がいる。
「待って、レオナ」
はっと、シャルロッテは顔を上げて、表情を強ばらせた。
「……アロイス王子は、化け物に食い殺されてしまうの?」
自分で言った言葉に、ひゅっと喉が締め付けられた。掠れた息がのどから漏れ、まるで凩のような音を出した。
「糧にして、養分がたまったらって貴女言ったわね。ねぇ、それはいつなの?!」
縋るようにしてレオナの衣服を握りしめたシャルロッテに、レオナは戸惑ったように瞳を揺らす。途端に、シャルロッテは泣き出しそうになる。
どうして、そんな顔をするの。わたくしだって、恐ろしくてたまらないというのに。
「具体的には、わかりません。婆もそこまでは話していませんでしたし…」
「っそうね、だってこのお話は定かではないわ。所詮は語り部が紡いできたただのお話しでしかないわ。真偽なんてわかったものではないわよね。」
自分を守るように早口で言った言葉に、気づいた。今の言葉は、良くなかった。レオナの村の語り部様を、馬鹿にしたような言葉で言ってしまった。
「レオナ、私っ!」
謝ろうと口を開いた瞬間、レオナが穏やかな顔で遮った。
「いいのです、姫。そういうことにしておけば、あなたにとってもこの話はうやむやにできますよ」
「違うの!私、うやむやにしたくないわ!!あの人のことを、きちんと知りたいのよ!!」
言ってすぐに、自分がどうしてあの人にこんなにイラつくのか、シャルロッテはやっと気が付いた。
「そうだわ。私、あの人のことを……アロイス王子のことを知りたかったのね。」
まるでパズルのピースがカチリとハマったかのように、とてもしっくりきた。自分の心の中にある不明瞭な凸凹に、ガチャンとねじがはまった音がしたのだ。
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