「お前クビだから」役立たずの雑用係なんてAランクパーティになる俺たちにはもう必要ないんだよと追放された縁の下の力持ち系サポーター少女回収RTA

とりまる

本編

 ここは剣と魔法が支配するとある世界。


 魔物と人が生存権を求めて争うこの世界では、冒険者という職業が脚光を浴びていた。人の手の及ばぬ未踏破領域――魔境に挑み、命をかけた戦いの果てに未知の恵みを持ち帰るものたち。


 命がけの報酬は英雄と呼ばれる名声と、掴みきれぬほどの財貨。


 成功の対価が大きいからこそ、武器を手に取り魔境に挑むものたちは絶えない。国も積極的に推進することで、魔境に面した国々では冒険者こそ英雄への道筋になりつつあった。


 人類領域の中でもひときわ未開地の多いボウルケイプ王国。中でも一際大きな魔境に面した冒険都市リバーオーバー。その中央に陣取る冒険者ギルド内では、仕事に区切りをつけた冒険者たちが立ち寄り、併設された食堂で遅めの昼食をとっていた。


 依頼の争奪戦で人だかりが出来る朝方や、報告待ちで列を作る夕刻前と違いギルド内でもっとも穏やかな時間。受付を手前にするホールのど真ん中でその騒動は起きる。


「フィレナ、お前クビだから」

「……へ?」


 言い渡すのは蜂蜜色の髪を整えた美青年、名前を『バーニィ』。新進気鋭にして超一流の領域であるAランクへの昇格が近いと噂されるパーティ、『黄金の槍』のリーダー。


 言い渡されるのはブラウングレーのウェーブがかかった髪の毛を肩まで垂らした少女、名前を『フィレナ』。数年前に口減らしで村を出て、リバーオーバーについたばかりの頃に黄金の槍に拾われた雑用係の少女だった。


「い、いま、なんて……」


 愕然とした様子でつぶやくフィレナを目にして、バーニィは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「お前も噂くらいは聞いてるだろうけど、俺たちは今度Aランクへの昇格試験を受けるんだ」

「う、うん……」

「Aランクになれば今までよりもっと難易度のたかい依頼をこなさないといけなくなる。魔境の深部にだって挑むことにもなる。お前みたいな足手まといは邪魔になるんだよ」


 バーニィの言葉には一理があった。Aランクにもなれば凶悪な魔物が蔓延る魔境深部に挑む機会も増えていく。そうなれば戦闘力を持たないフィレナは完全な足手まといになってしまうだろう。


「で、でも、そんな急に、困るよ……」

「今まで面倒見てきてやったんだ、もう十分だろう?」

「うぅ」


 汚れの落ちきっていない髪の毛。くすんで化粧っ気もない肌。目の下にできたクマ。凹凸の少ない体付き……垢抜けない、疲弊した田舎娘そのもののフィレナを見下ろしてバーニィはわざとらしくため息をつく。


「田舎から出たばかりで行き場のないお前を拾ってやったんだ、もういいだろ、これ以上迷惑をかけないでくれよ?」


 ずっと負い目に思っていたことを指摘されて、フィレナはそれ以上食い下がることも出来ずに無意識に作っていた握りこぶしを開いた。


「は、い……」


 目尻に浮かんだ涙に、頬の汚れが混じり濁って流れる。


 街に着たばかりで右も左もわからないフィレナに笑顔で声をかけてくれたのはバーニィ率いる黄金の槍の四人だった。『俺たちも結成したばかりばからさ、よかったら一緒に冒険者やらないか?』そう誘われて嬉しかったのが昨日のことのようだ。


 盾と片手斧を使う戦士のグレイド。セクハラめいたことをよく口にする瀬の高い青年。オークと正面から殴り会える力強さを持つ頼りになる前衛。


 魔法使いのローザ。フィレナを小馬鹿にする事が多くてあまり付き合いの良い性格とは言えなかったが、豪華な美しさを後ろ盾に自身に満ちた振る舞いをする美少女。多種多様な魔術を使いこなす新人離れした魔術師。


 格闘術を得意とする闘士のクレシア。難しいことは考えない性質で、自分にも他人にも厳しいところがあるポニーテールの美少女。クロスレンジの戦闘力はパーティでも随一。


 そして魔術と槍を巧みに使いこなすバーニィが加わった四人は、当時のフィレナから見ても自分には勿体ないと思えるほどの才能に満ちた少年少女たちだった。


 フィレナは優秀過ぎる仲間をサポートするため、限界を超えて必死に働いた。それはもう馬車馬のように。


 幸いにも才能があった生活魔術を駆使して、洗濯から冒険中の料理、応急手当から採集、解体、マッピング……出来ることは何でもやった。


 出来ないことは必死で覚えた。ギルド務めの引退した冒険者に頭を下げて、少ない賃金の中から授業料を払って。もともと小器用だった彼女は次々と技術を身に着けていった。


 トントン拍子でランクをあげて強くなっていく仲間たちに認めて貰えるように、役に立たないとため息を吐かれたりしないように。昼間はパーティの雑用をこなし、夜は寝る間も惜しんで勉強して。


 街に着てから出来た唯一の友人に励まされながら、折れそうになる心を保たせて。


 その日々が今日、無駄に終わった。


「厳しい事言うようだけど、あなた闘う才能ないんだからさ……ちゃんと役に立つ努力はするべきだったね。これに懲りたらさ、次からはちゃんと頑張りなよ」


 クレシアが訳知り顔で、説教を垂れて背を向けた。


「……あなたみたいな芋娘でもいいっていう男はいるかもしれないから……ま、せいぜい仕事を変えて頑張ってみたら?」


 心配するような顔を作って、馬鹿にするようなことを口にするローザが甘えるようにバーニィと腕を組んだ。


「食うに困ったら来いよ、一晩付き合うならメシくらいは食わせてやるよ」


 グレイドはニタニタと笑いながら、フィレナに家畜を見るような目を向ける。


「じゃあな」


 バーニィはそれを最後にもうフィレナを見ることもなかった。


 仲間たちが去っていくのを黙って眺めていたフィレナは、静かに顔をうつむかせた。


 数秒か、数分か。


「…………」


 ぽたぽたと涙で床を濡らして、ふらつきながら振り返る。


 フィレナは悔しかった、悲しかった。だけど、みっともなく泣きわめくも嫌だった。努力の日々が、その程度には彼女のプライドを育てていた。


 別の仕事を探そう、泣き声が漏れないように歯を食いしばって一歩踏みだした彼女の前に、人影が立ちはだかる。


「つまり、君はもうフリーということだね。よかったら私のパーティに入ってみないかい?」


 顔を上げたフィレナの瞳に、彼女でも知っている有名人の顔が映る。


 ブラウンの髪を背中まで伸ばし、長い前髪で片目を隠した女剣士。


 リバーオーバーに在籍する3つのAランクパーティのひとつ、『風の狼』のリーダーが何故か、そこに居た。



 昼間から行われた追放劇。そのやりとりを眺めていた冒険者たちは風の狼の頭目の行動に驚愕の表情を隠しきれずにいた。


「(風狼レジカ、馬鹿な――)」


 驚いたのは、フィレナを勧誘したことではない。


「(いくらなんでも速すぎる!)」


 追放された直後の彼女に粉をかけたことだ。


 ……実のところ、フィレナはリバーオーバーでは有望株の冒険者として見られている少女だった。


 彼女が習得した技能は多岐に渡る。当初の実力こそ文字通りの雑用係、足手まといの謗りを免れないものだったが。生来の真面目さと努力家な性質が合わさり、数年も経つ頃にはパーティ全員まで行き届く細やかな気遣いまで出来るようになっていた。


 ギルドに勤める引退者は多くがもともとその道で一流だった人間だ。彼等の熱心な指導と本人の努力により、彼女のサポート能力はほぼほぼ万能の域に達していた。


 その時に欲しいと思ったものが欲しいと思ったタイミングで出てくる。更には過酷な労働環境で極まり覚醒した生活魔術は、条件さえ揃えば野営中に『温かい食事』、『風呂』、『虫に悩まされない寝床』、『衣類の洗濯』まで実行可能にしてしまう。


 快適な環境は疲労の回復速度に直結する。階級をあげた彼等のパーティと合同で魔境探索に当たったパーティが、フィレナの能力に目をつけるのは必然とも言えた。


 だからこそ、この場に居てフィレナを知るパーティの関係者は密かに彼女を狙って牽制しあっていたのだ。


 それを先んじたレジカだったが、しかし。


「あ、あの……いきなり、そんな事言われても、今は私……」


 当然のように警戒されて断られてしまう。当たり前だ、つい先程懸命に尽くした仲間から、Aランクの環境では足手まといと切り捨てられたばかりなのだ。同じAランクのパーティから誘われてもはいそうですかと頷けるはずもない。


「……私はね、前から君の培ったサポート術を素晴らしいと思っていた。その努力もとても好ましかった。返答は焦らなくていいよ、私のパーティが君を望んでいるということだけ覚えていて欲しい」


 レジカは敢えて、押さずに引いた。


「(ここで押さない……? まさか!)」


 レジカとフィレナのやり取りを眺めていたAランクパーティ『砕く鉄槌』のサブリーダー、鉄槌のドガンが驚愕に目を見開く。


「………………あ、の、ありがとう、ございます?」


 捨てられた直後に手を差し伸べた上位者。その場で手を取らずとも、少なくとも悪印象には繋がらない。あんなパーティに尽くしてしまうくらい純粋なフィレナならば尚更だ。


「(しくじった――!)」

「(何が風狼! 女狐め!)」


 傍から見れば性急過ぎる一手でしかない。だがレジカは後手の巧手より拙速の初手を選んだのだ。


「(後から群がれば、ただの十把一絡げ……!)」

「(最初のひとりの印象は大きい――傷ついた直後だからこそ!)」


 最速の一手は後の布石。彼女の行路は冒険者だろう、この町ではそれが最も稼げるのだから。才能だけはあったが、それ以外が伴わない"半端者"の仲間から解き放たれ、心が癒えて再び羽ばたく時。美しく羽化するはずの彼女にもう一度手を差し伸べるため。


「(同じ女なら警戒も緩むか! 無念!)」

「(ちくしょう、何でこんな時にリーダーは二日酔いを!)」


 この一瞬は彼女を狙うものたちにとって千載一遇。彼女に良い印象を残せる最大の好機だったのだ。ドガンは機を見据えたが故に出遅れたことに目を伏せ、泥臭く汗臭い男だらけの野営に嘆くもうひとりの男はリーダーの不在に涙した。


「(時として、拙速は巧遅に勝るのだよ)」


 そんな彼等の気配を感じ取り、風狼レジカは内心で勝利を確信した。彼女の率いるパーティは女性が多く、彼女を身内に引き込めればそれだけで士気が大幅に向上する。今までよりぐっと安定した探索が可能になるだろう。


 フィレナは戦えない? 探索中は非戦闘員を守るのが戦闘員の仕事だ。黄金の槍は不当に報酬割合でこき使っていた様子で、あちこちから注意されてもまったく聞く耳を持たなかった。その時点で彼等は上位パーティからはとっくに切り捨てられている。


 上を目指すパーティが優秀なサポーターのためにコストを割かずにどうするというのか。派手な結果が出るために勝手に集まってくるしわかりやすい戦闘員に対して、結果が表に出ることのないサポーターを確保して育てることがどれだけ大変かも知らないで。


「あの、ありがたいですけど、私、まだ……」

「あぁ、いいんだ。努力を否定されて辛かっただろう……暫くは休みなさい。相談で良ければいつでも受け付けているよ」


 内心の憤りを押し込めながら笑顔でフィレナを労うレジカは。少しだけホッとした様子を見せる彼女に勝利を確信していた。


「――フィレナ!」

「ルイ……」


 その直後、ギルドの入り口から慌てて駆け込んできたのは、フィレナと同い年くらいの若草色の髪の毛をおさげにした少女。15あたりで、まだ幼さが抜けていない顔を赤らめて、息を切らしながら駆け寄って間髪入れずにフィレナを抱きしめた。


「さっき、ギルドに居た知り合いが教えてくれて、全部聞いたからっ! あいつら、ホントにっ!」

「ルイ、私……わた、し」


 若草色の少女はルイ。Dランクパーティ『森の雨風』に所属するスカウトだった。街にやってきたばかりの頃、ひとりで買い物中に迷っているフィレナを助けてから度々会うようになり、いつの間にか街で唯一と言っていい友人になっていた。


 まだフィレナが買い物ひとつに四苦八苦していた頃から、彼女がどれほど努力しているか知ってずっと味方でいた少女。親友の登場にフィレナの瞳から、ぽろぽろ涙が溢れ出す。


「頑張ったよ、フィレナはほんとに、あいつらの何倍も、ずっと頑張ってきたんだから」

「うん……うんっ」


 ルイは度々フィレナの待遇に怒りをあらわにしては本人に宥められるということを繰り返していた。今回もふたりの関係を知っている先輩冒険者が、ギルドで行われている追放劇を知って心配しているであろうルイに伝えたのだ。


 案の定すっ飛んできたルイは、フィレナを慰めながら怒りをぶちまける。


「今までどんだけフィレナに支えられてきたかも知らないで! 私が一発ぶん殴ってやるんだから!」

「だ、ダメ。私は大丈夫、大丈夫だから」

「何が大丈夫なのよ!? もう限界! 友達こんな風に泣かされて黙ってろっていうの!?」

「いいの、ルイが怒ってくれたから、それで……だから、危ないことしないで」

「あんたは本当にもうっ……! はぁぁぁぁぁ」


 思わずフィレナに怒りを向けそうになったルイは、深呼吸して何とか怒りを飲み込む。ぶつけるべき相手を間違えない冷静さが彼女にはあった。


 一瞬静かになったギルド内に、少女たちの友情に感化されたのか誰かがぐすんと鼻を鳴らす音が響く。


「(――この子の友人か、装備からしてあまりランクが高くなさそうだが)」

「(確か、開の明星が面倒見てたパーティの子じゃなかったか?)」


 ふたりの様子を眺めて、"おとなたち"はあいも変わらず思考を続ける。


 レジカは少女の装いからマークしていた高ランク冒険者ではないと察して、ドガンはリバーオーバー3つ目のAランクパーティ『開の明星』のことを思い出す。エルフの女性がリーダーを務める、砕く鉄槌とはライバル関係にあるパーティだ。


「はぁ、フィレナ、あんたこれからどうするの? 宛あるの?」

「……考えて、無い」

「お金はあるの? 貯金は?」

「…………」


 おとなたちをよそに、少女たちの問答は現実的なものへと移り変わっていた。何とか暮らしていけるだけの賃金で、消耗品は自分持ち。フィレナに金の余裕なんてない。


「はぁ……ねぇ。前々から言ってたけどさ……私たちと組もうよ、確かに稼ぎは悪いかもしれないけど、少なくともあいつらみたいな理不尽は絶対にしないから」

「……ルイ」


 森の雨風は少女だけの3人パーティ。斥候と剣士と魔法使いとバランスも良い。実力は黄金の槍よりは大きく劣るが、逆に言えばフィレナが無理をせずともついていけるレベルだ。


 甘えてしまっていいのか、でも食べていけないという葛藤がフィレナの中に生まれて、目に見えて悩み始める。


「(この流れは)」

「(良くないな)」


 レジカとドガンの失策はフィレナの財政状況を完全には把握できていなかったことだ。Bランクパーティの収入は大きい。いくら不当に割り引かれた賃金とは言え生活可能なくらいには貰っているからこそ、真面目なあの子であれば暫く凌げる貯蓄もあると勝手に思い込んでいた。


 それが乏しくなった頃に改めて勧誘をと考えていたのだ。よもや消耗品まで負担させているなんて夢にも思わない。


「(参った……低ランクでは共同探索を持ちかけるのも難しいぞ)」


 魔境をパーティ同士が協力しあって探索するのは当たり前に行われていることだ。しかしあくまで同ランク、あるいはひとつ違いが前提になる。


 Aランクが探索するような深部にDランクを連れて行くのは、Dランク側からすれば「今からお前たちを殺す」と宣言されるようなもの。


 かといってDランクが潜る領域にAランクがついていくのは人員の無駄も著しい。


「(これは、まずいか)」


 パーティに馴染んでしまえば引き抜こうとするのも悪印象になってしまう。すぐに駆け上がってくれるならいいが、いくら優秀なサポーターがつくとはいえ数年かけてDランクのパーティがいきなり大躍進は現実的とは言えない。


「でも私、ルイに甘えていいのかなって」

「あのねぇ、友達でしょうが。おんぶにだっこなわけじゃないし、フィレナの実力なら私たちの方が足りてないくらいよ?」

「そんなの……」


 自信なさげなフィレナを叱責するルイが、ニカっと人懐っこい笑みを浮かべる。


「いいの! フィレナと冒険したかったし、たまには私の顔も立ててよ」

「……ありがとう、ルイ」


 決まり手は友情。決心した様子のフィレナを見て、女狼は負けを認め、見苦しく食い下がらないだけの分別と誇りがあった。


「あの、レジカ様……誘ってくれて、ありがとうございます……でも私、レジカさんみたいなすごい人のところでやっていくには……自信が」

「――いや、いいとも。人には適した居場所がある。君がのびのびやっていける場所にいくのが一番だ。願わくば、いずれ君たちと冒険に行ける日が来るのを願っているよ」

「ありがとうございます……」


――負けたな。だが、いい敗北だ。


「失礼しますっ……早速だけど仲間に紹介するから、ついてきて」

「あ、う、うん……」


 ルイはレジカに一例すると、フィレナの手を取って悲劇の現場から去っていく。


 勧誘合戦に敗北したレジカは去りゆく少女たちを見送ってから、食堂のテーブルで様子を伺っていたドガンの隣の席に腰掛ける。


「さしもの風狼も友情には勝てぬか」

「悪い大人にはなっても、悪い人間になったつもりはなくてね」

「ぬかしよるわ」


 悪い大人のささやかなたくらみが、少女たちの友情に破れたのだ。かつて幼かった記憶を思い出せば、一種の爽快さすらあった。


 他人のために怒れるあの若草色の少女なら、傷ついた友人を大切にするだろう。大人として最低限抱いていた心配もなくなった。獲物を取り逃した女狼は、彼女たちの躍進に賭ける方向に切り替えたのだ。


 何故か爽やかな雰囲気を醸し出す悪いおとなふたりの前に、グラスに入った悪いおとなの飲み物がふたつ置かれる。昼間に飲む冷えたビールは、青春のような味がするに違いない。


「彼女たちの未来に」

「彼女たちの未来に」


 ――よく冷えたビールで口を湿らし、爽やかに締めに入ったふたりが何かに導かれるように入り口に視線を向けた。


 そこには金色の髪を腰まで伸ばしたエルフが居た。真っ白な法衣に身を包んだ、若く美しい女のエルフだった。にこにことした朗らかな笑顔が特徴的な開の明星のリーダー『カテジナ』、見た目の割に頭の切れる弓使い。


 カテジナと悪いおとなふたりの目が合う。穏やかな笑みを浮かべていたはずのエルフの口元が柔らかく弧を描き、まるで勝ち誇ったような笑みに変わった。


――時として、拙速は巧遅に勝るのだよ

――確か、開の明星が面倒見てたパーティの子じゃなかったか?


 その瞬間、ふたりの脳裏に自分の思考が鮮明に蘇る。


「ま、待て、いつから……どこからだ!?」

「よもや……いや、まさか、そのようなことが」


 ひとつだけ、高ランクパーティが低ランクに共同探索を持ちかけて違和感のないシチュエーションがある。それは自分たちの弟子にあたるパーティを指導する場合だ。


 開の明星は森の雨風を時おり指導している。有能なサポーターが加わったならば、今までより熱を入れ、高ランクを目指すような指導を行うことになるだろう。それこそ自分たちのパートナー候補として。


 それは間接的とはいえ自分のパーティにフィレナを迎え入れたようなものだった。


 ふたりがそれに気付いた時。カテジナはいつの間にか、顔をいつもの朗らかな笑みに戻してその場を歩き去っていった。


 いつからフィレナの才能に気付いていたのか、どこから介入していたのかはわからない。わからないが。


「してやられた――!」

「あの女狸めが……!」


 誰より先に彼女をみつけ、絆を結んだものがフィレナの友情を勝ち取った。そのことだけは、間違いなかった。



 ……後にリバーオーバー4つ目のAランクパーティとなる『森の雨風』、その大躍進のきっかけとなった出来事の知られざる顛末である。


 同時にAランク候補だったひとつのパーティが優秀なサポーターを失ったことで失速し、元パーティメンバーの少女にちょっかいをかけた挙げ句痴情のもつれの仲間割れが原因でひっそり崩壊し、全員行方が知れなくなったが……身を持ち崩した彼等を気にかけるものはもういなくなっていた。


 使い潰され、やつれてボロボロだった芋娘はもういない。


 いるのは髪を整え、身体の手入れを覚えて、すっかり垢抜けた少女だけ。


 今日もまた、少女はようやく手に入れた仲間とともに冒険に出かける。


 きらきらと光る瞳で、明るい未来を見据えて。

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