第26話 凱旋

 筋肉猪が完全に絶命したことを確認して、俺はスタミナポーションを飲んだ。これで終わりではない。まだやることは残っている。


 あたり一面で燃えていた木も、気づけば燃え尽きて炭になっていた。一息ついたのち、短剣の予備が残っていないことに気づく。


「あ、やべえ、どうしよう」


 討伐対象は、倒した証拠品が必要となる。口だけで倒したと言っても、それでは証明にならない。これはギルドでの鉄則だ。


 なので、筋肉猪も、倒した証拠を持って帰らないといけないのだが。


 あいにく、首を持ち帰るための短剣は、すべて使い切ってしまっていた。


 正直、2~3本余るかと思ったのだが。こいつ、思っていた以上にタフだったのだ。


 ひとまず、どうするか考えよう。そう思って、筋肉猪の死体のそばに座る。こいつの上に座る気には、なんだかなれなかった。


(……孤高、ねえ)


 俺のスキル、「単独行動」は、たった一人で戦い抜くスキルだ。その辺は、こいつとどっか似ているところがあるかもしれない、と思ったりもしたが。


 その最期がこれ、となると、ちょっと怖い。殺した相手が看取ってくれれば、まだ幸せな生涯など、俺は死んでもごめんだった。せめて、孫の顔くらいは見て死にたい派だ。


(やっぱり、俺にはそういうのは、向いてないんだなあ)


 今回の戦いで、俺の冒険者としてのプライドは取り戻せた、と思う。もともとこいつには、それがきっかけで挑んでいるのだから。


 ともかくだ。倒したはいいものの、戦利品が取れない。この状況も、誰かに頼らないといけないが、そもそも誰も頼れそうな人がいない。


 困ったなあ、と首を傾げていると、遠くから人の声がした。


「おい、こっちだ!爆発音がしたのは!」

「急げ!森が吹っ飛んでる……何だこりゃ!?」

「気をつけろ!魔物がいるかもしれない!」


 そして、声は近づき、茂みから出てきたのは、複数の屈強な男たちだった。各々武器を持って構えているところを見ると、冒険者だろう。


 冒険者たちは、ぶっ倒れている筋肉猪の死骸と、その横に座っている俺を見た。


「な、何だこれは!?」

「このクレーター……お前がやったのか!?」


 俺は、スタミナポーションを一息に飲んだ。これで最後の一本だが、この際もういいだろう。


 頼るべき人たちが、勝手に来てくれたのだ。


「……こいつを討伐したんだけど、短剣を貸してくれないか?切らしちゃって」


 男たちが後ろずさる。俺の言うことが本当なら、この男は凄腕の冒険者に違いない。


 筋肉猪はこのあたり一帯で噂になっている怪物だ。そして、この死体は紛れもなく筋肉猪。


 冒険者なら、手柄には憧れるだろう。もし、筋肉猪を討伐したと、自分が戦利品を持ち帰れば。


 きっと、自分は英雄扱いだ。金も、女も思いのまま。


 この男をここで殺し、自分が倒したと言えばいい。


 それが、普通の冒険者の心理なのだ。残念ながら。


 目の前に大手柄のチャンスがあれば、飛びつくだろう。俺だって考えるとも。わかるよ。


 だから、お前らにも隙を見せるわけにはいかないんだ。


 たとえ、反動で血反吐吐きそうな身体を、スタミナポーションで誤魔化していたとしても。


 足はもうガクガクで、本当は立ち上がるのもやっとだけれども。


 平然として、俺はまだ力を残しているふりをしなければならないのだ。


 それが、冒険者としての処世術である。


 結局、来た冒険者たちは、素直に武器を貸してくれた。俺は筋肉猪の首を斬り、その首を背負うと、そのまま悠然と歩き去った。


 そして、何とか近くの村まで歩き、そこで首を抱えたまま深い眠りについた。


***************************


 宿で休んだ後、俺は素直に馬車を借りて移動することにした。


 理由は簡単で、「単独行動」スキルの発動を抑えるためだ。わざわざ反動を食らうリスクを背負ってまで、早く帰る必要はない。


 馬車で乗り合いになった爺さん婆さんと、適当な雑談をしながら、3時間誰とも話さない状況を作らないようにする。乗り合いがいなければ、馬車の御者と話をして時間を潰した。


 そんなこんなで、現場であった領地の境からバレアカンまで帰るのに、丸1日かかった。クエストに出たのは、その前日なので、俺は2日間行方知れずだったわけだ。


 俺がよろめきながら馬車を降りると、一番に出迎えてくれたのはやっぱりというか、ラウルであった。


 ラウルは俺の姿を検めると、すごい勢いで俺にタックルを仕掛けてくる。だからやめてくれ。本当に死んじゃうから。


「コバあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 ラウルのハグは俺のボロボロの内臓を締め上げる。激痛に俺は悲鳴を上げた。


「ああっ、悪い!大丈夫……じゃないな!どう見ても!」


 俺はたまらず地面に突っ伏している。お前のせいだこの野郎。


「……ぎ、ギルドに……」


 俺は声を絞り出して、ラウルにおんぶをせがんだ。


「わかった!」


 こうして、俺はラウルに背負われ、筋肉猪の首を背負い、バレアカンへと凱旋した。


***************************


 ギルドに帰還はしたものの、俺はすぐに療養所送りにされた。


 何しろ骨折、打撲、内臓損傷。あと多少の火傷。「むしろ良く帰って来れたね」と療養師に言われてしまった。たぶんスキルのおかげだろう。


 俺は全身包帯まみれになり、ベッドの上に寝かされた。診断結果は「全治3ヵ月」

。……うん。前と同じくらいだな。


 担ぎ込まれた俺の病室には、多くの人が集まっていた。


「あいつが、あのバケモノを倒したレンジャーか!?」

「あんなボロボロになって……相当な死闘だったんだろうねえ」

「あれ、コバだよな……?「パーティ崩壊」の!」


 バケモノを倒した奴がどんな奴か、見に来たみたいだ。悪いね、こんな冴えないレンジャーで。


「一躍有名人だなあ、お前」


 俺の横に座っているラウルが、リンゴを剥いてくれている。どうでもいいが、剥き方が尋常じゃなく汚い。しかも、剥いたやつを丸かじりしろと言わんばかりに差し出してくる。


 まあ、かじるけど。


「なんだか、実感わかないなあ、本当に俺がやったのかな?」

「そんなもん知らねえよ!お前以外にやった奴いないんだから!」

「だよなあ」


 そんな風にリンゴをかじりながらなんてことない話をしていると、ドタドタと療養所の廊下を走る音がする。


 盛大にドアが開かれ、半泣きのエリンちゃんが飛び込んできた。


「コバさああああああああああん!」

「やあ、エリンちゃん。元気だなあ」

「何呑気な事言ってるんですかぁ!」


 そう言って、エリンちゃんはラウルを突き飛ばすと、俺の手を握る。


「また、こんなになるまで無茶して……!」

「まあ、今回は前よりはましだよ。なんせ喋れるしな」

「もう……!」


 うつむくエリンちゃんの頭を、俺は撫でた。なんか、そういう気分だったのだ。


「……ごめんな。引っ越しの手伝い、また延びちまうな」

「……いいですよ、こうなったら絶対手伝ってもらいますから!」


 エリンちゃんはそう言って、リンゴを取り出した。それを剥いて、さらに食べやすい大きさにカットしてくれる。


「お見舞いです、食べて元気出してくださいね」

「あ、ありがとう……」


 最後に、ぺこりとお辞儀をして出て行った。最後の顔はどこか晴れやかだった気がする。


「あの子、俺の事完全に無視してったな……」

「お前、まだ嫌われてるのか……」


 突き飛ばされたままのラウルは、その姿勢を崩さずに立ったままでいた。

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