第9話 冒険者カードとステータス

 初めてのソロクエストの結果は大勝利で、俺の懐は想像以上に暖かくなっていた。報酬がすべて自分の取り分というのは、何とも気分のいいものだ。入っていた金貨の重みを、より強く感じる。


 何しろ、この重みすべてが俺の物なのだ。ちょっとくらい奮発しても、罰は当たらないだろう。

 俺は、鼻歌を歌いながら「空中庭園」へと向かった。


「ささやかながら、かんぱーい」

「かんぱーい」


 相変わらず常連で店がざわめく中、俺はレイラさんとグラスを合わせた。奮発というのは、この店で一番高い酒のことだ。一本何と金貨2枚。俺のラウルへのご祝儀より高い。


「いやあ、すっかり元気そうだね。良かったじゃん」

「ええ、ぶっ倒れたことにはびっくりしましたけどねえ」


 介抱してくれたお礼、ということで、レイラさんもちびちびながら飲んでいる。俺は、この人が寄っているところを見たことがない。酒は飲めるみたいなんだけど。


「そんなにきつかったの?ソロクエスト」

「いやあ、こんなこと言っちゃあれなんですけど、すこぶる調子は良かったんすよ」


 だからこそ、自分が倒れたのが信じられなかった。事実、ラウルたちと会うまではぴんぴんしていたのだ。


「ふうん……」


 レイラさんはふと、考え込む仕草を見せた。


「なんすか、何か気になることでも?」

「いや、何でも?まあ、これからもソロではやってけそうかい?」

「はい!」


 今回の件で、俺の中にどこか自身が付いた気がする。酒の入っているのがあり、気分が非常に良かった。


「ん、よろしい。でも、気抜くんじゃないよ?」

「ええ。驕らず、腐らず、誤らず、でしょ」


 俺が得意げにそう言うと、レイラさんもなんだか嬉しそうな気がした。高い酒で、この人も少し酔ってるのか?俺はそう思った。


 そして帰り際、気持ちよく帰る時、レイラさんが声をかけてきた。


「あ、そうだ、コバ。あんた、冒険者カード更新しろって、マイちゃんが言ってたよ」

「冒険者カード……?」


 酔いもあり、その場で頷いた俺は、まっすぐに宿へと戻った。そして、部屋に戻り、おぼろな記憶を頼りにして、レイラさんの言っていた冒険者カードを手に取る。


「あー、そういやそんな時期だっけえ」


 一人仰向けになりながら、俺は自分の冒険者カードを見た。


 冒険者カードとは、冒険者の身分証明書だ。この国の人間が身分を証明するには、村や町が正式に「この集落の住人である」ことを証明する必要がある。そして、そういう人しか、町で店を開いたりすることはできない。


 この国の成人は20歳なので、20歳になると町や村の住人としての証明カードが基本的には配られるのだが、冒険者はそうもいかない。町に定住する者もいれば、世界中を回り、住所が安定しない者もいるからだ。


 そのため、冒険者はギルドが発行する冒険者カードを携帯する義務がある。何かで身分証明をするときは、このカードを見せれば、町の人同様の扱いを受けることができる。また、一応ではあるが職業証明書の役割もあるのだ。


 冒険者カードはただ身分を証明するだけのものではない。このカードには、冒険者自身の情報が入っている。


 あまりにも高度な技術らしいので俺も詳しくは知らないが、カードを作る時には自分の血を入れる必要がある。その血に含まれる情報を、カードに印字するのだそうだ。


 それは、筋力がどれくらいあるか、防御力はどれくらいか、スキルはあるか、などの情報が記載される。いわゆる「ステータス」だ。この記載内容も、クエスト依頼者とどのような冒険者をマッチングさせるか、ギルドとしては知りたいところだろう。


 そして、2年に1度、冒険者カードの情報を更新する必要があるのだ。そうでないと、どうしても記載される情報が古いものになってしまう。


俺は冒険者カードの裏面を見た。自分の能力の記載は、裏面に記されている。


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〈冒険者データ〉

 冒険者ランク C-

 冒険者歴   8年

 ステータス  筋力:D 

        防御:D 

        敏捷:C 

        賢さ:D

        器用さ:C

 スキル    なし

--------------------------


 我ながら、悲しくなる表記だ。書いていることは、要するに平均より少し下。能力的には、人並みより少し上だけど、歴と比較したら、もうちょっと頑張らないといけない、ということだ。


 とはいえ、今回の更新はちょっと自信がある。先日のソロクエストは緊張による一時的なブーストだったとしても、それ以前から俺はちまちま勉強をしてきたのだ。エリンちゃんの付き添いで。


 なので、せめて賢さが最低ライン評価のDから、Cくらいになってくれていると嬉しい。

 明日の更新は、それが楽しみだ。


 なんだか自身に満ち溢れていた俺は、冒険者カードを持ったまま熟睡した。


***************************


 翌朝に冒険者カードの更新に行くと、結構な人数が並んでいた。

 年齢層は幅広い。俺のような更新もあれば、若い子の新規発行もあるからだ。


 更新手続きのやり方は簡単で、受付に行き、更新の旨を伝える。そして、冒険者カードを渡すと、その場で指をナイフで切り、血を提供する。

 あとは待っていれば、勝手に冒険者カードは更新される、というわけだ。


 このやり取りも5回もやれば慣れっこだが、時間が有り余るというのが困りものだ。かといって早めに手続きしておかないと、ギルドの閉まる時間を過ぎて更新は明日、なんてことになりかねない。


 ふと見ると、女の子が自分の指を切ることをためらっている。目には涙を浮かべて、隣で男の子が励ましていた。新人によくあることだ。ある意味自傷だしな。


 やがて、泣きながらも女の子は自分の指を切ることができたらしい。泣きはらした様子で、俺の近くに座った。


 俺が冒険者になった時は、割とすっぱりできたような気がする。村で親父の仕事を手伝っていた時に、手をナイフで切ったり、森で体中傷だらけになったりは日常茶飯事だったから。どちらかというと、ラウルの方が指を切るのをためらっていた気がする。


 なんだかあの子とラウルを重ねて、俺は少し笑った。一方の女の子は俺の視線に気づいたようで、ちらりとこちらを一瞥した後、席を立って行ってしまった。

 そりゃ、見知らぬおっさんの目線は怖いわな。


「不審者ですか。それとも、新人で組めそうな子でも探しているんですか?」


 いきなり聞こえる聞いたことのある声に、俺は一瞬驚いた。声の方を見ると、そこにはすっかり顔なじみとなっている少女の姿がある。


「……エリンちゃん!」

「お久しぶりです、コバさん」


 エリンちゃんはそう言ってぺこりとお辞儀をすると、俺の隣に座った。


「エリンちゃん、魔導学院に行ったんじゃ……」

「さすがにそんなすぐには行けないですよ。王都への引っ越し、受験対策と手続き、まだまだやることはたくさんあるのです。今日もその一つですね」


 エリンちゃんはそう言って、自身の冒険者カードを取り出した。


 なるほど、冒険者カードの返納か。

 確かに、冒険者じゃなくなる以上、カードは不要だな。そもそも彼女はまだ19歳で、身分証明書が発行される年でもないけれど。


「寂しくなるねえ」

「コバさんは更新ですか?」

「ああ。もう提出してるから、あとは結果待ち」


 本当に、この子には感謝している。何せ、俺たちなんかを信用して、パーティに入ってくれたのだから。まだ結果は出ていないが、俺の賢さも多少は上がっているだろう。

 

一定の年齢を過ぎれば、筋力とかの身体的な能力は、どうしたって上がりにくくなる。俺なんか、9年やってようやく筋力と防御力を最低のEからDにできたのだ。


 自分のステータスが上がるのは、やはり嬉しいものだ。しかし考えてみれば、もともとそんなに脳みそに入っていないんだから、もっと早くやっておけばよかったな。そうすれば苦労しない場面も多々あったんだろうが。


 まあ、そんなことはもう詮無き事よ。


「……あの、コバさん。それでお願いがあるんですけど……」

「うん?」


 感慨に浸っていた俺を、エリンちゃんの声がギルドへと引っ張り戻した。


「私の引っ越し、お手伝い願えませんか?」


 引っ越しの手伝い?俺はきょとんとしてしまった。

 だって、エリンちゃんの荷物など、服と、本くらいのはずだ。馬小屋で寝泊まりしてたくらいだし、そんなに荷物も持てないだろう。


「実は、普段の勉強のほかに、魔導学院の受験対策の本とかを買い込んでしまって。あと、興味のある分野の本とかも買ってしまって、なかなかの荷物に……」


「……今まで節約してた分、贅沢しちゃった?」


 エリンちゃんは、恥ずかしそうにうつむいた。


 なるほどなあ。俺はなんだかにやけてしまう。普段クールなこの子も、そういう羽目を外すことがあるわけだ。まあ、それが本で、手伝いがいるぐらい買い込んだって、どれくらいの量なのか想像もつかないが。


「わかったよ。まあ、荷造りくらいはやってくれよな。荷運びの時は手貸すから」

「は、はい。よろしくお願いします」


 彼女はそう言って頭を下げると、返納手続きの列が空いたのか席を立っていった。そうして、戻ってくることはなかった。


 俺の更新手続きは、まだまだかかりそうだ。

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