第8話 相棒との別れ

「……でもさあ。お前、何で引退なんだよ?」


 俺はラウルに問うた。


 さっき食らったタックルからも、こいつの肉体は全然現役だ。それに、冒険者の仕事をしながら結婚して家庭を持ったり、という例だってある。


「お前がなんで道具屋を継ぐって話になったのか、そこがよくわかんないんだよなあ」


 ラウルの顔が曇った。さっきのバカ話で、多少は雰囲気を明るくしておいて正解だった。起きた直後にこんな話をしたら、こいつのメンタルは死んでいる。


「……正直さ、本当にぎりぎりまで悩んでたんだよ。続けるのか、やめるのか」


 ラウルはぽつぽつと話し始める。これはまじめな話だ。俺は姿勢を正して、しっかりと聞く体勢を取る。


「お前に話する前の日さ、ガルビスが連れてかれただろ?」


 ガルビス、というは、俺たちの最後のパーティにいたタンクの男の名前だ。借金取りに連れて行かれた彼の悲壮な顔を、俺は忘れないだろう。


「俺、あいつを追ったんだよ。何とか連れ戻せないかって。そこで……見たんだ」

「見た?何を?」


「冒険者の末路ってやつだよ」


 ラウル曰く。


 ガルビスを追った彼は、町の外れまで行くこととなった。


そしてそこで彼が見たのは、労働場だった。


 そこには、多くの男女が虚ろな目で、穴を掘り、堀った土砂を運んでいる。


「な、何だこれ……?」


 ラウルはその中に、町でもかつて有名であり、今ではすっかり見なくなった同業者の姿も見たという。


「……あんた、ラウルか?冒険者の」


 現場監督らしき男が、ラウルに話しかけてきた。男の体格的に、冒険者ではない。


「……あんたは?」

「俺は、コーラル伯爵に依頼されている者だ」


 コーラル伯爵とは、この国の貴族の一人だったはずだ。


この国は王都周辺は王族が管理しているが、王都から離れれば離れるほど、地元の有力者の方が力を持っている。そのため、王族はそう言った者に爵位を与えて、領地を与えるという形で王都から離れた土地を治めていた。


この町の治安管理をしているのは、ドール子爵だ。コーラル伯爵ではない。

 なぜここでコーラル伯爵が出てくるのか。


「詳しい理由は、お伝えすることはできませんが、ここに別荘を建設する予定です。ドール子爵にはすでにお話を通しています」


 現場監督はそう言ったので、ラウルもどうしてコーラル伯爵が出てきたのかは分からなかったそうだ。


「ま、待ってくれよ。なんでうちのガルビスがこんなところに……!?」

「彼の借金先は、コーラル伯爵と親交がありましてね。ちょうど欠員が出たので、補充できるだろうと、紹介してもらったんですよ」


 ラウルは改めて、そこで働いている人たちを見る。みな、この町で見たことのある冒険者だった。そしていずれも、いつの間にか姿を消していた連中だ。


「なあ、ここにいるのって、まさか」

「ええ。みな、負債を抱えた冒険者たちです。まあ、もう冒険には行けないでしょうがね。負債が大きすぎて、ここ以外の仕事もやらないといけない者がほとんどですよ」


 ラウルはその光景に、背筋が凍る思いを下らしい。自分よりも年配の男も多くいた。葬った者たちが、よろよろと土砂を運び、倒れる。


「おい、何やってんだ!ちんたらせず運べ!」


 そんな風にほかの男に腹を蹴られて、また立ち上がり、土砂を運び出す。


 まるで、生ける屍だ。ラウルはそう思った。


 自分が冒険者として活躍している裏で、こんな仕事をしていることを、彼は知ってしまった。


 そして、冒険者ほど表と裏がすぐに返る仕事はない。一歩間違えば自分もこうなってしまうだろう。


「……このまま冒険者を続けることが、俺は怖くなっちまったんだ」


 冒険者としての生き方が揺らいだところで、逃げる理由ができてしまった。その誘惑に、ラウルは抗うことができなかったのだ。


 俺は、こいつの言い分に怒るでもなく泣くでもなく、ただ淡々と話を聞いた。


 冒険者としては、よくある話である。


 借金にまみれて、最後は奴隷に近い身分となってしまうのも。

 そうなる未来を恐れ、安定した町の仕事に就くことも。


 むしろ、俺はラウルに感心していた。「子供じゃない」と自分で言ってはいたが、どこかで今回の件も、「なんで自分に相談しなかった」という気持ちはあった。だが、それは、何も考えずに「引退する」などと言い出したからだと思っていた。


 経緯はどうあれ、自分の今後を考えて出した結論であるというなら、日を唱える道理はない。


 ラウルはただ、冒険者という道よりも、道具屋という道の方が自分が幸せになれる、そう判断しただけだ。


 なんだか、今まで感じていたもやもやが、すっと消えた気分だ。やはり、ちゃんと話を聞くことは大事だな。俺は座っていた姿勢を再び崩す。まじめな話はここで一区切りだ。


「……そこまで考えてるなら、俺は何も言わねえよ」

「お、怒らねえのか?」

「怒ってるに決まってるだろお!」


 ええ……、と困り顔をするラウルに、俺は寝床のそばにあった袋を放り投げた。コツコツ溜めた貯金の一部で、中には銀貨50枚が入っている。貧乏な俺には、これが精いっぱいだ。


「少ないけど、結婚費用の足しにしろ。そっち目指すからには、しっかりやれよ?」

「こ、コバ……!」


 ラウルは憚りもなく泣き出した。

 まあ、金については、この後クエスト報酬があるから結局トントン以上になるんだが。


「だから、まずはお前、親父さんに納得してもらえ?あの人、まだ認めてくれてないんだろ?」


「おっ、そうだった!今から行ってくる!」


 そう言うと、ラウルは足早に俺の部屋から出て行ってしまった。

だからいきなり行くなってーの。営業妨害になるだろうに。


 その後間を開けてクエストのキノコを私に行ったら、案の定開店前に来て親父さんにしこたま怒られていた、とアンネちゃんが言っていた。


 ただ、店で修行することは認めてもらえたようだ。

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