第19話・僕は君を想って。俺はお前を想って。

 地面に倒れたままピクリともしない白鳥に俺の思考は完全停止してしまう。

 周囲の観客も突然の事にフリーズしてしまっている。


 ────────大丈夫なのか?


(絶対に大丈夫じゃねぇ)


 誰かの心の声によって我に返ると俺は大縄を潜り白鳥の元に駆けつけていた。

 うつ伏せで目を閉じている白鳥を両手で起こし呼びかける。


「白鳥!」


 反応が返ってこなくてどんどん焦り始め呼吸も浅くなる。

 もしもこのまま白鳥が目を覚まさなかったら?


「大丈夫、麗音ちゃんは眠ってるだけだよ」


 全く隣から気配を感じなかったので急に現れた久我の声に少し驚きながらも、その言葉によって本当に少しだけ安心出来た。


「麗音ちゃんは俺が見ておくから鉄雄は…」

「ざけんな!」

「コイツをまた一人に…」 

「落ち着け」

「落ち着けるかよ!」


 落ち着け。この言葉は落ち着いていない奴に言うと火に油を注ぐ。しかし久我は止まらない、油を注ぎまくって俺の何かを炎上させたいみたいだ。


「なんで麗音ちゃんは漢気勝負にダッシュで向かってあんだけ本気で頑張れたと思う?」

「そんなの俺が知るわけ」

「──────お前との為だよ」

「何を言って…」

「麗音ちゃんは優勝して鉄雄、お前と二人で遊園地に行きたかったんじゃないのか?」


 久我の言う事が信じられないのは俺の心が捻くれているからなんだと思う。

 確かに白鳥が他の奴を誘って遊園地を回っているのは想像できない。

 けどもしかしたら俺以外の知り合いが居てそいつと行きたかったという可能性もゼロではないだろう。

 そんな疑問ばかりが浮かんでは沈むのを繰り返す。面倒くさい頭だ。


「鉄雄」


 いつまでも俺が返事をしないので久我が俺の名前を呼ぶ。


 だけど白鳥はこれで負けだ。だってもう戦えないから。

 遊園地の入場券2枚を眠っている白鳥は入手出来ない現実からある事に気がついてしまった。そうだ、これで白鳥は負けなんだから仮に誰か誘おうとしていた疑問もこれで消える。


「久我、白鳥の事は少しだけ頼んだ。大樹の所で待っててくれ」

「了解、絶対に勝てよ」

「当たり前だ」


 両腕に眠る白鳥をゆっくりと久我に預け、ゆっくりと立ち上がりながら白鳥を散々投げまくった野郎を睨みつける。


「な、なんだよ」

「気絶する準備しとけ」


 麗音と戦った選手は鉄雄の鋭い眼光に息を呑み込んでいた。


 残念だったな白鳥。お前が誰と遊園地に行きたかったのかは俺には分からんがお前は負けたからソイツと一緒に遊園地には行けない。



 ──────だから俺が優勝したら俺と二人で遊園地に行くぞ





「それでは漢気大会決勝戦を始めていきたいと思います。」


 勝つことだけに集中しているからか不思議と他人の心の声がいつもより音が小さい。


 ───────優勝するのはどっちだ


 ───────白熱した戦いになりそうだ


 ─────────喉乾いてきた


「それでは……始め!!」


 剣を持っている癖に相手が正面から重量のあるタックルを仕掛けてきたが目で簡単に追えたので横に軽く飛び、簡単に避けてみせる。こいつ本当に剣道部かよ、タックルなら剣いらねぇじゃん。


「剣は使わねぇのか?その剣はただの飾りなんだな」


 久我のように相手を煽る。


「なんだと!撤回しろ」

(切れた!?)


 我を失った相手が剣を乱暴に振り回しておりその姿は完全に猛獣だった。

 煽り耐性が無さすぎだろコイツ。頭を動かしながら降ってくる剣をギリギリ避け続ける。

 とは言っても俺もコイツと同じくらいの煽り耐性なんだけどな。


 地面にコンパスを引くみたい足を素早く回して相手の足首を蹴るとバランスを崩して前に倒れてきたので、すかさず頭と右肩部位の風船を速いジャブで破壊する。


「あと一個だぞぉ」


 またしても煽りながらうつ伏せで倒れている相手に許可を得ずに勝手に椅子にする。


「なにもんだよお前」

「何者でも良いだろ?それよりお前は今から気絶をする準備をしとくんだな」

「なにを」


 相手の背中を椅子にしていたのでそれを辞めて立ち上がり両手で襟を掴んでハンマー投げみたいにその場をぐるぐると勢いをつけて回り限界に達した所で観客の方目がけて全力で相手を投げた。


 観客の方から悲鳴が聞こえたあとに地震だと錯覚してしまう程地面が揺れる。

 口を大きく開けて分かりやすく面白いくらいに驚愕していた審判が慌てて駆け寄り意識の消失を確認し、程なくして俺の優勝が決まった。





 風が俺の前髪をなびかせ自然のかおりがする。自然のかおりをめいいっぱい吸いながら歩いていると心が安定していくのを感じる。

 白鳥がたまに来たくなるって言ってた意味少し分かったかも。


 さっきまで居た大樹に戻ると久我が俺に気が付いて白鳥の様子を話し直ぐに空気を呼んで何処かに消えていった。


【おはよう心瞳くん】

「おはよう…じゃねぇ!倒れるまで頑張りやがって」

【うん頑張った】

「多分朝方までゲームに付き合わせたのもあるよな、すまん」

【それは僕の意思だよ、ずっとゲームしたかったから】

「そうかよ」


 お互い向き合い草の上であぐらをかきながら話す。


「で、誰と遊園地に行きたかったんだよ?」


 ポーカーフェイスを装い自然な流れで疑問だった事を聞く。


【勿論、心瞳くんとだけど】


 当たり前だろ?と言わんばかりの顔で目を細める白鳥に俺は息が詰まった。


「へ!?」


 唾が変な所に詰まってむせる。

 白鳥は小さい手で俺の背中を叩いているが俺の心はそれどころじゃなかった。

 なんだよその顔。俺はめちゃくちゃ色々考えたのに。初めから俺と行きたかったとか、そうならそうと最初から言えってんだよ。

 久我の言うとおりじゃねぇか、変に一人で勘ぐって勝手に混乱してただけかよ。


「なんだよそれ…」

【どういうこと?】

「てっきり俺以外の誰かと行きたがってたんじゃないかって思ってた」

【そうなの?】

「そうだよ!」


 腕を組んでそっぽを向いていると後ろに回り込んだ白鳥が自分の両腕を俺の首元にまわし始めた。急な事で心拍数が上がり体温が急激に上昇する。


 バックハグの仕返しか知らんがお前の腕ちょっと震えてんじゃねぇか、呼吸も荒いし。


「ったく。慣れねぇ事しやがって」

【!】


 白鳥の腕を解き今度は俺が後ろに行き、バックハグすると見せかけて白鳥の背中を両手でくすぐってやる。


 満面の笑みで倒れ、声を出す代わりに笑いすぎて涙目になっている白鳥を更にくすぐり続けていると様子を見に来た久我に声をかけられる。


「楽しそうだ…俺も混ぜて!!」

「お前は来んなって!」


 くすぐって来ようとした久我を片手で制していると白鳥が俺の腹くすぐってくる。


「ぷっ」


 くすぐったい感覚に耐えきれず吹き出してしまう。


「鉄雄の弱点は腹だよ!麗音ちゃんもっとやれ!」

「久我お前はおとなしくしてろ…ぷっ…あははは…白鳥もう…辞め…はははは」


 俺らはその後もしばらくじゃれ続け、残りの時間で食べ歩きをしたり、田中と山田と名乗る久我の友達を混ぜて鬼ごっこをしたりとそれなりに楽しんで浅野遠足は幕を閉じた。


 夕焼けの帰路、白鳥が足を止めたので後ろを振り返る。何かを言いたいみたいだ。


【遊園地は誰と行くの?】

「勿論、お前とだが」


 スケッチブックを閉じた白鳥が隣に来て笑顔になった。鈍感な奴、むしろ俺に言わせたかったんじゃないかとすら思ってしまう。


「それじゃあ行く日を決めねぇとな。土日は人が多そうだし……」


 遊園地の予定を細かく二人で楽しく決めながらゆっくり帰った。





 


 浅野遠足から日が経ち金曜日になった。

 4限目のダルい授業も丁度終わり、鞄を背負って隣の席の白鳥を急かす。


「急げ!電車が後10分で来ちまう」


 教室のクラスメイトや廊下ですれ違う他の生徒やらをかき分け下駄箱に辿り着く。

 しんど。白鳥も息を切らしてるがもう少し我慢して貰わねぇと電車に間に合わねぇ。


「行くぞ白鳥」


 白鳥の手首を掴み走り始める。


 午後からの授業を二人でサボり俺たちは駅に向かって全力でダッシュしている。

 二人で行きたかった遊園地へと行く為に。

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